新潟県中越地震

2004.11.12

今年の冬は新潟の酒を飲んでください。

余震の中、立ち上がる地場産業…「久保田」蔵元再興へ(Yahoo!ニュース)

 酒どころ越後のブランド地酒として、全国に数多くのファンを持つ「久保田」。その蔵元で、新潟県中越地震の直撃を受けた朝日酒造(越路町)が、中断していた酒の出荷を一部再開した。

(中略)

 前日の本震で、越路町は震度6弱を観測。昨年仕込んで出荷直前だった1万5000本の半分近くが、瓶が割れたり、ラベルが汚れたりして、出荷できなくなっていた。電気は6日間復旧せず、厳格な温度管理が必要なもろみは、「発酵しすぎて泡が吹き出していた」という。平沢修社長(56)は、「中途半端なものは出さない」と、9月から仕込んでいた酒については、すべての廃棄を決めた。一升瓶にして数十万本分だった。

 174年の歴史を持つ名門酒蔵の危機に、160人の社員は打ちひしがれた。しかし、本震から2日たったころから、「また『久保田』を飲みたい」という激励の手紙が全国のファンから届き始めた。電話が通じるようになると、ファクスも加わり、その数はゆうに100通を超えた。「ガンバレ」と毛筆で大書された手紙は、コピーして社内の各部署に配られ、社員を鼓舞した。

(後略)


 新潟を出て、学生時代。田舎の酒をもってきては故郷に思いを馳せた。
 就職のときに地元に帰れず東京に決まったとき、「冷蔵庫の中にふるさとはある」と心慰めた。

 本ブログでも以前紹介した朝日酒造の「久保田碧寿」は、そんな思い入れのある一本だ。
 だから、今回の地震で「久保田、壊滅的打撃」という報道が出たときは、なんだかショックだった。実家に帰ったとき、先のエントリでも書いた「いつものお店」に寄ることができたので、その酒販店さんと朝日酒造を支援する気持ちもあって(もちろん自分の分もほしかったのだが)、久保田の碧寿を数本確保してきた。
 その後、復活の報道を聞いて嬉しくなって、このエントリを書いている。
 まあ実家の親は「朝日酒造は優良企業だから大丈夫さぁ」と言っていたし、地元マスコミに勤める親戚のところにも朝日酒造から「万単位で瓶が割れたのは事実ですが、タンクは大丈夫でした」というFAXが入ったという話も聞いていたのだけれど。

 しかし、ほかの小さな蔵がどうなっているか。
 「久保田碧寿」の一本と「お福正宗」をそれぞれ、職場で酒を教えてもらった、もう退職された方お二人にお送りした。「今年の冬は新潟の酒を飲んでください」と手紙をつけて。新潟を贔屓にしてくださっているオバサマからは自分と実家を心配してくれる電話が届き、東北で元気にやっているオジサンからは自分と仲間で作ったという米と手紙が届いた。
 このお二方には確実に、「気持ち」が届いたという気がして、嬉しかった。

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2004.11.13

震災、思い出の風景は

 山古志出身の方のこんな生々しい報告がある。

たけぱんだな日々: 新潟中越地震 山古志から脱出してきた兄からの情報(個人的情報発信 7)

現地での実際の経緯は山兄Sによると以下の感じらしいです。

・虫亀地区は地震直後、他の地区につながる道がすべて寸断。
(埋まったのではなく、崩れてなくなったとのこと。)
・虫亀地区での家の全倒壊はなし。ただ、小屋の半壊はいくつもあった。
・実家、および山兄Sの自宅は崩壊を免れた。が、たぶんもう住めない。
(中略)
・山古志役場にあった震度計は8まで測れるが、それを振り切った状態で壊れていた。
・たけぱんだが見て育った景色はもうない。たぶん見たらショックを受けると思う。


 「見て育った景色はもうない。見たらショックを受けると思う」なんて…。
 地震で自分の実家のことだけで手一杯、あわただしく情報収集していた中で見つけた記述だったが、胸に迫るものがある。
 そうして自分の風景を、思い出す。

 蓬平温泉は本震当初、地区で火災があったが橋が落ちて消防車が入れず大変だったという報道があった。
 蓬平には高龍神社という地域に親しまれた神社がある。近隣市町村の小学校の運動会の応援歌には必ず出てくるようだ(こーりゅうじんじゃのかんぬしが〜おーみくじひいてーもうすには〜…)。元旦、近所の方に誘われてそのときだけお参りに行くのだが、近年エレベータがついたというほどの急階段がある。これも壊れて登れなくなっているそうだ。
 蓬平の温泉宿で有名な和泉屋は、家族で何度か訪れた。露天風呂にヒビが入ったというのだから、相当なものだ。温泉客も来ていたが皆で励ましあった、かつて廃業から復活したこともあるのだし2005年夏の復興に向けてがんばる、という女将の記事を読んだ。
 長岡のもうひとつの奥座敷、成願寺温泉が廃業を決めた(10/30)。軽登山で東山連峰を降りてくると、よく前を通った。あの風情、いつか訪れてみたかった。昔からそこにあるのが当たり前だと思っていたのに。
 悠久山は長岡市街に近く市民の憩いの森といった趣きで、個人的にも思い入れがある。その中心をなす蒼紫神社もひどい状態だと聞く。
 そして山古志の「牛の角突き」。一度しか見に行っていない。また行って、子どもに見せてやりたいものだと思っている。

 幸い、自分の実家は市街地の辺縁部だったこともあってライフラインの復旧は早かったし、余震対策、冬支度も進んでいる。しかし同じ長岡市でも市街地を離れた周辺農山間部が相当大変なようだ。実際に、倒壊した家屋や補修中の道路を見てきた。
 避難所生活とまでなると生活の基盤自体に至るまで破壊され尽くされているが、新潟の建物が雪害に耐えられるよう頑健な造りになっていたからといって、揺れれば屋内のモノは散乱する。
 同じように、企業の社屋、工場の中だって被害に遭う。自宅での生活だけが地震からの復興ではない。建物が大丈夫でも、企業としての活動が即大丈夫とは言えない。
 県外や県内にほかに拠点のあるところはまだいい。そのおかげでライフライン復旧や日用品の流通復帰がきわめて早期に回復したと言って過言ではない。しかし、中越地方に拠点を置いている地場産業は、自らの力で再建に向けて闘っていかねばならない。

 闘いはこれからだ。故郷よ!

【2004.11.14追記】
 Mac周辺機器専門店「セレクション越後屋」で、震災の様子を写真入りで紹介されていた。自分が帰省して見てきた光景もある…。驚いたのは、震災情報連絡掲示板が、これまたセンスよく設置されていた。
 昨秋ファン騒動のときに一度利用しただけだったのだが、気にはなっていた。ホームページに書かれた報告を見るとやはり同様に心配したお客さんがほかにもたくさんいたようだ。現在へこたれずに震災処分市開催中とのこと。

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2004.11.16

動く山。子どもたちにささやかな気持ちを。

たけぱんだな日々: 新潟中越地震 現地報告16

今回の地震の規模がどれほど凄まじかったかは、その写真が物語っていた。
でも、「いや、行けば分かるがこんなもんじゃない。」と従弟を含め、その場にいた人達がみんな言っていた。
「お前、ショックを受けるよ。」といった山兄Sの言葉はそのとおりだった。

 以前紹介した山古志出身のたけぱんださんがまた現地報告を掲載。写真で示してもらうとその脅威が一端なりとも感じられる。
 長岡駅構内や市街からも見える長岡市営スキー場が亀裂だらけだという報道も聞いたけれど、相当なものだ。家屋倒壊や道路の亀裂ももちろん大変だが、それどころか…という感じだ。

たけぱんだな日々: 新潟中越地震 被災地でのクリスマスにむけて企画発足

 たけぱんださん上記企画中。まずは話をもっていってみているところみたい。
 自分は単にトラックバックしたりコメント書いたりしているだけで…。ボランティア行けなくてごめんなさい。
 もし自分のこのブログご覧になっている方がいたら、上記リンク辿って見に行ってみてください。

 たけぱんださん、倒れないでね。

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2004.11.21

悠久山・慈眼寺・図書館

 備忘3件。地震-地域-図書館関係。

 悠久山
 先週、蒼紫神社の状況を探した。そしたらズヴァリ、悠久山の被害状況を写真に写したページがあった。神社のまん前にご実家がある方だそうで。
 やはりひどい。
 ことばでは聞いてはいたけれど、目の当たりにするとショック。
 戊辰戦没者の碑まで転がってるなんて。
 売店はよくプールに行った小学生が帰りにジュースやアイスを買うところだったんだけど、営業再開してくれるんだろうか。コンビニになったりしたらさびしいなあ。

 中越地方の図書館員現地発ブログ
 ココログのトップに中越地震関連の更新リンクがある。昨夜なにげなくひとつをクリックしたら、長岡在住小千谷市内高校図書館司書の方の地震日記だった。現地発の図書館者の報告、見たかったんだ。以前からホームページはあったが、地震を機に始めたブログだそうだ。
 小千谷には自分も、遠くなってしまった縁があって、戊辰戦争で有名な慈眼寺の話など書いてあってありがたかった。小千谷市立図書館がそのそばにあることも知らなかったんだけれど、復旧に向けて精力的な様子が頼もしい。
 山古志や悠久山、小千谷は変わらず残っていた風景があったが、地震のために様変わりしてしまうんだろうなあ(慨嘆)。いま、生きている人がまずなにより大事なんだけどね。
 よくよく読むと、なんか見覚えがある。すぐ前の記事でも触れたたけぱんださんのところにもトラックバックがあって、巡回している図書館関係者の複数のブログにもリンクが貼ってあり、ホームページまで戻ると割と前に図書館員のホームページを探していて見たことのあるものだった…。
 世の中せまいんだか広いんだか。

 図書館界の関心
 10/28に所属サークル宛て自分が出した報告メールに、中越地方の図書館の状況を心配する記述がある。その部分を抜き出してみると。

 長岡市立中央図書館の情報はまだ確かめてないんですよね。ホームページは「復旧作業中」としか出てない。
 自分がこの道に入った一番のきっかけはあそこにこの分野の関係書がだいたいは入っていたからで。
 災害が起こると日本図書館協会がその地域の図書館の被災状況をとりまとめるんですが(本が落ちてきたり書棚倒れます)、いまはまだそれどころじゃないんだろうか。今週の図書館協会のメーリングリストには何もなし。
 知り合いの新潟県立図書館の職員にメールで問い合わせるしかないのか。疲れてるだろうに…。

 新潟県立図書館の知人には11/3に自身の様子を伺う機会があった(当人は新潟市の隣から通ってるので全然問題なし)。その折に県内の図書館の状況は県立で把握していて、ファイルをネットに出しているとわかった。

 この関係で、上記かんちゃんさんのブログからのリンクで興味深い記事に当たった。
 これまた巡回している図書館関係者ブログからリンクのあるところだった…。まあ、全部なんて見てられないんだけど。

愚智提衡而立治之至也: 「現場」を作るのは「人」でしょう

 日図協,日図研,図問研の公共図書館3団体に共通しているのは,どこも罹災地の会員の消息を全く伝えようとしていないことですね.そもそも,3団体ともに罹災地の会員に関する情報を集めようとした形跡が無い.
 こーゆう団体が「現場第一」を唱えても,信じられますか.「現場」って「人」が作り支えていくものであるはずなのに,そもそも各団体の生命線であるところの「人」の生命をいささか軽んじてはいませんか>>図書館業界団体のお偉方.

 11/6-7と図書館情報学会定例の研究集会が大阪方面であり、無理を押して参加。
 学会でもあるので、関心が低い印象だったのはしかたがないか。公式にはなにかしらコメントがあったみたいだが…。余裕がなくて、今回は知人と交流をしている場合でもなく、自分が必要ある発表しか聴かなかった。そんな自分の勝手な印象ですのでスミマセン。
 ブログを読んで、阪神大震災を経験した関西の図書館関係者でも関心低いのかしらんと考えてしまう。日図研は拠点向こうだし。かつて阪神大震災のとき、自分も充分な配慮ができなかったんだから、人のことは言えないが。
 でも、阪神のときはNiftyServeの図書館フォーラムでもすぐに情報交換されていたんだけどな。新潟の図書館が関西に比べると格段に知られていないせいもあるのか。

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2004.11.27

ユーザーカテゴリ「新潟県中越地震」

此処録: 「新潟県中越地震」のカテゴリができました

 むいむい星人の寝言のしののめさんから再びTBでお知らせいただきました。「新潟中越地震」というカテゴリ名でココフラッシュにランクインしたそうです。

@nifty:ブログ(blog)サービス「ココログ」:ココフラッシュ: 新潟県中越地震

 此処録はココログのテクニックを集めているのでときどき寄らせていただいているのだが、先ほど検索機能を調べに徘徊していて、次のような記事を見つけた。

此処録: 【提案】ココフラッシュに新潟中越地震のカテゴリを作ろう

 すぐ上のリンクは冒頭引用記事の前日の記事で、「ユーザーカテゴリがココフラッシュに登録されるには」といった辺りを詳しく書いてある。同じカテゴリを10以上のココログが立てていればいいのだそうで、ココフラッシュに登録されたのが「新潟県中越地震」。ちなみに、過去の記事のカテゴリを変更してもココフラッシュには反映されないとか。
 典拠コントロールみたいなもんかな。あんまり記事ないけど、ウチも今後、地震に触れた記事のカテゴリは「新潟県中越地震」にしておきます。

 しかし、前にも書いたけど、きょうもつんどく中ココログ版を見つけたのはココログナビトップページの右側に出ていたココフラッシュだったと思うんだが…きょうもつんどく中ココログ板のカテゴリは「新潟県中越地震」じゃないんだよね。どうなってんだろう。

【04.12.4追記】
 後続記事を書いた。こちら

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2004.11.29

新潟を写真で見る

 ここ数日見つけてきたサイトの整理。順番は適当。
 しかし、年輩の方もお若い方もすごいです。こうやって目の当たりにすることができるんですから…。

新潟県中越地震の日記写真
 租税と経営の高野裕TMC's Home page内。以前採り上げたとおり、長岡市内在住、悠久山にご実家がある。蒼紫神社の様子に驚いたが、復旧の様子も採り上げられている。毎日更新。

地理の部屋と佐渡島
 長岡近辺にお住まい・勤務の地理の先生らしい。地理学者らしい観点からのコメントは新潟の風土を理解する上でも有用に思う。だいたい毎日更新。

Yahoo!フォトアルバム 被災地
 Good Day to Die:新潟県中越地震 被災地レポートから。現在埼玉県在住でご実家が小千谷市の川口より、つまり震源地にかなり近い辺りにあるという。写真はご親戚がお住まいの川口の様子を見に行ったときのものか。

マイフォト:新潟中越地震関連
 たけぱんだな日々内。以前採り上げたとおり、山古志出身の方。いまは埼玉在住でしたっけ?ご実家のみなさんの様子を見に行ってこられたときの写真を公開。

気まぐれ更新日記 新潟県中越地震ログ 2004/10/24〜10/29
 DML機関内。バイト先の蓬平温泉で地震にお遭いになった生々しい報告。高龍神社はどうなったのか…。ご実家は埼玉県、長岡工業高等専門学校の学生をやっておられる方。日記を追っていくと高専の写真がある(11/24)。高専は大変な状態で、長岡技科大で授業をやっていると耳にしたが、この方によると来年まで授業がないようだ。

新潟を紹介するblog
 新潟市発、タイトルどおりのブログ。

「新潟県中越地震」被災者支援チャリティー:@nifty
 11/30迄。写真は新潟県の風景画像。中條均紀写真集「古志の里」(左記リンクは山古志ふぁん倶楽部内の紹介ページ)が新潟の棚田ブームの火付け役だとは知りませんでした。

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2004.12.15

クリスマスちょっといい話

たけぱんだな日々
クリスマスチャリティ企画
「被災した山古志の子供たちにクリスマスケーキを」
というのが個人的に長ったらしかったので、もちっと短くしない?と話したところ、とても活発(?)なやり取りの結果、正式名称を
クリスマスチャリティ企画
「ファースト・クリスマス計画」
に決定いたしました。
 本ブログ11/1311/1611/29に採り上げた「たけぱんだな日々」で、"山古志の子どもたちにケーキを配ろう!"プロジェクトが実行段階に入っているとのこと。
 お金も集まってきているそうなので、安心しました。

 有名無名な方々が、いろいろな形で被災された方々を応援してくださっています。
 こういう草の根手作りの企画が形になって、気持ちが暖かくなるのもいいなあと思います。
 ぜひたけぱんださんのところに行って、活動の様子をご覧ください。
 志ある方は、リンク貼っていただいて、ご紹介くだされば。

 ところでたけぱんださん。今更ですが、ユーザカテゴリは今後「新潟県中越地震」にしてはいかがでしょうか。私のブログ内での記事はこちら。リンク先も辿られるとよくわかると思います。
 カテゴリ「新潟県中越地震」は既にココログのトップページにはありませんが、アクセス解析を見ていると、ココフラッシュからのカテゴリリンクを辿ってくる方もいますので、目に付く可能性を上げる効果はあると思いますよ。

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2005.01.14

学校図書館における災害ボランティア

新潟中越地震:sl-shockの学校図書館ボランティア: 活動案内

sl-shockの案内チラシ

私たちの活動を紹介したり、募金についてお願いするときに使える“案内チラシ”を作成しました。必要に応じてダウンロード、印刷してお使い下さい。
sl-shockの活動案内

 ここのブログでもリンクさせていただいている、かんちゃんの「きょうもつんどく中ココログ版」経由で、学校図書館でのボランティア活動を知った。
 きちんと知ってから紹介したいと思っていたけれども、どんどん状況は進んでいるようだし、ここを訪れる人に少しでも話題が提供できればと中途半端でも採り上げさせていただこうかと思う。自分でsl-shockに入ってないせいか、活動がわかりにくいため勝手に整理させてもらいたいこともあって(ありゃ、先方はトラックバック受け付けてないや)。個人的な思い入れはこの記事後半を参照ください。
 自分の知るところはweb上での情報しかなく、「リンク先をご覧ください」「ぜひご寄付を」と書くくらいしかしないタイマンヤローだ。実際にボランティアで頑張っておられるみなさん、ごめんなさい。

活動自体の母体学校図書館メーリングリスト:sl-shock

 リンク先はYahoo!Groupsのメーリングリストのホームページです。ブログのプロフィールからも跳べます。MLの月別投稿件数を見ていると、割と活発な印象。

ボランティア活動の概要は…

 ブログのプロフィールのほか、上記引用記事のチラシ。Wordファイルです。
 ブログ本体は「活動記録」となっている。
 が、活動概要がどこにあるのかわかりにくい…。
 ブログの最下層、11/19,11/20(その1その2)の記事でいいのかな?
 左サイドバーのカテゴリーにある、「ボランティア募集」「募金収支報告」に目を通しても状況がわかるか。このカテゴリーを時系列順に読み直すとわかりやすいですね。

「きょうもつんどく中ココログ版」での紹介記事
※Googleでサイト内を「sl-shock」で検索かけただけですが、かんちゃんの説明はわかりやすいと思いましたので。

 ・新潟中越地震23日目1
 ・新潟中越地震29日目1
 ・新潟中越地震34日目
 ・新潟中越地震58日目




 あと、以下は私の勝手な気持ち。

 このたびの新潟県中越地震で「図書館に何ができるか」という問いかけがある。
 でも自分の中で、図書館の力で何ができるのか、できないのではないか。無理しないでまずは自分の生活から…などという気持ちにとらわれる。現場にいないだけに、勝手な思いこみかもしれない。

 雪国の、寒さというより、実際に始まった降雪の厳しさ。自身の経験を思い返すに、被災された状況での冬を考えてしまうのである。湿った空気の中での、しもやけ、とかね…。
 消雪パイプ発祥の地、雪混じりの冷水が流れる道路が当たり前の長岡では、自分はダサかろうがなんだろうが、長靴の合理性を愛していた。珍しい中学生・高校生だと思うけど(スノトレ、流行ったなあ)。
 東北地方太平洋側での乾いた雪では、長靴なんか使わなくてもいいし(女性の膝まである格好いい「ブーツ」でしょう)、道路は凍結するもので、道路横には凍結防止用の塩が常備されている。そういうものだ。全然、感覚が違う。雪かき、雪おろしなんてことば自体が通じないことすらある。スノーダンプとか(右サイドバーのNG!ナガオカグレイトにその名を採り上げたコーナーあり、説明はそちらに譲ります)。

 少々脱線した。
 それでも、sl-shockのブログでこれだけの報告を読んでいると、「図書館の力」をある方向では感じさせられはする。

 しかし図書館関連団体でも、災害地域への活動はほかに見当たらないし、このボランティア活動にしたってあまり注目・宣伝されているとは思えない。以前Liblog JAPANのトップページサイドバーに採り上げられていたくらいかなあ。いまはないようですが。Googleで「sl-shock ボランティア」で検索してもあまり件数が出ない。
 それで、ここで少しでも助勢できればと思い、採り上げることにした次第。なにかの役に立てばいいですが、まあ自己満足でも。

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2005.01.15

文化財としての慈眼寺の復興は

戊辰戦争ゆかりの寺被災、修復へ“官軍”に支援要請

 新潟県中越地震で、北越戊辰(ぼしん)戦争回避のための講和会談が開かれた小千谷市の慈眼寺(じげんじ)が損壊し、修復に向けて市民有志が戦争ゆかりの自治体に支援の呼びかけを始めた。
 地元・長岡藩とかつて戦った官軍側の鹿児島や山口県などの首長に協力を求め、募金も募ることにしている。
 活動を始めたのは、「小千谷北越戊辰史跡復興支援の会」(野沢金一郎会長)。檀家(だんか)の多くが被災して寺の再建に手が回らないことから、地元の会社員や医師らが先月、結成した。戦争とゆかりある地域の首長らにさっそく支援を求める文書を送った。
 寺は、長岡藩家老の河井継之助と新政府軍の軍監岩村精一郎が会談した「会見の間」の土壁が崩れ落ちたまま。築250年の本堂も大きく傾き、柱と梁(はり)を太いワイヤで固定して倒壊を防いでいる。
 4、5000万円以上の修復費用が見込まれる。檀家の理容業男性(57)は「お寺を修復したいのはやまやまだが、家と店がつぶれ、それどころではない」と嘆く。
 発起人の1人で会の事務局長を務める広井一さん(65)は「市全体が被災し、文化財の修復まではなかなか手が回らないが、市の名所だけに早く復興させたい」と話している。
 寺副住職の船岡芳英さん(50)は「寺や檀家だけでは再建は難しい。支援の申し出はありがたい」と喜んでいる。

 ◆北越戊辰戦争=明治初期の戊辰戦争で、長岡藩周辺地域で行われた一連の戦闘。
 新政府軍と長岡藩の講和会談は決裂して戦争に突入し、長岡城は落城した。
 以後、戦いの舞台は東北の会津戦争に移った。

 小千谷市の慈眼寺の被害の様子については、Web上でも写真を見たりしている。
 「正面から見ても傾きがわかる」という本堂玄関の写真を見ると、「ああ、ここは幼い頃の記憶に鮮明に焼きついている光景だ…」という思いとともに、温かみのある木と石の構えが歪んでいるさまに泣きたくなる。
 慈眼寺はじめ越後での戊辰戦争の歴史は「蒼龍窟がゆく!」をときどき参照している。自分が以前目にした写真はその掲示板の12/6の発言。慈眼寺のページ内にも被災の写真のページがあり、目を覆わんばかりの状態だ。
 慈眼寺のホームページ小千谷幼稚園のホームページ

 機会あって、中越地震の現地へ派遣された公的調査の報告会に参加聴講してきた。現場に密着した冷静な調査報告であったので、地域のためになるだろうと嬉しかった。知られない、伝わらない、ということが一番困ることだから。
 しかし、質疑。「地域で重要な文化財の修復・保存についての動きは」という問いに、やはり「今回の調査では手が回らなかった」「現場でもそういう話は出なかった」という。戦争を含む災害時の文化財の保存修復活動は徐々に認知されて始めているだけに、残念だった。
 慈眼寺や、長岡の史跡は、どうなってしまうのだろう。

 上記慈眼寺についての記事は、YOMIURI ON-LINEからクリップした(慈眼寺のページ内にも新聞報道の一覧がある)。
 あれだけの史跡であっても、国の助成には動きがないのだろうか…と暗澹とした気持ちになった。
 チャリティを新潟市でやったという話がときどき報道されるが、新潟市民に寄付を求めても効果ないよな、もっと東京とかで集めた方が効果的なのに…と思う。
 もちろん、自分たちから「これ、大事だからなんとかしてはもらえまいか」と動くことが大切だろうが、こんな未曾有の災害時であっても、その資金や手配を自分たち(=新潟県民)で全部まかなわなくてはならないのか。かつての官軍側に支援を請うたことに嫌な思いをしているわけでは、もちろんない。支援いただけるのであれば、給水車等と同様にありがたく思う。しかし政府が動くのではなく、自治体相互の支援という文脈によくわからない思いを抱えて書いている。
 政府(ここでは国)の再配分の機能は、こんなときでも文化財には及ばないのかなあ。慈眼寺がどのレベルの文化財に指定されているかにもよるのだろうが…。「市指定文化財」じゃ、まったくダメなのか。

 こんなんじゃ、図書館なんて、「当然ダメ」じゃん。

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2005.01.25

ブログを保存するには

 かんちゃんの地震日記「きょうもつんどく中ココログ版」が更新停止になったため、Web巡回・保存ソフトを急遽試す。

 更新停止について雑感。
 生活感溢れる文章を楽しみにしていたので残念。雪が本格的に降ってきて、雪国の生活はこれからというところだったから、現地発の報告には地震の影響もまた見え隠れして貴重だと思っていたのだけれど…。体調を圧して無理に更新している様子も心配だったり、かんちゃんさん自身が行き詰まりを感じていたようなので、納得づくの上ならばいい区切りだったのかなとも(個人的には無理矢理)考えています。
 なお、読書日記日々記さんところに関連記事あり。

 突然の展開だったので、閉鎖も想定、記録としての保存を危惧して上記。
 このブログを始めたのも、「自分にとっては大事なサイトがどんどん閉鎖されていくから備忘のため」。Web巡回・保存ソフトはいつか思い出さなければならないことだったので、いい機会でした。ひさしぶりに複数試してみたところ、決定的なものはなし。
 暫定的に「波乗野郎(PerManSurfer3)」というフリーソフトを少し工夫して使っています。Win版、Mac版とあって嬉しい。ローカルでリンクを全部張り直してくれるので、ことブログではほんとに便利です。
 というか、無知なのも恥ずかしいですけれども、ブログも普通にホームページ巡回ソフトできれいに保存できたのは驚き。最初はココログ巡回ソフトで探し始めて、定番のCMNというソフトに当たったんですが、これだと各記事のテキストしか読めないみたいだったんで。ブログはWeb巡回・保存ソフトには負担なようですが、波乗野郎はまるごとローカルに落としてくれるので、自分はよかったです。

 世紀が変わってからでしょうか、ホームページの充実度ってすごいですよね。国の施策でWeb情報資源の保存プロジェクトが動き出すわけだ。資料性が高いページ多いですもん。
 だから、「仮面ライダーアギト」テレビ朝日版ホームページがなくなっていたことはショックだった…。

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