映画・テレビ

2005.01.26

TV「夏子の酒」サントラCD

 CD「夏子の酒」オリジナルサウンドトラックを中古で入手。これまではレンタルCDをカセットテープにダビングしてあったのだが、聴かなくなっていた。
 フジテレビ系ドラマのサントラとしてというよりも、熊谷幸子のアルバムとして聴いてイイらしい。なんだかほっとする音だ。主題歌の「風と雲と私」のバリエーションが多いが、元の曲がいいのと、アレンジもいいんだろう。さっそくiTunes 1.1 for Mac OS 8に落として聴いているが、エンドレスで聴いていても全然違和感なし。

 テレビ「夏子の酒」は放映当初は見ないで、全部録画だけしてました。あの泥臭い原作マンガをはしょられ、いじられて、イメージ、雰囲気で語られてしまうのがイヤだったんですね。
 それでも、いつか見てみようとは思っていて。見たのは、5年くらい経ってからだろうか。途中一話だけ最初15分録画し損なったのが痛い。
 キャストも夏子役の和久井映見、冴子役の松下由樹、和子役の若村麻由美はよかったんですが、それ以外は納得いかなかった。荻原聖人が草壁役ってのはもう絶対ダメ。石黒賢はいいんだけれど、キャラクターをまぜちゃうし。

 だからこのCD、ドラマというより、熊谷幸子の「風と雲と私」の印象が強いんでしょうね。本放映時、オープニングだけはたまに見ていた気がする。ドラマ自体はつい見てもすぐに恥ずかしくなってきてチャンネル替えたりして…。
 アルバムとしてはいいんだけれど、ドラマを盛り上げるBGMとしてはきれいすぎるのかもなあ。

関連リンク
・本サントラCDのAmazonのデータ、レビュー
・本ブログ内「夏子の酒」関連記事

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2005.02.28

"Finding Neverland"―ネバーランド

 ネタ切れと書き疲れもあって、そろそろまた休止宣言しようと思っているのですが。
 コメントいただいたり、トラックバックありがとうございます。とても嬉しいです。
 レス、のんびりですが書かせていただきますね。

 このブログの普段のスタイルは、日記形式ではなく、一度書いておいたものを寝かせておくことの方が多いことは、よくおいでの方はご存知かと思います。
 ところが今日は、書いておきたいことがありまして。記憶が鮮明なうちに書いてしまいますね。レス前にすんません。

 本当にひさしぶりに映画を見てきました。
 邦題「ネバーランド」、"Finding Neverland"です。
 感動してきました。オススメもできる映画です。

 『ピーターパンとウェンディ』戯曲制作を背景にした、ジェームズ・M・バリとピーターのモデルになった家族達との実話を元に脚色したもののようです。

 時代設定が1903年で、ヴィクトリア朝にひっかかってるもんだから、ホームズ・ファンとしては課題映画なもんで。
 それとはまったく関係なく、映画好きの家人が息子と自分が実家行きの間に観に行って、涙流してよかったと。
 この手のホームズ関係映画を全部見始めていたらきりがないし、一方で良作ならばDVDとして手許に置きたいじゃないですか。だから、実際に映画館に足を運ぶまでもなく、資料のために「映画パンフ」だけは観に行ったら買ってきてくれ、と言っているんですが、家人は相当に感動しないと買わない質でして。
 気分転換も図って、足を向けたわけです(パンフ購入以外に実はもうひとつ、夏公開の『劇場版・機動戦士Ζガンダム 第一部・星を継ぐ者』の特典付前売券購入という理由もあったからなのですが)。

 映画そのものの評は、ほかのお詳しいところに譲ります。
 自分の感想の前置きに、ストーリーをざっと。
 バリの演劇がスランプ気味。そこへ、いつもネタを探しに行っていた公園に(社交の場でもあるのでしょう)、息子たちを連れたご婦人が来ていて、急速に仲良くなっていく。
 その中のピーターという男の子が、バリは自分自身に似ている気がしてならない。ピーターは父を亡くしたことに傷ついていて、芝居のような世界はウソと決めつけて、自分は大人になるのだ、と。
 彼らとの付き合いの中で、戯曲「ピーターパン」は描かれていくのですが、そのこと自体は観客には既知のものとして表にほとんど出てきません。
 むしろ、バリがその子どもたち一家に入れ込んでいくことで、そもそもの奥方とうまくいかなくなったり、子どもたちの母親との関係が社交界で悪い噂になったり、…ああでもこんなことは外側のことなんだな。

 大事なことは、Neverlandは本当にある。空想すれば本当にそこにあるんだ、というメッセージと、それと関わって、家族であること、大人になることが絡めて描かれているところにありました。
 子役なしにはこの映画は成り立ちません。子どもたちもバリも、交流していく中で人生の新たな息吹を得ていく。互いに必要な存在になっていく。
 勝手な感想ですが、親ともなる世代になってみて、今の家族のこと、自分の子どもの頃のこと、自分の親のこと…諸々考える時期が来ているだけにね、いい映画を見たなあという気になったんじゃないかと思います。
 悲しい現実を前にするからこそ大人になりながら、信じることの大切さを大事にして今を生きていこうとする。最後のシーンが近づくにつれ、もう劇場内はやさしい涙が流れている気配が、あちこちでしていましたよ。女性の涙ばかりじゃなかった模様。
 ただただお涙ちょうだいの映画じゃなかったです。少なくとも、恋愛映画じゃないですからね。
 音楽も含め、映画全体の作りが穏やかで美しく感じられました。もちろん、英国風のロケは素晴らしいし。
 うーん、…うまく書けてない気がするな。なにかしら、伝わってますかね。

 パンフを見たらヘエと思わせるキャストで嬉しくなりました。
 バリ役はジョニー・デップ。映画オンチで知らないのですが、過去の経歴だけ見るとこんな落ち着いた役は珍しいんじゃないかな。映画全体の雰囲気にすごくよくはまってました。
 若き未亡人役はケイト・ウィンスレット。タイタニックのヒロインで有名らしいですね。パンフのインタビューにも出てましたけれど、結婚して実際の母親になったことが演技にしっかり影響を与えたとか、そのとおりだと思います。うわついた感じ全然しないんだもん。
 ほかの主要な脇役も実力派ばかりだったという印象です。
 ダスティン・ホフマンが味のある脇役でしっかり出ていたのに気がつかなかったのは、くやしかったですね。

 コナン・ドイルがバリに話しかける役で出てくるのですが、画面を見ているだけじゃわからなかったです。
 これで宿題は達成、DVD購入は決定だな。

 しかし、映画も何カ月ぶりかしらん。
 もしかすると「赤毛のアン第3部・アンの結婚」以来まともな映画は観に行っていない。
 そういや、ロードオブザリング第1部と第3部だけは観に行ったか(「キャシャーン」はカウント外!間違い!あんなんだったら「キューティーハニー」観てスカッとしておけばよかった!)。
 次はスター・ウォーズエピソードIIIは観に行きたいんですが、いまは子育てを楽しみにしないといけないのでしょうなあ。

 その意味でも、家族で話題にできるいい映画でした。

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2005.04.22

VTR/DVD/HDDビデオレコーダ

 買っちゃいました。
 結局、『英國戀物語エマ』の放送開始に間に合わせる形で。
 2005.4.92005.4.10の記事はずばりこれがあったから。

 半年くらい前から検討はしていました。
 目的は、VHSテープの整理。メディア変換してすっきりさせる必要が…実家も家人もうるさいので。自分でもモノを買ってくるので場所を確保する必要もあり(同種の棚としては愛蔵版DVD-Video)。
 メディア変換は、カセットテープもしないとなと思っているので、当初パソコンでの変換ができないかなと考えていました。しかし、そのための拡張ボードや周辺機器を揃えるとなると金額がバカにならない。旧Macから新Mac導入を検討する理由にならないかとも思ったのですが、ちょっとね。

 その上よくよく調べてみると、標記「家電」ビデオレコーダが機能も値段もこなれてきたこともあります。家電のシンプルさなら、定型的かつ量的な編集作業が手順化されていれば、メディア変換も楽だろうという見込みも。ビデオテープの山は、120分テープを3倍速で撮って360分にしたものも少なくないので、まずアナログでVTR->HDDに落とすだけでも一晩一本かかってしまいます。意外に大変です。
 そこで気になっていたのが、近所にレンタルビデオ屋さんがないのでDVD-Videoも経験が少ないんですが、DVDの場合のチャプター分け。これには店員さんにしっかり、繰り返し相談に乗ってもらいました。テープなら早送りで済むところ、DVDの場合はチャプター分けした方が断然便利なようです。しかし、一本360分のテープをいちいち編集作業やってたらきりがない。切り分け作業を自動化できないかと考え、「家電」に期待するわけです。
 しかしこれがまたカタログに出てないんですよねー。「自動でチャプター分けをやってくれる機能があるのかどうか」がはっきりしない。分けるためには区切りのところでなんらかの信号を検出する必要があるのですが、そこがカタログに出てこない。
 後述しますが、VTR->DVDというレコーダの需要が少ないのか、実際に出ているVTRも搭載しているモデルの数は限られています。
 店員さんが店頭からメーカに確認してくれたところでは、結論から言うと、モデルによって二つ方法があるみたいです。CMカットで使われるような、ステレオ-モノラルの音声信号。もうひとつは、VTR側の頭出しサーチにひっかかるような、録画開始信号。

 カタログになぜ出ていないのか。VTRも一緒に搭載しているモデルの数は限られていると書きました。VTR->DVDというレコーダの需要が少なく、DVD/HDDビデオレコーダはVTRと関係ない使われ方をしているということなんですね。
 だって、家電DVD/HDDビデオレコーダの価格帯って、どう少なく見積もっても5万円から、上は10万円。このくらいのお金を普通に出す客層って、「学生」じゃないでしょう。就職して少し余裕ができてきた、「20代後半から30代」。更に上の年代でも、子どもがいれば子どもにかけるお金にメドが付いてきた層で(かつ新しいものに挑戦しようとする層で)しょうね。
 自分も、VHSビデオをダビングが可能なように2台もっていましたが、いずれも就職して数年、お金が自由に使える余裕ができてきて、中古屋さんで2万円以下で買ってきたものでした。今回購入を検討したのは、そのうちの1台が壊れて、またテープの置き場所がもうなくなってきたからなんですね。ほんと、ひさしくビデオなんていじってないです。見たい番組があまりなかった、育児で余裕がない、という理由もありますが。

 で、話を戻すと、「20代後半から30代」の中には、自分のように連続ドラマを撮って、揃えて手許に置きたいコレクター志向の人もいるわけですよ。学生時代から溜めてきてしまっているという。
 私の場合で言いますと。
 グラナダテレビ版「シャーロック・ホームズの冒険」は何度も再放送されていますが、DVDが出る前は遺漏ないように繰り返し録画してしまってます。以前にもここで書いたように、「夏子の酒」テレビドラマ版はほとんど録画できてました。法廷ラブコメディ「アリーマイラブ」は初期から見ていて、結構手許にまだ保存してあります。
 「サイボーグ009」平成版は惜しかった。テープの本数の限界があって、平成版「鉄腕アトム」に期待、上書きして潰してしまいました。新生アトムは残念ながら途中で挫折してしまい悲しい…。脱線しますが、意外にも最近、「ブラック・ジャック」が子どもたちに人気なようです。テレビから原作に入っていっているみたい。原作は20年前の作品なのに、普遍性があるんでしょうね。自分はテレビはたまたま一回見たんですが、エンディングテーマがピノコに合っていて素晴らしい。
 ほか、話題になってからの「エヴァンゲリオン」深夜まとめて再放送版とか。「ガンダム」は最近のSEEDなんぞ見ていませんが、就職してからも2シリーズがあり、リアルで見るのも気恥ずかしくてビデオに撮ってまとめ見をしてました。
 ほかにも、レンタルで借りてきてこれはという作品はダビングしてあったりします。
 上記年代層にはこういう、たまっちゃって首がまわらない、テープを整理したいよーという人もいないこともないと思うのですが…以下。

 ところが、このHDD/DVDレコーダを検討していてわかったのですけれど、メディア変換希望なんて人はやっぱり珍しいみたいなんですね。保存して手許に置きたい、なんてのは図書館員みたいな人種の性分なんでしょうか。
 まあ確かに、普通の人は時間帯が合わないときに録画しておいて、見て、消す。手許になんか置かないで、レンタルビデオを使う。これが普通でしょう。
 HDDレコーダを使う人は、媒体を別にもたないところにメリットを見いだしているようです。デッキ内蔵の大容量のドライブに、最新の録画予約機能でどんどん録画しておいて、時間のあるときにまとめ見をする、という。上記購入想定顧客層は忙しいでしょうから、納得もいきます。
 実際に利用している人から聞くと、HDDレコーダの録画予約機能のおかげでどんどん自動的にたまっていくので、テレビの見方が変わった。見られる番組が飛躍的に増えたと言っていました。HDDならランダムアクセスですから巻き戻しとかしないでポンポン跳べますし。ケーブルテレビなんて使わないよなーと思っていましたが、多チャンネル放送もこういう態勢があるとなればなるほどとも思います。
 ブログでいろんな番組をウォッチしている人、多くて自分はその番組見てなくてもレビューだけ読んじゃうんですけど、こういう機能を最大限活用してるんでしょうねえ。

 で、DVD-R/RW、DVD-RAMと録画方式にまつわるめんどくさい話を店員さんに相談に行って風邪をもらってきたというのが2005.4.9の記事です。
 このすぐ前の記事のCD-Rはめんどくさい!という感触はDVD-Rでも同じ。もーどうしてくれんだよ、家電のくせに操作が面倒なのは…と言いながら四苦八苦しています。トシのせいかもしれません。

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2005.06.06

機動戦士Ζガンダム・第1部「星を継ぐ者」

 映画「機動戦士Ζガンダム 星を継ぐ者」観てきました。"A New Translation"と銘打った映画化三部作の第一部。

 公式サイトだのにゴロゴロ転がっている話ですが、A New Translation(新訳)というのは、同じストーリーでも視点を変えてみれば違う切り口で語ることができる、という主旨で今回の映画化に際して付けられたものです。
 ちなみに聖書の「新約」とは原語が違っています。「Ζ」のストーリーは主人公にイエスのように人類の原罪を背負わせるがごとき筋であり、当初制作者の意図もあったようですけれど。この映画では「新たな翻訳」「新解釈」という意味ですね。

 全50話中1-14話分を95分にまとめたというし、新作カット1/3と旧フィルム(20年前!)とのギャップ。どんな仕上がり具合かと期待しないで行きました。切り貼り感はまあ、否めませんが、よい点、快い点があり、自分としては映画館に足を運んで満足。
 観てきた者として最初にお断りしておきますが、この映画はテレビシリーズあっての映画であるように思います。切り貼りは、新作として一個の作品として観たらたぶん違和感ありまくりのはず。今回製作者も、「Ζ」という同じ作品名を使う意味として、20年前の同じフィルムを使っているそうです。
 テレビシリーズを既に見ている人はもちろんすっと入っていけるし、あとでテレビシリーズを見るつもりなら多少わけがわからなくてもはしょっている部分はあとで理解できるでしょう。雑誌などの各話解説では、うーん、ついていけるかどうか。

 さて。全体に「軽やかな」印象が残りました。
 あの穏やかな「ターンエーガンダム」の映画化と雰囲気が似ていました。どちらも一年分のテレビシリーズをまとめてしまうのですからストーリー展開に勢いが出てくるのは当然なのですが、切り貼りをするにしても、富野監督の脚本や絵コンテがいいんでしょう。そしてそれを受けた実際に映像加工するスタッフの力や熱意を感じさせられました。
 全体に、空間・奥行きを感じさせられるカットや、テレビでは全体状況がわからないまま話が進んでしまっていたところがうまく整理されているなど、わかりやすくなっている感触です。感触と言えば、新旧のフィルムが混在しながらも(違いを意識し始めると多少目が回ります)、凝縮されたストーリーに乗ってしまうと、再構成された台詞や映像、感情の流れが、なんだか身体感覚的に気持ちいいと感じられます。今作は、DVDなどよりも映画向きのような気がしますね。

 エンドロールにテレビ版の各話タイトルとスタッフが流れて、「これだけの話をよくもまとめてくれた」「逆に、テレビのイントロダクションは冗長だったのかもねえ」という気にすらさせられました。
 そして最後に登場した第二部タイトルは、「機動戦士ΖガンダムII 恋人たち」。ロゴにフォウとベルトーチカが組み込まれていたのには驚きました。
 IもIIも副題は有名なSFから採っていますね。Iの方、J.P.ホーガンの「星を継ぐ者」は未読ですが、関係ないように思われるのですけれど。「トップをねらえ!」「エヴァンゲリオン」などで有名SFから借りるのを真似てるんでしょうか。
 確かに「Ζ」第2部には魅力的な女性たちが登場し、活躍します。テレビシリーズ当時も、70年代末のファーストガンダムでは前線に出ることは稀だった女性たちが、80年代の女性の社会進出がドラマにも表れていると言われていましたが、20年を経たいま描き方がどう変わるのか。これまた楽しみではあります。
 第2部は10月公開予定。

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2005.08.21

夏も盛りを過ぎて…過ぎたのかな?

 このひと月が大変だったことは言うまでもない。家族が事故で怪我を負ってしまったからだ。
 なんだか疲れましたよ。
 この記事、8/24に書いているが、8/21の晩の時制で書きます。

 共働きの子育て、元々土日出勤があるために休日が合わず、何かと大変なんである。単に一緒に家事ができないなんてもんじゃない。
 不規則な休日に、へたに無理をするとかえって体調を崩して、翌週からの出勤に影響が出る。
 場合によっては土曜保育や育児ボランティアさんに預けるなどして、子どもに負担をかけることになったり…。
 そもそもが週末も生活は保育園のサイクルに準ずるようにしているから、自由ではない。

 7/21付記事で触れている実家への帰省は、年に数えるほどしかない「一家揃っての帰省」だった。事前の日程調整にずいぶん苦労した。
 昨年からの家族の要望で、クラゲが出る前に3回は海に行きたい。結局2回行った。
 花火も見に行ったな。

 ほかにも家族サービスはしていると思うが、そうこうしているうちに7月後半に怪我をしてしまった。
 この一ヶ月、何かと大変だった。自分の性格では、気疲れした方が大きかったかもしれない(苦笑)。
 それでも、日常的に生ずる実質的な不自由のフォローを何やかやとやり、手配もした。
 通勤がうまくいくか不安だったので一緒に経路をゆっくりと確認しに出かけ、ついでにランチと「スター・ウォーズ エピソードIII シスの復讐」を観てきた。これくらい許してよね。
 そうして、一ヶ月。ようやく家庭生活が元に戻り、仕事にも普通に復帰しつつある。

 この週末、親戚が小学生の甥を連れて陣中見舞いにやってきた。
 土曜に鎌倉大仏と長谷観音に行ってきた。わが子の昼寝前の運動(散歩)がてら、と言いつつ甥っ子とみんなで出かけることになった。朝早く出た割には、子どもの移動に時間がかかり、時々刻々、暑くなること。自分はかなり消耗した。帰ってからみんなで昼寝、うつらうつら。
 夜、親戚がいるときを見計らって眠った子どもを預け、子ども抜きで軽く飲みに出かける。わが町にはもったいなくも珍しく、日本酒の古酒を売りにしている店があり、飲みに行くときは常だ。実に旨く、楽しかった。
 ところが、今朝。久しぶりで飲み疲れたらしい。トシか…。親戚に子どもの世話を頼んで横になっていた。
 そういえば、飲んだ後帰宅してから昨夜半、日中中途半端に観た『ネバーランド』DVDの後半を観たんだった。このDVDは買ってきたばかり。親戚はジョニー・デップのファンになってしまっていたから、観直しは楽しんでくれた。自分でも発見が多かった。眠かったけれど。

 台風が近づいて前線が活動するようになり、雨も降ってきている。
 振り返れば単に暑いだけではない、大変な夏だった。でも、自分はまだ切り替えができていない感じ。
 そうは言っても休んだ分、仕事がたまっている…。

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2005.08.27

STAR WARS Episode III―映画の感想と小説版(1)

※8/25書き出し、8/29アップ。

 帰宅途上、小説文庫版を手に取った。映画の描写が大雑把だったので予想どおり引き込まれた。
 以下関連記事、映画未見の方にはネタバレ注意!としておく。小説も読んでもらいたいのでハッキリした表現はあまりしないつもりだけど。
 ひとことだけ書いてしまっておくと、エピソード3は映画と小説両方見て初めて楽しめる。小説未見の方はぜひ、お読みいただきたい。

 本記事では以下、知人とのメールに書いた感想を転載する。

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>(特に前半から中盤において、あと後半も一部)まだまだ
>脚本の甘さが残る部分はたくさんありましたが、まあ総じてう
>まくまとめたというか、4につなげたというか。

 一緒に行った家族が「クラシックシリーズ特別版はよかったけど、エピソードI,II,IIIはねえ…」と辛口。
 脚本と音楽がダメだそうな。曰く「男の子の映画なんだね」。
 ナタリー・ポートマン美人になったよねと言って見に行ったのに、パドメちゃんお人形さんじゃない!あの闘う女はどこに行っちゃったんだ、と怒ってました。確かに、成熟した女性を描く力がルーカスにはまったくないんだなという感じ。
 「普通、母になるって女はもっと強い側面もあっていいよ」というのは同感。シミ・スカイウォーカーでは別れに耐えて送り出す、というところでは強さを見せたけど、基本的に母となった女性は守る「対象」であって監督が感情移入する「主体」として描けないんだね。あんた死んでどうするねん、という。
 いや、そりゃダンナがダークサイドに完全に堕ちる手術を受けているという共感を得ながら絶望に苦しみつつ出産したんだろうよ、だから生きる気力が失せたんだろうとフォロー入れたんだが、自分でも得心しない。それじゃ脱線してしまう、と思いつつ家族の弁では、へろへろなダンナがいたら「あんた何やってんの!赤ちゃんできるんだからしっかりこっち向きなさい!」とか、「ダンナはダメだけど赤ちゃんだけは大事に育てないと…」という勢いがあるもんだよ、と。
 ほんと、アナキンとの描写ではパドメはうろたえるばっかりで、アナキンが「支えがなくなってしまう…評議会とオビワンと」と言ってる脇で何もしてやってないし。IIのパドメはどうした!支えになってやるところだろ!と言いたくなっちゃう。
 実際、死んじまったらエピソードVIでレイアがルークに話す「そういえば、母さんはいつも悲しい顔をしていた…」という台詞とつながらない。養母との話になってしまう。ここで隠棲して、若死にしても幼いレイアに思い出を残すという選択肢も、プロットを壊さない程度にはあったんだろうに。

>これまでに登場のキャラもいくつかでてきて、
>それを発見する楽しみもあったし。
>せりふのいくつかに、今後のストーリを示唆するものも
>あったし。
>こういうところはシリーズを通しでみているものの
>楽しみ部分ですね。

 そうなんだけどさー。
 メカとかの描写だけだなあ。

 プロットは大昔の構想とたぶん変わってないんだと思うんだよ。
 Iの「9歳じゃ遅すぎて母への思慕が断ち切れない」とヨーダが難色を示す場面とか、IIの母が殺される幻視を見て虐殺までやってしまって後悔するシーンとか。それらがあって今回IIIの妻への切迫した思いにつながっているとは思うんだけど。
 だけど、それをせっかく「映画」で描き切れてないんだな。すごく大味で、消化しきっていない。演出が悪すぎ。

 最後のオビワンとの闘いでチャンバラが続くじゃない?あれ、シディアスも「アナキンは自分を凌駕している」と言うだけの力、ジェダイテンプルを一人で全滅させられる力があるから圧してたんだろうけれど、オビワンにも躊躇いがなくはなかったと思うんだよね。
 で、最後に誘って、ズバッとやっちゃう。そこで哀しい名台詞に続くんだけど、一連の描写全部がただのチャンバラと演出と組み合わさっていないから、ただの台詞だけ、ドラマの構成として結実しない。
 比してオッと思った演出が、グリーバス将軍。タダのドロイドじゃなくて「人間のサイボーグ」ということは見ていてわかってきたんだけれど、最初にアレと思ったのはオビワンとの闘いで「執念深そうなアップ」が出てきたから。ただのメカを大映しにしてどうするんじゃい、と思っていたら次にオビワンのアップも来た。で最後に心臓を銃の連射で倒すと。これは闘いの執念を表すいい演出だと思ったねえ。
 最後の闘いでも光刃を交えながら印象的な台詞をやりとりするとか、もっとあってもよかったんじゃないか。

 そしてわけがわからないのが、とどめを刺そうとしないでただ立ち去ってしまうオビワン。行動原理が全然わからない。日本の武士道ならとどめを刺すのが情けってもんだし、欧米でも生きながら焼き殺すのは地獄の描写の元にもなってるわけで。
 弟同然に思っていたからか、ジェダイだからとどめを刺さなかったのか。でもジェダイ・オーダー自体が崩壊してる(=アナキンがパルパティーンにためらったときと違い裁きの場がない)し相手はシスと化してしまってる。あそこで解釈が分かれてしまうような描写はまずすぎる。
 映画的にはあそこ、溶岩や落石で近寄ろうとしてもどうしようもなくて、必死に今生別れ際の台詞を言う、くらいの演出でないと。

 ベイル・オーガナ議員も、ここまで最後の後始末に出張ってくるんなら、IIでもっと彼の主張やジェダイとのつながりを示しておかないと。レイアの養父になることはわかってるにしたって、伏せすぎというか、最後つじつま合わせに出てきただけじゃん、って感じ。
 自分も、エピソードI,IIは、映画としては全然不要だと思っている。ストーリーとしてはなくてはならないポイントを押さえてはいるものの、IIIの悲劇、主人公の苦悩に結実するだけの描写が不足しすぎている。

 一緒に見に行った家族は、節目節目でもっと回想シーン使えばよかったのにねえ、と言っていた。
 いまやってる『ガンダムSEED』は回想シーンや総集編ばっかりでつまらん、駄作だというのがオールド世代の評価なんだけど、思い入れがある連中にとっては、意味のある回想シーンやうまい視点からの総集編みたいなんだよね。自分は本編ほとんど観てなくて、ブログで詳細な筋とよい分析があるとこ三つに頼ってんだけどさ、そこ読むと本編見るより深く楽しめる。
 それに比べると、今回の脚本・演出は、日本のバカニメーション以下だ。
 見所がメカ描写とアクションだけなんだもん。そこを筋に絡めるのが映画ってもんでしょうが。パルパティーンとメイス・ウィンドゥのところなんて彼の最期に至るまでは秀逸。グリーバスとオビワンの闘いもよくできてる。
 惜しくて惜しくて…。なのに、細かいところに走りすぎてる。スペックに取り憑かれてるビル・ゲイツみたい。クローントルーパーのデザインが段々ストームトルーパーに近づいてきたり、のちのデストロイヤー級戦艦とか、ジェダイ・ファイターがTIEファイターの前身らしかったり、X-ウィングの前の型とかさ。デザインなんかに凝るのは楽しいけれど、それは映画の「小道具」でしょ。

 しかし、アナキンとパドメの関係を看破する皇帝なら子どもの行方がわかってもいいんじゃない?とは家族の弁。アナキンの心の動揺を読んだだけだよ、と言っておいたけど、それもそう。ヨーダなんか、銀河中に散ったジェダイのフォースが失われていくのを感じてたしね。
 ルークなんかスカイウォーカー姓で親類の家に預けられてる…。ベイダーはどこで自分の子どもだと分かったんだ!!最初からわかってて放置してたのかなあ。であれか、ルークが反乱軍に入ったらしい辺りで親類を皆殺しにしたってか?
 レイアはIVで養父のいる星をデス・スターに一撃で破壊されるさまを見せつけられるのに、側で脅迫している実父が実娘と気がつかない。レイアはエピソードV,VIでヨーダにずっと「もう一人の希望がいる…」とか言われてるんだけど、よくわかんないよ。

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2005.08.28

STAR WARS Episode III―映画の感想と小説版(2)

※8/25書き出し、8/29アップ。

 本記事では前回の映画の感想のまとめと、小説版の推薦を。

 映画単体について、まとめ。

  • 総評としては中の上、5段階評価だとオマケして☆4かな。シリーズ最終作ということと、曲がりなりにも感情移入可能な悲劇を描いたことを甘く評価して。しかしかなり想像しないとダメだったから、泣けなかったんだな。セリフやシチュエーション自体は泣けるもんばっかりだったのに…。
  • よくも悪くも、「映画」としての「スター・ウォーズ」。ライト・セイバーによるチャンバラ、めまぐるしい宇宙戦闘。背景としての星々と多様な異種族たち。つまりは、画面を見ていて飽きない。
  • 問題はその映像に説得力を与える、脚本と演出だった(本当は逆なんだがSFX全開の作品は、映像が先、でもしかたがないもんねえ)。どうして効果的な場面で、印象に残る台詞や演技を配置しない?そうすれば映画としても見られるものになったのに…。
  • ヒロインのパドメがお人形さん。I,IIの闘う王女はどこへ行った〜!
  • クライマックス、オビワンがトドメをささずに立ち去ってしまう。映画の描写だけでは行動原理が理解できなかった。

 本題、小説について。

  • パドメが何をしていたか。実は、何もしていないわけではなかった。映像に出してこなかっただけ。やはり行動する政治家だったのね(嬉)。
  • オビワンの最後の行動は一応説明されている。まあ、納得しておくか。

episodeIIIジョージ・ルーカス原作 マシュー・ストーヴァー著 富永和子訳『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』(ソニー・マガジンズ文庫)
 Amazonの書評を読むと、SWって小説版を読んでから観に行く人も多いみたいで。特に新三部作は小説版がないと補完できないと言っている人もいる。
 自分は、心情描写と映像で表現できなかったところを読もうと手に取ったんだけれど、結果的に、小説があれば映画に行かなくってもいいかもしれない、ってくらいの高評価だ。映画は小説の映像化、映像部分だけ、という感じ。エッセンスは小説の方にある。小説やマンガのアニメ化、みたいな感じだな。そりゃ、SFXやアクションは大画面で見たいけどさ。スター・ウォーズって毎年テレビでやるじゃないですか。
 もちろん、そのままIIIの小説を読むには難があるかもしれない。そのためには、I,IIはあらすじと人間関係をどこかで押さえて。あとは固有名詞だな。固有名詞とその背景ばかりは、実は映画でも説明が充分でない。そのための副読本とか読むしかないですね。ネット上で見つけたのはこちら「スター・ウォーズの鉄人!」。
 だけど、カタカナ語に多少ひっかかる以外は、アクション部分も表現が豊かで、非常にこなれた文章、訳も適切だったんじゃないかと思う(映画の字幕は「誤訳だ」とまで叩かれてるからなー)。「SF小説として」、おすすめです

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2005.11.25

ようやく『ΖガンダムII―恋人たち』を観た

 先々週から気になっていたが、仕事で忙しく、やっと手の空いた今週、観に行ってきた。ほかの映画館では先週には上映が終わってしまったところもある。
 ほとんど眠かったのだが、ほかの日はあいていない。実のところ、家族とすれ違いだ。残業ばかりしていたし、ひと区切りついたと言っても仕事の方は積み残しがまだまだあって、次の組み立てを考えなくてはならない。この日ばかりはと仕事と家庭を犠牲にして、ゴメンと思いながら久しぶりの映画館に足を運んだ。

 観たぞ〜というだけだった。展開が早くて眠くなっていられなかった。でも、Ζガンダムだったな。新作画がかなりよかったし、TV版は音楽の使い方に特に不愉快さを感じていたんだが、そういうところがなくて。フォウとのエピソードはやっぱりいい、TV版より流れがよくなっているかもしれない。ほかのサイトでも言及があるが、フォウの声優はかなり頑張っている、悪くなかった。池脇千鶴はひどかったけど…。「ΖガンダムIII―星の鼓動は愛」に期待。
 あれだけ早いと、不愉快なところは削られてしまっていい。映画でのアムロとカミーユの健やかな声を聴いていると、好きなんだな、と思う。
 Gacktの曲、いいね。高音のない西城秀樹みたいだけれど。今回はアルバムは買わなかった。

 帰りに、あまり寄らない街なので、大きいゲームセンターに寄ってみた。のまネコグッズが入口にどーんと置いてあった。珍しい、初めて見た。まとめサイトでは、あちこちでもう撤去されていると聞いていたのに。O-ZONEの例の曲が流れていて、確かにノリはいい。ボーとした頭にも軽妙なリズムが入り込んできて、気持ちが軽くなる。でも、このぬいぐるみとは別だよなあと。例のパラパラアニメも流していた。
 駅前まで戻ると、また街頭ライブ。女性がキーボードを弾きながら美声を響かせていた。とても気持ちがよかったのでずっと聴いていたかったが、疲れていたのであとにした。クリスマスの飾りがきれいだった。
 そうそう、「スター・ウォーズ エピソードIII シスの復讐」がもうDVDになるんですねえ。

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2007.02.22

『それでもボクはやってない』(1)

※3/11公開。ネタバレなし。公式サイトによると3/16迄ならやってる映画館がある。

 監督・脚本周防正行 『Shall we ダンス?』から11年ぶり。
 配給:東宝 上映時間:2時間23分

○観客
 自分が見た回は、満席に近かった。
 暗い中、笑うところで聞こえる声は、割と余裕のある声。
 終わって明るくなってから見まわすと、中高年の男性が多かった。女性が少ない、と言ってもいい。
 年齢構成が普通の映画と違うようだ。他に見に行った方の話でもそうだった。

○パンフレット
 映画館で売っているパンフレットは2種。
 いわゆる「プログラム」と、『それでもボクはやってない【完全シナリオ・ブック】』。各600円。

 後者は、「より理解を深める用語解説付き」(帯)。司法監修:工藤裕之弁護士(城北法律事務所)。
 なお脚本は、周防正行『それでもボクはやってない 日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!』幻冬舎, 2007.1.にも収められている。

 前者は、改めて見ると字が小さい!資料性充分。脚本は、周防監督の幻冬舎の本でよかったかも。
 以下、目次。

 周防正行監督コメント
 ストーリー   ※表「逮捕から判決まで~徹平の1年~」あり
 人物相関図
 周防正行監督インタビュー   ※表「この11年間、監督はどんなことをしていたんですか?」あり
 キャストインタビュー   ※メインキャスト5名
 33の素朴なギモンQ&A   「※物語の結末に触れている項目もありますので、鑑賞後に読まれることをおススメします」。もっと大きく書いてね…。
 撮影現場リポート

○感想その1
 監督「主人公は裁判」取材の成果から忠実に再現したという(但し、現役の裁判官、検察の取材はできなかったそう)。
 「有罪率99.9%」「代用監獄」「書面審理主義」は、知識としてはあったけれども、実際の刑事事件の形で提示してもらった点、説得力が感じられた。
 最後のシーン、そりゃそうだろ、と思う。出た判決に納得するかどうかではなくて、主人公の視線を表すカメラワークとモノローグ。それがコワイんだけど。あのシーンを突きつけたところが、秀逸だなと思う。

○感想その2
 外国で試写。日本の刑事裁判の現状を訴えようという意気込みに、手応えありとしている。
 日本固有の「満員電車での痴漢事件」に「欧米なら満員電車を運行している鉄道会社を訴える」と相手してしまっているが…返すポイントはそこじゃないですよね、監督。
 日本は、そんな事件に外国人のあなたも巻き込まれたら最後、有罪にされかねない。コワイ国なんですよ、と。
 あちこちで感想を見ているが、どうも、痴漢冤罪の問題にされてしまっているのが不満だ。

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2007.02.23

『それでもボクはやってない』(2)

※3/11公開。

・自分が見に行こうと思ったのは、新聞のインタビュー記事だったろうか。今ネットを探しても見つからないのだが。聞き手と監督の「この映画は、主人公の徹平が本当にやったかどうかは、観客の視点からはわからないように描いてあります」というやりとりがあったからだった。「裁判映画として、こうした視点は初めて」。ふむ、これなら「裁判という背景を使った映画」ではなくて、楽しめそうだ。

・痴漢を採り上げたのは、裁判を描くひとつの手段、という位置づけ(監督の最初のきっかけがそうだったということもあるだろうが…)。軽微な扱いを受けている、日常に近く誰もが巻き込まれる可能性が高い事件。

・プログラムに書いてあったこと。なぜフリーターの青年にしたか。
 脚本は家族持ちのサラリーマンのバージョンを書いて「これじゃ家族や会社の重みが…」それからフリーターのバージョンを書いた。それぞれ5回書いて決められなかった。両方の版をスタッフに示したところ、同数でまっぷたつ。自分で決めるしかなくなった。

・プログラムに書いてあったこと。キャストはそれぞれ違うやり方で決めたが、「裁判が主人公」の脚本をしっかり書いたので、キャラクターの肉づけはそれぞれ役者の力量・個性による。

・プログラムに書いてあったこと。痴漢という女性に対する犯罪に対し、被告人側に女性を配している。母親、元彼女、担当弁護士。男性の誰もが被告人に立たされる可能性をもつ以上、被告人の家族にもなりうる。女性にも裁判を身近に感じてもらいたい、という。

・役所広司は好きだ。出てくるとつい安心感を覚えてしまう。中学時代、NHKの宮本武蔵をずっと見ていた。おつう役が古手川祐子。学校の図書館で吉川英治の原作を揃えてくれたので、読んだ。初めての時代小説。今回、老け役もやれるのねー。『Shall we ダンス?』もずいぶん前になっちゃったけど…。あれから自分が思い出せるだけでも、『失楽園』『うなぎ』『THE有頂天ホテル』『ローレライ』とまあ、よくやってらっしゃる。

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