日本酒

2004.09.05

久保田碧寿、乎友

 この土日、新潟の実家に行ってきた。
 手土産ももたずに悪い息子だが、いま住んでいる地域には魅力ある土産が少ない。忙しくて疲れていると、週末だけの帰省には準備が至らない。
 着いてから、地元で酒を買いに出た。地元でも、自分が好きなお勧めの酒で許してもらおうと思ったからだ。

 朝日酒造の酒で、久保田という銘柄の酒がある。
 新潟の有名な酒として、越乃寒梅、八海山と並び称されて久しい。寒梅は飲む機会が少なかったこともあって味がわからないし、八海山は好きだったが、だんだんよさがわからなくなっていった。有名になって、生産量が上がったために手のかけ方が変わったらしいと、八海山酒造の近隣に住む親戚からも聞いている。久保田はまだ、自分にとってはありがたみが薄れていない。その中でも碧寿というクラスの酒にはひときわ思い入れがある。
 昔に比べれば酒を飲む機会も減ってきて、味覚も衰えてきているものだから、自分にとって原点のはずの越後の酒も「端麗辛口、水の如しと言うがほんとに水みたいじゃないか」なんて感じてしまうことがある。でも、久保田の碧寿とは幸福な出会いが続いている。学生のくせに初めて田舎から買って帰った酒だったが、ほかにも節目節目で「おいしい」と思わせてくれた。
 酒も生き物だから、出来不出来もある。「ある銘柄だから常にいい」というものでもないと思っている。よさなんて比べてみなければわからないし視野を広げれば別のよさも見えてくるだろうと、いろんな酒を飲んでみるようにしていて、実際新たに気に入った酒もある。体調や一緒に食べる料理によっても感じ方も違う。だから、必ずしも碧寿だからといって期待しないで飲んでいるのだが、結果的にいい出会いが多かった。

 久保田、東京で探すともちろん高い。
 それが、四合瓶で2400円だった。
 田舎の街にある酒屋はけっこう探してある。どこの店にはどんな酒が置いてあるとか。いろんな酒が飲んでみたくて、あちこちの店に寄ってみていたらだんだん蓄積されてきた。
 今回買いに行った店は、朝日酒造の酒を主力に置いている店で、都会から若店主が戻ってきてやっている。
 「乎友」(こゆう。友を呼びて飲む酒)という限定純米吟醸があるが、これはそもそもは朝日酒造が酒販店を対象に酒造りを実際にやってみるという研修企画があって、そのとき造った酒を売りに出したというものだそうだ。出たばかりの頃にちょうどこの店を見つけて若店主から聞いたのだが、今では少し違っているのかもしれない。都会でも最近置いている飲み屋が出てきた。
 で、久保田碧寿1本を隣の家に、乎友1本を実家に。碧寿もう1本を昨晩一緒に飲んできた。おいしかった。

 今日の昼間、家族で「久保田」の銘はどこから採ったんだっけ、という話になった。杜氏さんの名前からじゃねえか、なんてことを言う。いや社長(蔵元)さんの屋号だったと思うがなあ、などと話していたので、帰宅してさっき確認した。
 朝日酒造のホームページに行くと、やはり

創業時の屋号を冠した個性的な「久保田」。初心への熱い想いを込めて。
 とあった。

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2004.11.12

今年の冬は新潟の酒を飲んでください。

余震の中、立ち上がる地場産業…「久保田」蔵元再興へ(Yahoo!ニュース)

 酒どころ越後のブランド地酒として、全国に数多くのファンを持つ「久保田」。その蔵元で、新潟県中越地震の直撃を受けた朝日酒造(越路町)が、中断していた酒の出荷を一部再開した。

(中略)

 前日の本震で、越路町は震度6弱を観測。昨年仕込んで出荷直前だった1万5000本の半分近くが、瓶が割れたり、ラベルが汚れたりして、出荷できなくなっていた。電気は6日間復旧せず、厳格な温度管理が必要なもろみは、「発酵しすぎて泡が吹き出していた」という。平沢修社長(56)は、「中途半端なものは出さない」と、9月から仕込んでいた酒については、すべての廃棄を決めた。一升瓶にして数十万本分だった。

 174年の歴史を持つ名門酒蔵の危機に、160人の社員は打ちひしがれた。しかし、本震から2日たったころから、「また『久保田』を飲みたい」という激励の手紙が全国のファンから届き始めた。電話が通じるようになると、ファクスも加わり、その数はゆうに100通を超えた。「ガンバレ」と毛筆で大書された手紙は、コピーして社内の各部署に配られ、社員を鼓舞した。

(後略)


 新潟を出て、学生時代。田舎の酒をもってきては故郷に思いを馳せた。
 就職のときに地元に帰れず東京に決まったとき、「冷蔵庫の中にふるさとはある」と心慰めた。

 本ブログでも以前紹介した朝日酒造の「久保田碧寿」は、そんな思い入れのある一本だ。
 だから、今回の地震で「久保田、壊滅的打撃」という報道が出たときは、なんだかショックだった。実家に帰ったとき、先のエントリでも書いた「いつものお店」に寄ることができたので、その酒販店さんと朝日酒造を支援する気持ちもあって(もちろん自分の分もほしかったのだが)、久保田の碧寿を数本確保してきた。
 その後、復活の報道を聞いて嬉しくなって、このエントリを書いている。
 まあ実家の親は「朝日酒造は優良企業だから大丈夫さぁ」と言っていたし、地元マスコミに勤める親戚のところにも朝日酒造から「万単位で瓶が割れたのは事実ですが、タンクは大丈夫でした」というFAXが入ったという話も聞いていたのだけれど。

 しかし、ほかの小さな蔵がどうなっているか。
 「久保田碧寿」の一本と「お福正宗」をそれぞれ、職場で酒を教えてもらった、もう退職された方お二人にお送りした。「今年の冬は新潟の酒を飲んでください」と手紙をつけて。新潟を贔屓にしてくださっているオバサマからは自分と実家を心配してくれる電話が届き、東北で元気にやっているオジサンからは自分と仲間で作ったという米と手紙が届いた。
 このお二方には確実に、「気持ち」が届いたという気がして、嬉しかった。

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2004.12.04

新装版・夏子の酒(講談社漫画文庫)

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 尾瀬あきら『新装版・夏子の酒』講談社漫画文庫全6巻が届いたので、備忘。

 モーニングKC(単行本)が全12巻。
 モーニングKCデラックス(愛蔵版)が全6巻。
 最初の講談社漫画文庫版が全12巻。
 今回の新装版・講談社漫画文庫版が全6巻。

 新装版のあとがきは著者本人が書いている。題を記す。

 第1巻 受け継がれる情熱
 第2巻 よい子のにほんしゅ教室!
 第3巻 アメリカにうまいものなし?
 第4巻 夏の燗酒
 第5巻 新人類その後
 第6巻 おこぜの味わい

 本記事を書いておこうと思ったのは、このあとがきのため。
 時間がないので本編を読み直しておらず(またはまりそうでこわい)、あとがきだけ急いで読んだが、なかなか万感迫るものがあった。連載が1988年開始、今回の新装版刊行が全6巻とも2004年。16年、と繰り返し言っている。
 尾瀬は最近日本酒ガイド『「知識ゼロからの」日本酒入門』(2001年)と『さらに極める日本酒味わい入門』(2003年)を出している。「味わい入門」の特色は、燗酒の飲み方と蔵元アンケートにもとづいた記事だった。
 新装版1巻と5巻のあとがきにも書かれているが、16年の間に蔵元の代替わりや杜氏の雇用形態の多様化が進んでいるという。『夏子の酒』の読者世代が日本酒シーンの主力に躍り出てきているのだ。
 連載開始から終わるまで4年。単行本、愛蔵版、文庫版が出て。夏子の祖母・奈津を描いた「夏子の酒・第2部」『奈津の蔵』が連載されて、単行本になって、文庫版が出て。そうして、今回の新装版である。

 時間の経つのは、早いもんです…。
 日本酒は、身近になっただろうか。1巻あとがきで著者自身、日本酒にこだわりができたのはこの作品がきっかけだったと書いていたのには驚いたが。
 日本酒は、3巻あとがきに書かれているように日本の食文化に関わっているし、国の農業政策にも関わっている。著者ホームページ作品紹介でこのマンガは「夏子の米」だと言われることがあると書いているほどだ。
 この新装版と、「味わい入門」を読んでいただければと思う。

 和久井映見主演テレビドラマのサントラ熊谷幸子による)がいい(中古CDを入手。記事はこちら)。テレビドラマ化されたときに『「夏子の酒」読本』というガイド本も出たがこちらはあまりおもしろくない。和久井映見はこれが縁で草壁渡役を務めた荻原聖人と結婚したが、離婚しちゃったなあ。
 ちなみに、自分は同著者の『みのり伝説』も好きです。こんな評もあります。

【追記】
・「蔵元若葉印」内「夏子の酒・奈津の蔵」。サイト管理人は新潟の蔵元に嫁いでおいでの方。尾瀬あきら氏の人柄が偲ばれる話、専門掲示板もあり。
若葉さんから本ブログにコメントをいただいて訂正。杜氏・蔵元の先祖が越後らしい。サイト内「若葉日和日記」の2004/06/05,2004/09/21,2004/12/18に「夏子の酒」関係の話題あり。(2005.1.20追記)
・新潟県村上市の角長呉服店内「花火・三勝ゆかた」。作中に出てくる長岡花火のイメージのゆかた生地。
・「由紀の酒-日本酒談義-」の日本酒ブログ(由紀の酒):開運蔵見学 付いたコメントに注目。
諏訪酒造内「夏子の酒と上原先生 「天のない酒造り」」。
・「純米吟醸 夏子物語」。「夏子の酒」のモデルとなったエピソード、幻の酒米「亀の尾」から造った酒「亀の翁」。その蔵元、久須美酒造の生酒。
久須美酒造ホームページ。
・「全国ロケ地ガイド」内「「夏子の酒」詳細ロケ地情報」。ドラマのロケ地として久須美酒造の写真がある。マンガでも主な舞台描写はこちらから採っている。
テレビドラマ「夏子の酒」評。一年かけて撮影したというのも話題になった。
・「TVドラマで学ぶ経営学」内「夏子の酒〜地域を変えるコミュニティビジネス」。札幌学院大学の先生が全11話を経営的視点で語る…。うーん。

・ドラマと別に、イメージアルバムなんてあったのか…。

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2005.01.24

ふろふき大根、タイ古式マッサージ

 この十日ほどの間にあったこと。順不同。

 自宅で、以前開栓して保存しておいた、残る「久保田・碧寿」を、ふろふき大根で飲む。
 素直に、うまかった。きれいな酒だと思った。普段晩酌なんてしないんだけれど、なんだか、幸せだった。
 日本酒は、ちゃんとした日本のおかずならなんでもつまみになるから嬉しい。
 この日帰宅前に、かなり力を入れているさるデパ地下の日本酒売場に行ってみたところ、新潟の酒がぐんと少なくなっていたのが寂しかったこともあって、当たり前の幸せが嬉しかったのかもしれない。

 家族で(というより、子どもを置いていけないので)、ホテルの「タイ古式マッサージ」付き宿泊パックに行く。
 足から始めてもらい後半になってから、ものすごい肩凝りだということをマッサージ師さんにも指摘された。再認識。以前、エアロビをやっている知人にもんでもらったときも、肩が堅すぎて「手のひらに体重をかけても入らない」と言われたことを思い出す。まったく同じだった。機会があれば今度は重点的にやってもらおう。惜しいことをした。
 マッサージなんて初めて。キャンペーン期間中だったから安く済んだが、香が焚かれていたり、調度も雰囲気があって、別世界に迷い込んだような感じでリラックスできた。

 同日、家族と合流前に夕食を外でひとりで摂る。
 寿司屋に一人で飛び込んでみた。最近、「寿司と酒〜!」と騒いでいたので。静岡に本店があって出店しているという。
 一番安い寿司のセットと、「開運」を冷やで一合。うまかった。酒量としては多めだったけれど、たまには一人で寿司を肴に酒ってのもオツなもんです。

 ブログの移行、成功。
 作業よりも、IDとURLを決めるのに手間取ってました。
 ココログプラスでいじれるところをもう少しいじったら、ベーシックに戻します。

 あと二項目は少し量書いたので、またぶった切って日を改めます。
 しかし、日記じゃなくて備忘のつもりで書いてはいるんだけれど、こういうアップのしかたってどうなんだろう。われながら疑問。読み手はイヤかもしれないな。
 毎日一定量書くのもむずかしいし、まとめて一気に書くタイプでもあるようだから、しかたがないのかもしれないのだけれども。
 でも、記事の内容についても一考の余地はあるとは思っている。毎日アリバイのように書いたことにしておけばいいってもんでもない。もう少しテーマとか、絞った内容が書けないものか。

 また休止宣言するか?

【2005.1.24追記】
 カウンターの履歴を見ますと、予想どおり、10,000件ヒットは1.23の早朝にカウントされたようです。
 みなさままた、どうぞおいでくださいませ。
 数字はただの数字とはいえ、またここのコンテンツの内容が私個人の備忘中心とはいえ、読者がいてくださるのはありがたいことですので。

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2005.01.26

TV「夏子の酒」サントラCD

 CD「夏子の酒」オリジナルサウンドトラックを中古で入手。これまではレンタルCDをカセットテープにダビングしてあったのだが、聴かなくなっていた。
 フジテレビ系ドラマのサントラとしてというよりも、熊谷幸子のアルバムとして聴いてイイらしい。なんだかほっとする音だ。主題歌の「風と雲と私」のバリエーションが多いが、元の曲がいいのと、アレンジもいいんだろう。さっそくiTunes 1.1 for Mac OS 8に落として聴いているが、エンドレスで聴いていても全然違和感なし。

 テレビ「夏子の酒」は放映当初は見ないで、全部録画だけしてました。あの泥臭い原作マンガをはしょられ、いじられて、イメージ、雰囲気で語られてしまうのがイヤだったんですね。
 それでも、いつか見てみようとは思っていて。見たのは、5年くらい経ってからだろうか。途中一話だけ最初15分録画し損なったのが痛い。
 キャストも夏子役の和久井映見、冴子役の松下由樹、和子役の若村麻由美はよかったんですが、それ以外は納得いかなかった。荻原聖人が草壁役ってのはもう絶対ダメ。石黒賢はいいんだけれど、キャラクターをまぜちゃうし。

 だからこのCD、ドラマというより、熊谷幸子の「風と雲と私」の印象が強いんでしょうね。本放映時、オープニングだけはたまに見ていた気がする。ドラマ自体はつい見てもすぐに恥ずかしくなってきてチャンネル替えたりして…。
 アルバムとしてはいいんだけれど、ドラマを盛り上げるBGMとしてはきれいすぎるのかもなあ。

関連リンク
・本サントラCDのAmazonのデータ、レビュー
・本ブログ内「夏子の酒」関連記事

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2005.01.27

長岡みやげ、あれこれ

 先週末、急遽所用で長岡に帰った。その備忘。
 主に帰りの土産の話。

 朝日酒造の純米大吟醸「呼友」を一本買う。
 長岡駅構内の酒屋は、以前伺ったところでは、有名どころの酒をあえて置いていないという。駅正面にあたる西口近辺に3、4軒ある酒屋は、それぞれ個性がありどの店も力の入れ方が違っている。一軒が朝日酒造の酒を扱っているので、地震からしばらく経っているいま、入荷の様子を見てみようと思い寄ってみた。
 「久保田」は、店頭には生酒の「翆寿」だけしかなかった(千寿はもちろんあったけど)。碧寿や万寿は出荷シーズンが違うのだろうか?新幹線出発時刻まで時間がなく急いでいたので、訊きそびれてしまった。新潟の酒のうち、久保田のことばかり気にしているように思われるのが嫌だったのもある(自分の個人的思い入れについて書いた過去記事はこちらこちら)。
 それから最近余裕のある帰省がないせいか、今回初めて気がついたこと。朝日山の「越州」もなんだかいまはいろんな冠が付いているのですね。最初は「越州朝日山」の名前で、種類があっただけ、だったはずだけど…。ちゃんと観察してなかったなあ。ちなみに呼友も乎友だと思っていたが、「呼ぶ」だった。最初に出たときに、「ヘエこれで「友乎(よ)びて飲む酒」と読むんだ」と話した記憶は間違いだったか。
 また自宅に眠らせておくのもと思案したが、呼友は、最近自宅で飲んでない、入手の機会もあまりないかろうと、やはり(つい)買うことにし(まっ)た。
 いつもの価格のようだったので、レジで「やっぱり値段上がってますかねぇ」とボソと聞いてみたら、「箱付だと箱代100円かかりますからね」と普通の顔をして返ってきた。瓶そのままのものと並んでいたので、贈答品に使う可能性も考慮して箱入をつい選んでもっていったのだが、そりゃ箱代分は高いよな。「久保田会」は地震だからと言って高くはしないらしい。大変な時勢、高く売ってもいいのになあ、とも思ったが、ここは地元である。企業努力なのだろう。それとも、本当に大丈夫、なのか。店員さんもなんだか当たり前の顔していたし。
 しかし気になるのはこの冬仕込んだ酒の味だ。帰省中にご近所の奥さんが「朝日酒造の酒粕、出てたから買ってあるよ。やっぱり味落ちてる。…吉乃川よりンまいけどね(笑)」。今回入手した呼友は、いつ仕込んだものだろうか。あとでラベルを見てみよう。

 出発時刻まで間がないのに、ほかに気になっていた土産を。改札前のNEWDAYSは土産ばかりで、コンビニじゃないみたい。
 「五十六カレー」。
 「横須賀海軍カレー」のヒットでご当地カレーブームにあやかったレトルトカレーだ。長岡は山本五十六の出身地。新潟名産マイタケ入り、だそうだ。
 帰宅して気がついたが、ビニール袋まで黄色い、五十六カレー専用のものだった。

【五十六カレー関連リンク】
AllAboutJapan:越後長岡の『五十六カレー』
長岡新聞:地域おこしの「五十六カレー」
常陽新聞ニュース:土浦市が「食のまちづくり」-山本五十六ゆかりの激辛カレー開発-
ご当地カレーあれこれ
NIKKEI NET:「五十六カレー」の名物シェフがフランス料理店を開店

 土曜は、関東地方は快晴。トンネルを抜けて新潟に入ると、白いモノトーンの世界。別世界だった。頭ではわかっているから防寒装備は万端にしてきたのだが、それでも、感覚が忘れている。
 新幹線が長岡駅に入る直前、仮設住宅を高架上から見た。寒さと舞い散る雪に、小さくなっているように見えてならなかった。
 実家近辺を歩いてみて、まさに長岡の冬。道路は消雪パイプの散水、除雪車が雪をのけたあとで端は山になっている。長靴で音を立てて雪を踏みしめる喜びは、内から湧き出てくるようだったけれども(われながら子どもみたいだと思う)、いま地震のあとに生活する立場ではどうなのだろう。建物や風景が当たり前の長岡でも、いつもの冬、なのだろうか。
 日曜に帰ってみると、関東も雪でしたけどね。
 新幹線ではぐっすり眠ってしまったので、いつの間にか大宮。行きはガラガラだったのに、越後湯沢からスノーボーダーやスキーヤーでいっぱいになったのも夢うつつ。慌てて発車間際に買った駅弁をかっこんだ。「がんばろう新潟」とシールの貼られた、「山古志牛焼肉弁当」。つい「山古志」につられてしまったのだが、しまった、これなら牛丼屋で食べた方が安上がりだったなあと思ったのも、あとの祭りだった。

【公開前に追記】
 乗車まで時間がないのに、職場用にボン・オーハシの土産菓子「銘菓・山本五十六元帥」(笑)も買って帰ったのだった。
 職場であけてみたら、おや懐かしいことば。菓子の「能書き」を記す。

ヤマトの勇姿を形にした
フィナンシェに、山本元帥が好んだ
パパイヤとマンゴーの2つの味が今、
お土産としてよみがえります。
 "シテミセテ、
 言ッテ聴カセテ
 サセテミテ、
 誉メテヤラネバ
 人ハ育タジ"   は、
山本元帥が残した
人材育成のための名言として
現在も受け継がれています。

 五十六ばんざーいという人間ではないのだが、なんか今回はカレーも買っちゃったり。
 でも、このことばは、上に立つ者は自覚してほしいなあと思うこと、よくありますよ。

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2005.01.31

古酒、「東力士 大吟醸秘蔵 五年」

 栃木県那須郡の島崎酒造の酒。300mlと小振りの瓶。
 金曜の晩、飲んだ。
 よく寝て土日の昼間の頭をすっきりさせようと思ったからだ。
 つまみになりそうな惣菜を用意、瓶ごとぬる燗にして飲んだ。

 さるデパ地下に新潟の酒を見に行ったとき、東力士の試飲をしていて、買ってき(てしまっ)たもの。
 こちらの酒販コーナーはものすごく力が入っている。変わった酒ばかりだ。男性と女性が担当されていて、彼らが選んでいるのだという。
 11月には、長岡のお福正宗が「当店限定」と書いてあったので聞いてみると、「これはひとつのタンクをまるまるウチだけで扱わせていただくことにさせていただきました」と来たからおそれ入る(そのときの「お福」はやっぱり買っ(てしまっ)て、こういう顛末になった。振り返ればよい縁だ)。そういうことってよくあるもんなんですか?酒販店の方々。
 毎週、週代わりで各酒造を採り上げて試飲・販売をしている。
 で、東力士にひっかかってしまった。

 東力士、「すっきりして飲みやすいでしょう」と店員さんはおっしゃるが。
 「自分は最初、実家のある新潟の酒ばっかり飲んでいて。そのうち"水みたいだな"と思うようになったんで、ほかの地域の地酒にも手を出し始めたんですけど…これはうーん」。すっきり、というにはなんだか切れ味が悪かった。
 ほかの東力士を試しているうち、にごりに当たる。絶品だった。なんだかすっきりしきれない味が、どっしりとした味わいになっている。しかし、にごりはさすがにしばらくの間とっておけない。すぐに飲む機会がなかった。
 立ち去る前に最後に、と思って試飲をお願いしたこの五年古酒。
 量が手頃だったこともあったが、即購入を決めた。
 熟成が味わいを深めているように感じた。

 自分が住む街には、古酒専門の飲み屋がある。
 近年の日本酒の古酒ブームがいつからかは知らないが、外に置いてある看板がいつも気になっている店に入って、初めて古酒を飲んだときは、驚いた。
 日本酒なのに、このまろやかさ、深み。それでいてこれは、まぎれもなく日本酒だ。「夏子の酒」にも二回ほど古酒のことばが出てくるが、確かに日本酒の可能性を感じさせる。
 この飲み屋、メニューの半分が古酒。日本にこんなに日本酒の古酒を造っているところがあることにも驚く。
 外で飲むことなど本当に年に数えるほどしかなくなったが、家人と機会があればこの店に行く。ほかに満足のいく日本酒、うまい料理を出してくれるところがないからでもあるが、こんな小さな街に古酒専門店なんて、だいそれている。
 口べただけど酒のことを訥々と語ってくれる親父さんと、なにかと話し相手になってくれる奥さま。数年前に新規開店するときに好きな方向で行こうと決めたそうだが、日本酒専門の居酒屋なのに明るい雰囲気、カウンター式というのもいい(寿司屋じゃないだろう)。ざっくばらんに話ができる店にしたかったそうだ。
 あまり宣伝されると困るといわれているが、頼むから潰れないでくれ、と思いながら、少ない機会ができたときは覗くようにしている。

 そんなわけで、古酒に親しみを覚えるようになってきたところに。
 酒販店で古酒を売っているのを意識して見たのは、この東力士が初めてである。

 いや、旨かったです。
 燗酒もむずかしいなあと思うけれども、冬は暖まるし、まろやかさがまた際だつようで。
 ちょうどいい量で、さっと寝ました。

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2005.02.13

呼友の日付、吉野家の牛丼

 以前書いた記事の呼友、開栓しました。ラベルに押された日付は2004.5.7。震災後のものではありませんでした。
 カブの漬け物と缶詰めのかにみそで飲んだんだけれど、うまかった。朝日酒造の酒の清冽さと、意外に風味があって、よかったっす。

050211 2.11限定の吉野家の牛丼、食べてきました。大盛つゆだくで、お新香、生卵と。ひさしぶりだったので、豪勢に。
 11時販売開始とのこと、前日に把握していたんだけれど、並ぶだろうことまで頭がまわらず。12時前に並び始めて、食べて出るまでに1時間くらい。さすがジャパニーズ・ファストフード。店内での食事と持ち帰りと列が分けられていたので、さすがに牛丼弁当のために再度並ぶ元気はありませんでした。
 ひさしぶりに口にしてみれば、「うまいジャンクフード」以外の何ものでもなく。それをこの日だけの「キャンペーンだからこそ」でしょうが、並300円大盛400円で出されると、ああ、安くて早くてうまい(…この微妙な"うまさ")、身近なものがなくなっているんだなあという想いが身に沁みました。
 なくてもいいもの、なんだけどね。吉野家に乗せられていることは間違いないわけで。あ、でもMcDonaldのハンバーガーだったら本当になくなっても何の感慨もないです。

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2005.03.12

年度末を前に、ここでちょっと振り返る

 長文の連続、なんか肩に力が入りすぎているのかもしれない。
 3月前半にあったことなど、短い備忘をパラパラと。

 『夏子の酒』関係のCDを入手。以前紹介したサントラは主題歌がShort Versionしか収録されてなかったので、集めていたら集まってしまった。熊谷幸子のシングルCD『風と雲と私』と、同曲収録のアルバム『Poison Kiss』。それに、岩男潤子のイメージドラマCD『夏子の酒』も手に入った!…ちなみに全部まだ聴いていません…。

 松田道弘『チェスの楽しみ』を古本で入手。チェスの本も、手に入らなくなりがちなので確保してしまう性。その上、相手もいないのにチェスの対局時計なんか買ってしまった。

 以前の記事で書いた子どもと二人で長岡帰省した折、"いつもの酒屋"で『久保田 碧寿』を購入。震災後の出荷日を確認。封を切ったらまた報告します。『山古志』という名の酒も、支援を考えて購入。孝行にと思い、普段「千寿」しか飲んでいない父に『久保田 萬寿』を置いてきた。

bairin050308 先々週と先週、ひどい下痢。今年の風邪はお腹に来るという話だが、その関係か。葛湯の話は少し前の記事で既述。

 子どもがインフルエンザ。早期に手を打って、既にこの土曜で解決。それでも十日間は振りまわされたか。

 おかげで今週の平日昼間、以前の記事で触れた梅林の様子を見に通りがかることができました。数年のうちに道路開発でなくなってしまう梅林です。写真を貼っておきます。へたくそですけど。

 ワープロソフトのアウトライン機能については、別に後続記事を起こしたのでご覧ください。

 ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』小学館文庫については既に紹介済み。

 「モモちゃんとアカネちゃんの本」講談社文庫版5冊揃いをついに入手!シリーズ全6巻あるところ、NDL-OPACでは講談社文庫版では第5巻『アカネちゃんとお客さんのパパ』までしか確認できなかった。第6巻『アカネちゃんのなみだの海』は講談社文庫版は刊行されなかったと判断。

 ほかにも、自分の方でも医者に行って些事に疲れたり、友達と絶交寸前にまでいって反省したり(奇跡的に仲直りできました)…と、生きているといろいろあるなあ、やっぱり。

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2005.03.25

小千谷に行って来ました。

 週末、長岡の実家に帰省。再び、子どもと親一人での旅程でした(前回の記事はこちら)。家人が土日出勤のため、孫にベタ惚れの母に子どもの世話を頼む悪い親です。
 子どもは「Maxとき号でおばあちゃんちに行ける」ことと「(絵本に出てくる)駅弁が食べられる」ことが楽しみだったようですが、車内でひとりで付き合う親の方は昼寝もしてくれないので、少々げっそり。
 しかし二人で新幹線窓外を見ていて、越後湯沢で軽い視覚的衝撃。またもや「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」。白主体のモノトーンの視野に、斜めに降る雪。長岡に着いてみると、晴れていたのですけれどね。
 着いてすぐに、雪遊び。先の記事にも書いたご近所のお兄ちゃん作成のかまくらが大きくなっていました。あとで人が集まるというので、床を深く広くする作業を手伝って、自分でも「ひとンちの雪掘り」楽しんでいました。
 たぶん、今週の気温と雨で溶けてしまったでしょうから、雪遊びをするにはちょうど最後の、いい機会だったと思います。

 翌日曜の午後には諸々理由があって一泊で帰宅する予定だったので、その午前中に父に頼んで小千谷に車を出してもらいました。父はついでに震源地の川口方面も行こうと言って出ました。
 地震以来、初めての小千谷行きです。
 実は小千谷は、自分が幼年時代を過ごした街です。はっきり書けば、両親が共働きだったために生後ご近所のおばあちゃんに預かってもらい、慈眼寺の隣の小千谷幼稚園に通い、市の総合体育館の隣の小千谷小学校に入ってから引越、転校しました。長岡に母の実家があったものですから、自分の「おばあちゃんち」に行くときは、あの崩落があった妙見堰のトンネルを通過する内側からの映像は当たり前のことのように視覚に焼き付いています。
 今回は、報道やネットでしか知らないあの小千谷を自分の目で見てみたかった。地震以来どころか、小千谷には中学に上がってからは訪れたことがありませんでしたから、もちろん変わったところがたくさんあるのは当然です。でも、変わらないところもたくさんあるようでした。それが、どうなっているのか…。

 幼稚園にまず行きました。幼稚園はなんと卒園式当日。なんだかラッキー。玄関から覗いた幼稚園のホールは覚えていたとおりで、正面の舞台では大昔なにかやった覚えもあります。園歌は覚えていなかったけれど、各クラスへ向かう廊下への入口に掲げられた園歌の額はそのままでした。
 隣の慈眼寺は雪で埋まっていましたが、ちょうど復興チャリティーイベントをやっていたので少しだけ寄付。時間とかちゃんと知っていればプロジェクトのシールも買ってきたんですが、正式な時間よりも早かったみたいです。
 そこから歩いていける市の総合体育館、隣の小学校に。小学校前には、引越直前の休みの日に、いじめっ子だったけれど仲は悪くなかった幼稚園の同級生と最後のお別れをした懐かしい記憶もあります。
 近くにあった小千谷市立図書館は休館日でした。

 魚沼神社を経由して、昔の住宅のあったところに。
 幼なじみの家に「30年前に○○ちゃんと遊んでいた者ですけど…」と顔を出したら、おばちゃんが覚えていてくれて、ひとしきりおしゃべり。
 隣の敷地が空き地になっていて1メートルほどの高さの積雪。その一画を指して、「地震のあと秋に新潟へ引っ越してしまいましたて」。この辺からだんだん、これまで知らなかった、雪の下に隠された地震の爪跡を目の当たりにしていくことになります。

 それから商店街、小千谷駅前を通り過ぎて震源地・川口へ。駅前くらいまではブルーシートの見えるよく知るような被災地でしたが、さらに上の集落へ。
 好天に恵まれて、魚沼三山がすばらしい光景でした。越後三山の名の方が知られていますね、(越後)駒ヶ岳、中ノ岳、そして八海山です。高校時代は登山部でしたから嬉しかったですよ。ああ、この風景を愛しているぞって心から思いました。
 子ども心に「小学校の校歌でいうほど小千谷から八海山って見えるのかなあ」と思っていたものでしたが、これならと納得しました(長岡からも見えるということも今回知った…恥)。
 しかし、美しい山々の遠景の手前、近景には、5メートルの積雪の下に崩壊した家屋があることは明白。白い雪は何もかにも隠してしまいます。本当に、心が痛みました。行く前から心が騒いだので、小千谷駅前で父に「なんで川口に行くのさ」と言っていたくらいでした。いまは雪の下にあってどうにも手が着けられませんが、雪解けとともに顕わになり、地滑りなどの二次災害が起こることは目に見えています。暗い気持ちになりました。

 センバ漬けを酒の肴にほしいと思ったので、小千谷駅前に戻り、土産物屋さんに寄ってずいぶん味噌漬けだの買い込んできました。センバ漬けは入手できず。工場のいくつかは壊滅しているとも聞きました。
 ちなみにここで購入した酒饅は最高にうまかったです。「しおり」から書き出しておきます。

 「酒饅頭ほくほく」菓子処さかたや(三島郡寺泊町)製造。
 北越北線開通記念に、「上善如水」と餡は県内産サツマイモ「ベニアズマ」を使用。

 酒を使った土産菓子でここまでうまいのは初めて。上善如水も酒そのものは酷評しか与えられないんだけど、これならいいです。
 自宅に帰宅してみると、土日出勤だった家人が高熱。というわけで、せっかく肴を買ってきたのに酒はお預け、今週はしばらく子どもの面倒を見ることになったという次第です。

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