育児

2010.06.25

先週も稼ぎ

 先週も、白髪を抜いてもらった。書いておかないと、もう週末だ。
 10本でお駄賃。
 4本事前に抜いていたけれど、6本抜くのはまた根気が要った。
 でも、頑張った。

 「白髪抜き」って大事。

 そもそも、一本を選り分けるのが大変。手先の器用さと、根気が要る。
 「やって」と頼んで「うん」と言える、素直な内でないとダメ。
 「親の言うことを聞く」こと自体の練習や、指標にもなりうる。
 何でもないことでも、普通に話し合える関係か。

 子どもと、祖父母との付き合い方の様子を見ていても、
 核家族は足りないところがあるな、
 親戚付き合いって大事だよなと思う。

 また白髪抜いてもらえるかな。
 お互いにいろいろある。
 期待しないで、楽しみにしていよう。

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2010.06.02

今日の稼ぎ

子どもに白髪を抜いてもらっている。日曜に6本、今朝4本。

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2008.01.07

仮面ライダー電王、クライマックス!

 今年のライダーは子どもと一緒に見ていた。
 今月で終わりだ。

 「電車とライダー!?」当初コンセプトにクラクラ。
 そうは言っても、子どもは電車好き。気軽に子どもと一緒に見始めた。
 けっこうぶっ飛んでいて、楽しかった。

 しっかし、デザインはどこまでもチープだったなあ。普通は怪人のデザインに凝ってたりするんだが。
 ライダー各フォームも怪人も、劇中人物のイメージが実体化している設定で、主人公が「良太郎、…センスねえな」と突っ込まれていた。

 スポンサーが「ライダー、今年は電車で行きましょう」と言っておもしろくなったのはいいが、玩具にびっくり。ほとんど毎月新しいアイテムが出るし、値段、凄いのねえ。
 戦隊もののロボが高いだろうこと、2号ロボが出てることも、…でも、今年は3台めが出てる上に、全部一万円近くしてるようだった。
 デンライナーセットもキングライナーにも、びっくり。
 わが家は『てれびくん』の付録で、親子とも充分楽しめたけれど。
 来年は特撮はナシ。子ども自身は「親に付き合って観ていた」様子(苦笑)。

 映画のエンディングには泣けた。「人の記憶こそが時間」という劇中設定はなかなか。
 「過去が希望をくれる」というキーワードに導かれて、ドラマの終着駅を楽しみにしている。

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2005.10.21

歯医者さん、がんばったね!

※10/22にアップ。

 わが子、以前の通院から3ヶ月経過したので、歯科に予約。当初より「3ヶ月経ったら定期診断のつもりで診せに来てください」。
 今回は、上の前歯に少し着色が出てきたので、さすがに心配にもなり、ちょうどよい頃合いかと行くことにした。
 前回までは治療に至らず。慣れるためのフッ素塗布まで。フッ素がリンゴの味で、好感を得、歯医者さんはこわくなくなったらしい。

 子どもと一緒に診察台に座ったが、こわくなかったなあ。「こわがらなかった」というのが正確か。
 「口をあける」のに抵抗はまったくなくて。(削る道具でなくて)電動回転ブラシで助かったんだけれど、よく長時間おとなしく口を開けていた(子ども主観時間)。
 歯磨き指導。子どもが自分でやってみるのは初めて見た。衛生士さんから「お子さん、歯ブラシを歯面に対して垂直に当ててますから、よくできてますよ」。毎食後(親主観としては)一生懸命歯磨きしてやってるけれど、保育園での指導に感謝しました。

 この医院でお世話になったお若い先生、今回でお辞めになる。子どもが歯医者さんに慣れたのは先生のおかげです。本当に残念。

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2005.10.11

耳鼻科にて・鼻吸いの恐怖

 ひさしぶりに育児の話を。

 先週の気候変動で一家で体調を崩している。衣替えもした。
 3歳の子どもを連れて、自分もついでに、医者に行く。二人とも治りかけだったが、早め早めに手を打っておかないといけないからだ。
 今回の風邪もまた喉から鼻にかけてのもので、となると小さな子どもは鼻がつまりがちになる。洟が出ても、うまくかめない。昨年に比べれば格段に進歩したが、大人とは比較にならない。

 そうなると、耳鼻科の登場となる。
 最初は小児科の先生が聴診器をお腹と背中に当てるだけでも怖がっていた子どもも、最近は「歯医者さんは好き〜フッ素塗ってもらいに行こ!」(慣れるためにひと月ほど連れて行っただけで結局治療に至らなかっただけだよ…)だとか、わかってきている。薬も子ども向けの味は悪くないらしく(…)、「お医者さん」「お薬」即、嫌、ではない。
 しかし、耳鼻科だけは、泣き叫ぶ。
 洟吸い器でズズズーッと吸引すると出ること出ること。よく溜めていられるもんだとかわいそうになるし、だからなんとか機会が合えば、連れてきてしまうのだ。当人が泣いて身体をよじっても…。
 ちなみに耳鼻科でも、薬の入った霧の吸入器は好き。「先生と向かい合うと」コワイことされる、とわかっているのである。

 で、今回。小児科でざっと見てもらったあと「帰ろうよぉ、ジビカはイヤ!」。親の自分も診てもらうんだよ、と本当のことを混ぜながら耳鼻科に入る。自分がまず診察の席につき、「出ようよぅ」と必死な子どもには「手を握って勇気づけていて!」もらった(笑)。
 あ、おっしゃるとおり、喉の奥が腫れていますねえ。鼻の方から薬を塗りましょう。
 (…エ!?いま、「鼻の方から」っておっしゃった?)
 あれよあれよ、洟を吸われ、細長い器具を鼻の穴から通して喉の裏に薬を塗られ。
 最後に口の方から、「舌を出してください〜」。咽頭とその周囲に薬を塗られて、オエッとなった。

 わが子よ、なるほど…。鼻吸いってイヤなもんなんだなあ。

 しかしその後、しっかり身体を親と看護師さんに固定され、やっぱり鼻吸いをされるのであった。治りかけにもかかわらず、ものすごい量が出てくること出てくること。連れていってよかったなと思いましたよ。処置が終わったあと、二人で吸入器をやって、落ち着きました。
 小児科は、コワクナイと逆にわかってくれたみたいです。これも収穫。

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2005.06.10

2005年春追想〜本のこと。

※6月中旬以降公開。6/10以前から書きかけていた。

  • 松谷みよ子「モモちゃんとアカネちゃんの本」講談社青い鳥文庫

 全6巻を子どもが寝る前に読み聞かせ。小さな挿絵しか入っていない青い鳥文庫版の朗読でも、わからないなりにわかるところやリズム感を楽しんでいる様子。3歳児に読んでやっていると言うと驚かれるが、そんなもんなのか?喜んで聞いているぞ。
 母親の不安感を描いたエピソードが第3巻『モモちゃんとアカネちゃん』後半から多くなり、読んでいて親の側が戸惑う。実際の対象年齢である小学生でも難しいかもしれない。子どもの頃の自分は、わかったような気がしていただけだったと思う。

 全4冊。注文していた本が来た。村上勉の絵は魅力だが、佐藤さとるの文が期待はずれ。まあ、コロボックルシリーズのイラスト集という位置づけで納得しよう。造本はしっかりしているし。
 内容は、「トネリコノヒコ」の「トコちゃん」の四季、という感じ。トコちゃんは本編でも活躍してなかったかな。
 子どもには、「モモちゃんとアカネちゃんの本」が終わったら、このシリーズ本編を読んでやろうかと思っているが…モモちゃんシリーズと違って長編だから、うまくいくかどうか。

 注文していた新版が来た。各ブログでも話題になっていた。学生時代に論じたことがあったので、語りたいことは多いが、機会があれば項を改める。6/12現在『チビクロさんぽ』と関連書籍を読んでいる。
 自分のことでいえば、親しんだ旧版は実家でとっておいてくれてあって、帰省時に確保してきた。差別的と言われようがごめんなさい、僕はこの本、好きです。岩波版は第2話が付いていて、今回それも併せて復刻されなかったのは残念。

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2005.06.09

2005年春追想〜生活のこと。家族サービス?

※6月中旬以降公開。6/10以前から書きかけていた。

  • G.W.に父子で帰省。二泊三日で悠久山に、市営牧場。実家の家族を喜ばせた。いい季節だった。どこに行くにも、何をするにも。仕事も(勉強も)5,6月は、効率が上がる季節だろう。9,10月もそうか。
  • 休日には、平日の反動がある。平日は仕事のせいで家族と接していないし。疲れて"寝て曜日"もあり、充分家庭参加していない穴埋めをしないと。
  • 手帳を見返すと、なかなかに忙しい(仕事以外によくやるよ…)。一家揃って箱根。子どもと鶴岡八幡宮。最近では地域にある大学の大学祭。地元からも出展、環境・国際交流に力を入れている大学らしさ。子どもとは毎年行っていて今年も楽しむ。
  • 子どもを歯医者に連れて行くことに。自分の分担にした。しばらくは約10日毎に通院、フッ素を塗る。治療する前段階として、口を開けることに慣れる。ごく最初は泣いたが、すぐに慣れてきた。最後にチュイーンと治療の予定。大泣きするだろうなあ。ごめん。

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2005.05.02

この、年度初め

 5月に入りました。
 4月は手一杯でしたー。

 職場では、新しい仕事の研修等々。家庭生活でも、仕事の影響は自分だけでなく、共働き・保育園育児は4月はともに綱渡り。職場の環境が変わると態勢、雰囲気がつかみにくいので、一層緊張感を強いられます。
 要するに、情報不足で予定が立てにくいんですね。共働きだとそれぞれの職場の不充分な状況に応じて敏感になって、少しずつでも情勢がはっきりしてきたら、即情報交換。互いに調整つけていかないと家庭全体で対応ができない。

 それと、親業も4月はがんばりました。当たり前だと言われそうですけど。
 振り返ってみると、まあいろいろやった気がしますよ。ちょっと思い出しただけでも…。
 ご近所でも一家で花見に出かけました。ブログにアップしようかとも思った写真は出来が悪いのでパス。
 保育園の親子デーは自分が出ました。ほとんど遠足だったので、疲れました…。
 最近も、近所のプールでの親子向けイベントには結局自分が参加。少しは余計な脂肪が落ちたといいんだけどなあ。

 子どもも3歳ともなると、歌を歌ってやり、絵本を読んでやりだけでは、ね。散歩も行き先を考えてやったり、何をしてあげられるかなかなかむずかしいなと感じています。
 共働きで家族に土日出勤があると、なかなか一緒にいられる時間も貴重です。せっかくの機会、子ども向けだけでなく、家族向けでもいろいろ考えたい。
 ちなみにこのGWは一家揃うのは一日だけ。図書館員はつらい(…苦笑)。

 そんな年度初めで、職場と家庭でいっぱいいっぱい。
 書きかけの記事、備忘しておきたい記事もあるのですが、仕事も家庭も、大事なところから一歩一歩やります。自分に言い聞かせてます。

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2005.03.11

子どもとことば、生活世界―意味としての「情報」の認知

※この記事は、2005.3.8付「「図書館学、情報学と法情報学」のその後」で課題としていた、話題を扱っています。

あとはまあ、それよりも書きやすそうな、子育て中に感じている子どもと絵本のことなんかも。実は、電子情報の検索対象としての文字記号の問題と、認知型のコンテンツ=パターン認識の問題と直結しているので、普通に書けるかなと。

 「「図書館学、情報学と法情報学」のその後」で予告したとおり、非常にわかりやすいところから。
 ウチの子に見る、当たり前の子どもの話からです。
 ここで述べることは、自分が子どもを得る前から感じていたことであることは、初めに断っておきます。教育心理学の基本だからです。

 ウチの子、もう少しで3歳です。共働きなので、普段は保育園に通っています。
 まずここで語るべき内容で端的なことを。あとで短所を述べますので、親バカじゃないことはわかると思います。

 わが家で子育てをするのに、与えてやれることは何だろうと悩みました。そもそもが、一緒にいられる時間がとにかく短いからです。
 「歌を歌ってやること」「絵本を読んでやること」を一生懸命にしてやりました。
 それが、親と付き合う、触れ合う時間を取ることと、寝かしつけの際の技術としても役立ってくれました。
 間を端折りますが、結果的に、いま、この子はかな文字が全部読めます。歌も大好きで自分でよく口ずさんでいます。これはこの時期にしては早い方だそうです。
 新しい絵本を与えてやると、もう自分で声に出して読んでいます。

 このことで困っていることを述べましょう。
 文字が読めるということと、内容がわかる、ことばが使えるということは別だということです。

 絵本というメディアはよくできていて、ことばがリズムとして楽しくできている、「意味」が通ずるように絵が付いている、ストーリーが子どもに何かしら生活に役立つようにできています。
 上で端折ったことですが、読み聞かせるときには、このような絵本の特性を生かして少しでも「只読む」だけ以上の効果を図ってきました。リズムや声のトーンを変えたり声音をオーバーにしたり。文章を読むだけでなく、絵との関連がわかるようにわかることばで説明してやったり。ストーリーから得られる感情や教訓をすくい取って投げてやったり。

 子どもの記憶力はものすごくて、まず与えられたことばをそのまま覚えて音読します。
 覚えたそれぞれから、意味を実際の世界につなげて、だんだん応用を利かせていくものです。

 そして忘れてはならないのは、ことばなんかなくても、生活していく上で大事なことがあることです。
 トイレに行けるようになること。着替えられるようになること。遊び食べをしないこと。友達とおもちゃを取り合ったら、自己主張ができること。その上で暴力に訴えないで、仲良くできるような交渉ができること。
 これらは、必ずしも絵本の世界と関係ありません。むしろ、ことばは、自分の生活に必要な限りでの意味を主張できるための道具です。

 自分の子どもを見ていて多少の不安があるのは、このような生活に必要なところでことばがうまく使えていないこと。生活のための自己表現の方法としてことばと、読むことばってのは必ずしも同じじゃないんですね。
 絵本が読める、それはいい。語彙が増えれば世界把握が広がるから。
 でも、文字の羅列をただただ誰にも意味を教えてもらえずに読んでいくのだったら…それはいったい、どれだけの非効率でしょうか。もちろん、知っている語彙の範囲から意味は推測もできます。絵の中から自分だけの力で発見できることもあるでしょう。でも、新しいことばは、絵を見てすぐわかるものではないのです。親や保育士さんが一緒に読んでやって、ようやくその意味、概念を「理解」していくことになります。
 別に、かな文字が全部読めたり、「箱根八里」を全部歌えるからと言って偉いわけでもなんでもないです。親も子も楽しいから遊びとしてやっている範囲のことで、そのほかにもっと大事なことがあることは、親たる自分はよくわかっています。

 図書館の話にしましょう。
 単純なことです。
 これまで「情報」ということばをめぐって、文字記号の機械検索と、意味としてのコンテンツの話をしてきました。
 上記の子どもの世界認知の問題から、人間にとって、利用者にとって、重要なことが何であるのかはすぐわかると思います。わが子はまだ文字記号の羅列が読める、それだけのことでしかないということです。「あ」という記号が記号だとわかって、発音ができる。それだけでは何の「意味」もなしません。
 図書館や情報サービスが何を提供するのか。明らかです。文字記号ではありません。全文検索エンジンを流用しようとも、それは意味のあるコンテンツに導くための「道具」でしかないということは明白でしょう。検索結果から、意味あるコンテンツとして重要性を認識できるかどうかという作用は、人間でなければできない。
 何を提供するのか。サービスの目標がなんなのか。それをはっきりと、情報=ある範囲のコンテンツ、と意識しなければ、機械(電子図書館!)が道具でしかなかったり、機械が提供できるものが単なる便宜であったり、ということがわからなくなっていってしまう。

 ことばの問題は保育士さんだったら誰でもわかっていることだし、読み聞かせはもしかすると図書館員よりも上なんじゃないかと思います。
 図書館・情報学にせよ法情報学にせよ、「情報」に関する混乱というのは、こんなレベルの問題でしかないということです。図書館員ってのは、本当に「情報」のプロなんでしょうか?図書館・情報学ってのは、何を研究しているのでしょうか?

 驚くべきは、認知心理学が発達心理学・教育心理学ではこういった子どもについての議論を当たり前にしているのに、その先、一般社会における社会心理学的なアプローチの著作になると、基本からすぐ応用に、変わった方向に転じてしまうこと。これも、情報学における不幸なのかなあと思ってみたり。
 認識に違いがあるようでしたら是非ご指摘ください。

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