アニメ・コミック

2004.10.21

エマ・ヴィクトリアンガイド

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 ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に身分違いの恋を描く、森薫『エマ』。
 本編もいいのですが、世界を理解するためのガイドブックまで出てしまいました。「そこが大事なんです!」という精神で貫かれております(笑)。

(2004.8.29記)

【2004.10.22追記】
 関連リンク
伯爵夫人の昼食会 『エマ』本編著者森薫氏のサイト。
murakami rico's website 『ヴィクトリアンガイド』の圧倒的なテキストを担当されたライター村上リコ氏のサイト。「ヴィクトリアンガイド補遺」とか、この夏に森薫氏とともに取材旅行に行ってきたレポートがある。
英國戀物語エマ 公式ページ 2005年春アニメ化。2004.10.8より確認。
空間コミックビーム:『英國戀物語エマ』 「関心空間」内にコミックビームのサイトがある。こちらは森薫担当編集大場渉氏の一項目。リンクを辿ると「森薫:エマ」の項目もある。
「エマ」支援FLASH
「読書日記」内書評。ウチよりももっとちゃんと解説が付いています。

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2004.12.04

新装版・夏子の酒(講談社漫画文庫)

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 尾瀬あきら『新装版・夏子の酒』講談社漫画文庫全6巻が届いたので、備忘。

 モーニングKC(単行本)が全12巻。
 モーニングKCデラックス(愛蔵版)が全6巻。
 最初の講談社漫画文庫版が全12巻。
 今回の新装版・講談社漫画文庫版が全6巻。

 新装版のあとがきは著者本人が書いている。題を記す。

 第1巻 受け継がれる情熱
 第2巻 よい子のにほんしゅ教室!
 第3巻 アメリカにうまいものなし?
 第4巻 夏の燗酒
 第5巻 新人類その後
 第6巻 おこぜの味わい

 本記事を書いておこうと思ったのは、このあとがきのため。
 時間がないので本編を読み直しておらず(またはまりそうでこわい)、あとがきだけ急いで読んだが、なかなか万感迫るものがあった。連載が1988年開始、今回の新装版刊行が全6巻とも2004年。16年、と繰り返し言っている。
 尾瀬は最近日本酒ガイド『「知識ゼロからの」日本酒入門』(2001年)と『さらに極める日本酒味わい入門』(2003年)を出している。「味わい入門」の特色は、燗酒の飲み方と蔵元アンケートにもとづいた記事だった。
 新装版1巻と5巻のあとがきにも書かれているが、16年の間に蔵元の代替わりや杜氏の雇用形態の多様化が進んでいるという。『夏子の酒』の読者世代が日本酒シーンの主力に躍り出てきているのだ。
 連載開始から終わるまで4年。単行本、愛蔵版、文庫版が出て。夏子の祖母・奈津を描いた「夏子の酒・第2部」『奈津の蔵』が連載されて、単行本になって、文庫版が出て。そうして、今回の新装版である。

 時間の経つのは、早いもんです…。
 日本酒は、身近になっただろうか。1巻あとがきで著者自身、日本酒にこだわりができたのはこの作品がきっかけだったと書いていたのには驚いたが。
 日本酒は、3巻あとがきに書かれているように日本の食文化に関わっているし、国の農業政策にも関わっている。著者ホームページ作品紹介でこのマンガは「夏子の米」だと言われることがあると書いているほどだ。
 この新装版と、「味わい入門」を読んでいただければと思う。

 和久井映見主演テレビドラマのサントラ熊谷幸子による)がいい(中古CDを入手。記事はこちら)。テレビドラマ化されたときに『「夏子の酒」読本』というガイド本も出たがこちらはあまりおもしろくない。和久井映見はこれが縁で草壁渡役を務めた荻原聖人と結婚したが、離婚しちゃったなあ。
 ちなみに、自分は同著者の『みのり伝説』も好きです。こんな評もあります。

【追記】
・「蔵元若葉印」内「夏子の酒・奈津の蔵」。サイト管理人は新潟の蔵元に嫁いでおいでの方。尾瀬あきら氏の人柄が偲ばれる話、専門掲示板もあり。
若葉さんから本ブログにコメントをいただいて訂正。杜氏・蔵元の先祖が越後らしい。サイト内「若葉日和日記」の2004/06/05,2004/09/21,2004/12/18に「夏子の酒」関係の話題あり。(2005.1.20追記)
・新潟県村上市の角長呉服店内「花火・三勝ゆかた」。作中に出てくる長岡花火のイメージのゆかた生地。
・「由紀の酒-日本酒談義-」の日本酒ブログ(由紀の酒):開運蔵見学 付いたコメントに注目。
諏訪酒造内「夏子の酒と上原先生 「天のない酒造り」」。
・「純米吟醸 夏子物語」。「夏子の酒」のモデルとなったエピソード、幻の酒米「亀の尾」から造った酒「亀の翁」。その蔵元、久須美酒造の生酒。
久須美酒造ホームページ。
・「全国ロケ地ガイド」内「「夏子の酒」詳細ロケ地情報」。ドラマのロケ地として久須美酒造の写真がある。マンガでも主な舞台描写はこちらから採っている。
テレビドラマ「夏子の酒」評。一年かけて撮影したというのも話題になった。
・「TVドラマで学ぶ経営学」内「夏子の酒〜地域を変えるコミュニティビジネス」。札幌学院大学の先生が全11話を経営的視点で語る…。うーん。

・ドラマと別に、イメージアルバムなんてあったのか…。

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2005.01.26

TV「夏子の酒」サントラCD

 CD「夏子の酒」オリジナルサウンドトラックを中古で入手。これまではレンタルCDをカセットテープにダビングしてあったのだが、聴かなくなっていた。
 フジテレビ系ドラマのサントラとしてというよりも、熊谷幸子のアルバムとして聴いてイイらしい。なんだかほっとする音だ。主題歌の「風と雲と私」のバリエーションが多いが、元の曲がいいのと、アレンジもいいんだろう。さっそくiTunes 1.1 for Mac OS 8に落として聴いているが、エンドレスで聴いていても全然違和感なし。

 テレビ「夏子の酒」は放映当初は見ないで、全部録画だけしてました。あの泥臭い原作マンガをはしょられ、いじられて、イメージ、雰囲気で語られてしまうのがイヤだったんですね。
 それでも、いつか見てみようとは思っていて。見たのは、5年くらい経ってからだろうか。途中一話だけ最初15分録画し損なったのが痛い。
 キャストも夏子役の和久井映見、冴子役の松下由樹、和子役の若村麻由美はよかったんですが、それ以外は納得いかなかった。荻原聖人が草壁役ってのはもう絶対ダメ。石黒賢はいいんだけれど、キャラクターをまぜちゃうし。

 だからこのCD、ドラマというより、熊谷幸子の「風と雲と私」の印象が強いんでしょうね。本放映時、オープニングだけはたまに見ていた気がする。ドラマ自体はつい見てもすぐに恥ずかしくなってきてチャンネル替えたりして…。
 アルバムとしてはいいんだけれど、ドラマを盛り上げるBGMとしてはきれいすぎるのかもなあ。

関連リンク
・本サントラCDのAmazonのデータ、レビュー
・本ブログ内「夏子の酒」関連記事

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2005.02.02

「小説版エマ」を久美沙織が出すそうで

 驚いた。ちょっと反応遅れてるらしいんだけれど。
 今回、単にそれだけの記事。
 アニメ化のメディアミックスの"祭り"にのせられていく自分がいる…。

 Googleを「エマ 久美沙織」で検索かけて、リンクを辿っていった。
 わかりやすいのがこちらの現時点でのまとめ記事(1/19付)。
 一番早いソースは1/14久美沙織自身の日記。この時点で単巻ではないことがわかる。当人がノッテいる様子は頼もしい。
 公式には1/23空間コミックビームの「エマ」編集大場渉の日記。1/30に見た時点でクリック数4000超えてるから、ずいぶん話題になってるみたい。

 久美沙織を『ドラゴンクエスト 精霊ルビス伝説』でしか知らないので(本ブログ2005.1.5記事の追記及びコメント参照)、「エマを久美沙織が」の反響を知りたく思ったのだが、なんともよくわからない。「よし」とする声もあるが「えー」という声もある。
 はてなの久美沙織の項目を見ると、『精霊ルビス伝説』代表作に挙がっちゃってんじゃん。ドラクエのノヴェライズをサムネイルにされちゃかわいそうだなあ。先の検索結果の中には、「ドラクエ、読んだなあ」というだけの声もあった…自分と同じだ…。
 そういえば、『MOTHER』のノヴェライズが話題になったこともあった。原作ゲームのあのやわらかな感性の世界には合ってるんじゃないかと、一度読んでみたいと思っていたが未読。

 久美沙織の名前を知ったのは、学生時代の先輩が、「同じ高校の出身なんだ」と言っていたから。
 政治学を正面から追いかけていた彼には一目置いていたので、権威に弱い自分には影響があった。高校時代に読み始め、ちょうど長編に復活してきたアシモフにともに盛り上がり、当時連載中の逢坂みえこ『永遠の野原』を紹介してもらった(文庫版も完結してたんだ…)。レディスコミックの勃興期、なんでもありだった中「あれはよいよ」と。見る目があるんだなあと思った。
 それでも、大学生でドラクエにはまっていたことは自分にとっては気恥ずかしく、「精霊ルビス伝説」を書棚に見つけられたかしたときはきまりが悪かったんだろう。しかし、彼は彼女を評価していたので(「ルビス伝説」を自分で読みはしなかったが)、久美沙織と言えば彼のことばが印象が残っている。
 さてそれにしても、いつの時代の久美沙織だったんだろう。

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2005.02.03

森薫『エマ』は「メイドもの」か?

 最初にことわり書き。
 すいません、今回の記事は、偏見とか差別的な観点が含まれてるだろうこと、自覚してます。不快な方がいたらごめんなさい。
 ただ、本筋は最初の一文にありますので、よろしくお願いいたします。

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 ところで森薫『エマ』をお読みになったことのあるみなさん、「エマってどんなマンガ?」と聞かれたらどう言ってますか?
 『エマ』を人に紹介するのに「正統派メイドマンガ」と言うと、誤解も受けるし、そもそも本当は適切じゃないような気が…。控えめに、わかりやすく、端的に言うとこう表現するしかないような気がしていたんだけど。
 ちょっと考えてみました。

 自分自身は、マンガとかアニメにしっかり免疫があるせいか、「メイドもの」といわれてもホームズの仲間に「あれはいいよー」と言われたらすっと読めた。
 そりゃ、作者森薫は正統派のメイドさんを書きたくて同人時代から書いてきたんだし(その世界ではオピニオンリーダー扱いされているようでもあり)、あとがきマンガでもメイドさんのあれこれにフェティシズムを開陳してますよね。日本のヲタクシーンにしか存在しない猫耳メイドさんとは一線を画します、ほんとのメイドの魅力わかるでしょ、という味が作品中に含まれているのはわかります。
 でも、「『エマ』という作品」で大事なのは、「正統派メイド」の「正統派」の部分なんじゃないかなあ。
 『エマ ヴィクトリアンガイド』に出ていたけれど、編集さんと「何やります?」と三択提示されて選んだのが「恋愛もの」だったんだから、「恋愛もの」でしょう。で、舞台を彼女が得意で大好きなメイドやヴィクトリア朝の階級社会をもってきた。でも、メインテーマは恋愛。

 「エマ」のオチ予想に、「エマがメイドでなくなっちゃったらダメだ(メイドマンガのアイデンティティが崩れる)」という意見があるんだけれど、考えてみると変。この主張の論拠は二つあると思う。
 ひとつは、「エマ=メイドもの」としてのこだわり。でも、この作品のテーマは「メイド」じゃなくて、「恋愛」でしょう。恋愛のケリのつけ方によっては、エマがメイドでなくなる可能性は充分にある。
 もうひとつは、確かに、歴史的な階級社会が舞台背景にあって、考証(というかウンチクか)が魅力なのは間違いない。でも、考証の上でのフィクション、"ブリティッシュ・ロマンス"なんだからさ。歴史的にメイドがのし上がったら間違いだ、と言い出したらきりがない(ここでNHKの大河ドラマとか出してきたりしたらダメですかね)。もちろん、安易に階級の壁を飛び越えちゃったらつまらないですけど。ストーリーの構成、恋愛の障害、そして様々な視覚的な描写。よく時代の雰囲気出ていると思いませんか。
 前者の理由で言ってたら「『エマ』はメイドものでなくてはならない」んでしょうが、後者の理由で言ってたら同じ「メイドもの」でも、こだわっているところが違う。後者の人に「でもさ、ともあれ「エマ」ってジャンルとしては何なの?」と聞いてみたくなる。

 じゃあキミは何て説明すんのさ、って言われたら。やっぱり「"正統派"メイドもの」と言うしかないのか?

 ホームズの同人仲間の中でも、マンガに免疫がない人もいる。だから、自分も含めて最初はまずは資料として「ヴィクトリアンガイド」購入まではいく。しかし皆が皆、本編に食指が伸びるかというかというと、最初は抵抗感があるらしい。
 ところが、元々文学系の趣味の集まりというのは「同人」的な素地がそもそもあるというか(トートロジーですかね)、自分の領分ではないはずの「メイドさん」偏見も乗り越えられるところがあるようだ。ホームズのお仲間3人にエマ本編を勧めたが(いずれもそんなにどっぷりとマンガは読まない。ホームズ関係でお金なくなっちゃうので)、読む前の「えっ…いいよぉ」という声は、賞賛に変わった。
 ホームズのパロディ・パスティッシュには、商業作品にも、ストーリーも考証ももっとひどいものがある。そういう目からすると、森薫『エマ』は「よく描写されているよね」ということに。考証という点では、ホームズのような中流階級の視点ではなく、むしろ下層階級の世界が描写されていることの方が新鮮だろう。ホームズのファンには、当時の歴史や文学に非常に詳しい人もいれば、詳しくない人も多いから(ハーイ、自分がソウデス)。あとは登場人物に入り込めるかどうかで、好みが出てくるだろうか。
 ホームズ・ファンの間では間違いなく、「ヴィクトリア朝恋愛もの」。"ヴィクトリアン・ロマンス"(!)なんだろうな(つまんない結論ですみません)。

 実は、この記事書くきっかけ。3人とも説得するの大変だったからなんですよ。ホームズ・ファンてのはたいてい、ヴィクトリア朝関係だったら何でも親和性があるもんなんですけど…。マンガやアニメに抵抗があるとは限らないはずなんですけど…。これ、性別・世代まったく関係ないんですよね(ちなみに年輩の方が「ねえ、手塚治虫漫画全集のDVD…どうする?」などとおっしゃるのはざらで、その成果のひとつが水野雅士『手塚治虫とコナン・ドイル』だろう)。
 一人めは、ぱらっとめくって「『ヨコハマ買い出し紀行』に似てるね」と言った後、わが家に投宿中に布団の中で読み出したら止まらなくなって一晩で読みきり、朝になったら眠い目をこすりながら宗旨変え。
 二人めは、「まあ買わなくてもいいですから」と貸し出したら、お嬢さんと一緒になっていいよねと。
 三人めは、ひさしぶりに会って食事後に大書店に行って。「絶対損はしないと思うけど、もし気に入らなかったら2冊目として全部自分が引き取るからさ」と全冊買い(本の収集はちゃんとする人なので、丹念に帯含めきれいな本を選んでいたから、自分としては保存用に本当に引き取りたいくらい)。その後恋愛ものとしての感想を報告いただいている。
 いかに「メイドもの」という呼び方が損をしているか。まあ、損しているのがいったい誰なのか、と思うと変な話。

 「ヴィクトリア朝恋愛もの」という言い方で通用するかわからない。もうちょっと普通に言うと、「歴史大河もの」なんだろうか。なんか違う気がする…。
 やっぱり「"正統派"メイドもの」と言うしかないのかなあ。ブリティッシュ・ロマンス転じて「英國戀物語」?
 ねえ、みなさん。何て言って紹介してますか?

参考 空間コミックビーム:大場渉の空間 2004.4.20を参照。
 森薫自身のHPの日記にもこの話題、あったような。権威づけのために参照してるんじゃなくて、ヴィクトリア朝文化の振興という観点で評価されている、ということが言いたいだけです。

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2005.02.14

エマ関連サイト備忘

【本サイト内関連記事】
 エマ・ヴィクトリアンガイド(2004.10.21)
 「小説版エマ」を久美沙織が出すそうで(2005.2.2)
 森薫『エマ』は「メイドもの」か?(2005.2.3)

 森薫『エマ』が話題になるにつれて、自分がちょっと前まで繰り返し読んでは「いいよなあ…」と思っていたエマのマンガ評が、検索エンジンでどんどん上位から消え去っていっている。それらを差し置いて自分のブログがランクされたりするんだから、どうなってんの!という怒りさえ覚える(この辺の「いい加減にしろGoogle!」という気分は別に書いた。この前後の記事)。
 自分の気に入った文章が他人にとっても良質と評価を受けるかどうかはわからないが、備忘。

【「エマ」マンガ評】
 いずれも早くから「エマ」に注目し、そのマンガ表現のすばらしさを指摘している。

ひとりで勝手にマンガ夜話
 森薫「エマ」第2巻 孤独の描写
 揺れない列車 森薫「エマ」第3巻第15話「風」より

クロノス・クラウン>本のお話
 珠玉のメイドさんマンガ「エマ」1巻(森薫)
 珠玉のメイドさんマンガ「エマ」2巻 メイドさん作品集「シャーリー」(森薫)
 珠玉のメイドさんマンガ「エマ」3巻 竹本泉も登場「エマ ヴィクトリアンガイド」(森薫)
 珠玉のメイドさんマンガ「エマ」4巻(森薫)

【正統派メイド研究サイト】

震空間
 「メイドさん社会史学ゼミ」は目を開かれる思いです。こちらのサイトは「エマ」「ヴィクトリアンガイド」についても触れつつ、歴史研究として勉強になります。

 ところで、本ブログで「エマはメイドものか?」という記事を書いたが、関連して三つほど。
 森薫氏本人のインタビュー記事。「いや萌え作品以外の何でもないだろう」、「もちろん作者本人に萌えはあるだろうけど作品はね」というところか。

NO COMIC NO LIFE:第18回:森薫先生インタビュー

やさぐれ日記暫定版:『エマ』は萌え作品である。

紙屋研究所〈エマ〉とはだれなのか

 最後に、エマ関係ニュースまとめサイト。

黒い天使のブログ:「森薫・エマ・シャーリー」関連記事まとめ

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2005.03.10

葛湯と「機動警察パトレイバー」マンガ版

 先日の中途半端な記事のアップで荷を下ろした気分になり、また少しでも何か出してしまうことは気持ちがいいもんだなあと感じてしまっています。ブログ中毒なのかも。
 近況報告ついでの記事です。

 @niftyに「マイニフティ」というサービスがあって、MyYahoo!を名前からしてパクったんだろうと思わせるような内容。要はポータルってんですか。
 ただ、RSSリーダが付いているのは新しい。技術に詳しくない自分でも便利。これを使って巡回ブログの更新状況を見ています。
 なんか、このところみなさん年度末で忙しいのか、更新が滞りがちですね。それと、がんばって更新されている中にあるのが、体調悪いことをそのまんま実況しておられるところ。やめて休んでくださいよ〜。

 自分自身、先の2週間は胃腸にキテました。
 で、スーパーで見かけた葛湯を愛用しています。生姜湯も売ってんですね。
 そのうちになぜか家族や実家から葛湯が集まってきて…そんな高級なのは要らないの!

 ちょっと前にこんな話を読んだことが。よくあることらしい。
 恋人付きの女性が倒れて、彼氏が助けに来てくれたものの、彼氏おかゆもまともに作れなくて、返って疲れた…「おかゆなんてレトルトがコンビニで売ってるでしょー!それで充分よっ!!」この痛切な叫びには賛同者が多かったようです。
 葛湯にせよ生姜湯にせよ、そういう時代なのかもねえ、と思ってスーパーで手に取りました。

 葛湯とさゆをお腹に入れながら、横になっていてもロクにモノが考えられない。
 最近手に入れた、ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』小学館文庫・全11巻を堪能していました。それくらいしかできなかったんですけどね、意外な拾いモノでした。

 腰を据えてまとめて読んだのはもしかすると初めてかも、ってくらい意外や意外、けっこう伏線張りまくり、心理描写がしっかりしているので、お腹のことを忘れられてよかった。これは腰据えてまとめて読まないとおもしろさがわかんないです。
 もしこれ読んでる方で「マンガ版パトレイバー」を「ロボットもの」と思ってたら大間違いですよ。エンターテイメント作品であることは間違いないですが、当時としてはかなり先んじた現代に通ずる社会問題の描写はあるし、社会批判的な視線がときおり感じられます。全然古びた感じがしない、これは一般もののマンガです。だってここに出てくるロボットって、基本的に土木作業機械なんですもん。むしろ、「道具」に対するものの感じ方とか、このブログで「機械」について考えていることとしっかりつながってきています。
 元がメディアミックス・プロジェクトのマンガなので、背景設定がしっかりしているのですが、それにしてもそれを前提に(つまり足枷にもなりうるわけで)、ゆうきまさみはひとりでオリジナル・マンガ化したんだから改めて賛嘆。『究極超人あ〜る』の頃はフツーの読者にはワケわかんないだろ!というネタや描写が多かった気がしたんですけれど、ゆうき氏はこの作品を完結させたことでずいぶんとしっかりした書き手になったのではないかと推測します。
 「パトレイバー」はビデオ版・テレビ版は結局見てなくて、むしろマンガ版、ゆうき氏の個性に惹かれていたのかもしれません(「あ〜る」もってなくても『ヤマトタケルの冒険』単行本もってるくらいだからなあ)。

 押井守氏が監督された映画の第一作、第二作は割と気に入っています。「PATLABOR 2 the movie」公開当時は学生で、「海外派兵を論じている現在、アニメ以外で自衛隊の問題を若者に対して発信している媒体があるかよ」とその頃からほかのメディアをバカにしていました。
 逆に「WXIII」と題されるパトレイバー映画第三作はまた違う問題を提起しているようなので、未見のいま、楽しみにしています。

 しかし、日本映画にせよ文学にせよ、もうちょっとなんとかなんないのかねえ。社会に対して論ずること、あるだろうによ…。今年は福井晴敏氏原作の映画が花盛りですが、あれもかなり自覚的なガンダム世代だもんねぇ。
 オタクの視線にも負けるような日本のオトナの表現の世界ってのは、ちょっとイヤになるな。要するにその内向きの感性って、シラケ世代、別の意味でのオタク状態なんだからさ。いわゆるオタクの空想、妄想の世界から、オトナの現実に目を転じた途端、オープンな場、刺をもった議論がない。これってちょっと逆にキモチワルイですよ。実はもうひとつのオタク状態ってことじゃないですか。
 「日本総オタク化」ってのは冗談じゃないのかもなあ。ちょっと前まではナウシカに違和感を感じていた世代があったはずなのに、だんだん時間が経つにつれそれが世代としても「普通」になっていく。
 オタクの世界は所詮アンダーグラウンドなもんだと思うんです。だから、いいんだし。宮崎駿が好きだってのはいいけれど、途中から「ジブリ作品は日本映画の代表作です!」とか言ってもち上げる気がしれん。ナウシカなんか「ロリコン」「萌え〜」の走りだしね。告白しておきますと、自分がジブリ作品で好きなのは『紅の豚』ですから。正面から「ラピュタ」がいいっていう人とは合わないと思う。

 あーしかしこの記事、ほんとにただのつぶやき・日記と化しておるな。ゆうき氏と「パトレイバー」に申し訳ない。

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2005.03.17

人型ロボット・パトレイバー異論

 パトレイバー絡みのネット上のテキストで、覚え書き。
 前の記事に先日付いたkaw氏からのコメントへのレスにも書いたけど、そのページを探し出してきたので、リンクしときます。

オカノ通信オカノ通信バックナンバー2002年4-6月
ゆうきまさみのにげちゃだめかな?ゆうきまさみのスケッチブック:パトレイバーの夜(2001.11.11)

 「オカノ通信」のページからも、下にスクロールすると「オカ通セレクション」の中に「パトレイバー」関係のショートカットが出てきます。
 ゆうき氏のページ内へのリンクはオカノ通信の該当記事内からもリンク貼ってありますが、一応。

 要するに火種は、押井守氏がパトレイバーに参加しながら批判を内在させていたんだけど、ようく考えてみると、少なくとも押井氏が「人型ロボットなんて…!」と言う権利はどこにもないんだよね、というところ。
 ただ、言われてるメンバーは大人だから、押井氏がごちゃごちゃ言っていても、ゆうき氏などはうまくかわして、まあプロジェクト「ヘッドギア」はみんな違う方向向いていたし…ベクトルは違っていても人型ロボットでやりたい向きは多かったしねえ。僕は鉄人28号なんだけどさ?という風に。

 オシイストの方々とパトレイバーファンとの間にやりとりがどうもあったらしいんだけど、もうずいぶん前の記事だから自分はよく知りません。

 以下の感想は、とってつけたようで申し訳ないんだけど。
 自分はこの岡野勇さんのコミック版についての評、好きです。Web上でコミック版についての評価、ほかにあまり知らないんですけどね。ゆうきまさみ・マンガ版『機動警察パトレイバー』って、もっと評価あっていい作品だと思います。
 アニメはね。押井監督映画版を1と2しか観てないし、両方好きで。どちらかというと1の方が、都市・東京に込めた情念がHOSとストーリーに感じられて、とても好きなんだけど。
 でもね、あの押井版を見ていても、イングラムがほとんど活躍の機会がないのに、動くの見たら「ロボットアニメだ…オマージュたっぷりのパトレイバーをアニメにしたら、ホントに"ロボットアニメ"にしか見えない…」とは思いましたよ。もちろん、それがいいって人もいる(ていうかその方が多い)と思いますが、自分はオマージュだからこそマンガで読む意味が大きいと思うんですよね。
 うん、だからこそ。マンガ版の、紙の上なのに感じられる空気感とか、人間関係の微妙な描写が、「オマージュにとどまらない新鮮さ」として評価されていいと思うんですよ。

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2005.04.24

『トップをねらえ!』で人生を考えてしまった…

 VTR->DVDの変換の練習台に、『トップをねらえ!』というオリジナルビデオアニメを録画したテープを使った。全6話、180分テープに標準で入っている。この録画状況がなぜかまた、1〜4話はレンタルからダビングして、5話と6話は深夜にテレビ放映したときのものが入っていて、実験するにはちょうどよい。DVD-Rはメディア単価が安いので、納得するまで、繰り返し繰り返し練習した。
 ただ、ここで書きたいのは、『トップをねらえ!』を見て考えたこと。繰り返し練習して出来を確認するたびについ、見入ってしまったのである…。
 トシかなあ、と。

 『トップをねらえ!』について少し説明を。
 のちに『不思議の海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』で有名になるガイナックスの、オマージュたっぷりのSF作品である。原案・脚本に岡田斗司夫、監督・脚本に庵野秀明。元の構成が「エースをねらえ!」のパロディの体裁をとっていて、これから本筋に入るのか?という1〜4話で当初の企画は終わっていたが、人気が出たために追加で5、6話が作られるという経過を辿ったらしい。
 「エースをねらえ!」がベースだから、人間関係の基本は、自分では才能があるんだかわからない主人公と、「努力と根性」のコーチ、パートナーとなるはずの「オネエサマ」、ライバル、淡い恋愛対象という登場人物たち。1〜4話のストーリーの骨組みは、ほとんどパロディ元を追っている。しかし、ここで採り上げたいのは、5、6話で花開いた『トップをねらえ!』オリジナルのSF要素に思うことである。
 「トップ」世界のSF(?)部分は、宇宙に進出しようとする人類を襲ってくる宇宙怪獣に対抗するために、マシーン兵器というロボットを扱う「トップ」部隊を編成。最終2話は宇宙怪獣群に対する反攻を描いている。

 「トップ」世界の宇宙は、実はオリジナルなSF設定がしっかりと練り込まれていて、ストーリーにも絡んでくるのが、超高速空間移動と時間の関係だ。2話で描いたそれが、5話と6話では本筋に出てくる。
   第5話 お願い!!愛に時間を!
   第6話 果てしなき、流れのはてに…
 主人公タカヤノリコは、最初に入った沖縄女子宇宙高等学校入学後4ヶ月で宇宙に旅立ち、2話の作戦で地球に戻ってきたときには地球時間で半年が経過。次の航海から戻ってきたときには地球では10年が過ぎている。5話冒頭、主観的な時間では17歳で卒業するが、「戸籍上では27歳」(劇中の台詞から)。その後6話冒頭では、更に主観的時間で半年経過していても、地球時間では15年が経過している。

 5話より。

 「クラスメイトは、もう、誰もいない。キミコもいない。宇宙は思い出さえ、吸い取ってしまうのね」

 沖女の卒業式帰りに親友のキミコと再会したときには、彼女には3歳の子どもがいた。

 「宇宙にいる間にこんなに時間が過ぎて。あたし一人、取り残されていく。パパ?パパも、宇宙から帰る度にこんな思いをしてたの?こんな、寂しい思いを…」

 6話より。

 地球の親友からの手紙。

 「ノリコ、お元気?あなたとの高校時代、今でもなつかしく思い出します。…あの頃は、3つだった娘のタカミも、今度18になります。私が生きているうちに会えるのは無理かもしれないけど、せめてあの子が生きているうちにはお帰りください。待っています。どうか、お身体だけは大切に。ではお元気で。タカヤノリコさまへ。あなたの親友アカイキミコより。追伸。娘の写真を同封します。」

 この「タカミちゃん」の写真がかつての親友キミコによく似ていて、主人公は涙する…。
 主人公は「タカミちゃん」と同い年のまま、親友は40を過ぎているのだ。

 クライマックス直前。いまでは戦友となったライバルと。

 「でも、でも、こんなところにいたら何十年、何百年先か、いつ帰れるかわからないのよ!もう、"同じとき"は過ごせないのよ!」
 「…知ってるわ。」
 「だったら!」
 「でも、みんなは"同じとき"を過ごせるわ。タカミちゃんには、こんな思いをさせたくないの。これで最後にしたいのよ。」

 こうして、ドラマは盛り上がって終劇に向かっていく。音楽が素晴らしい。

 でまあ、言いたいことというのは、その。
 本作品では時間というSF的距離を使っているものの、この「同じときを過ごす」というのが、5話と6話を通じての重要なテーマになっている。
 "ここ"にグッと来てしまったんですね。

 現実でも、この4月、『グイン・サーガ』が遂に100巻を迎えましたが、結局完結できず。著者栗本薫もあとがきで書いているし、同時に刊行された『グイン・サーガ・ハンドブック3』での各界からのことばでも、「当初の読者が生きているうちに完結させてほしい!」という声があることが紹介されている。

 先週、自分も親友の結婚式があって、久しぶりに学生時代のバカ仲間が集まりました。
 実家・新潟から離れて育児をしているだけに、親や親戚が遠いこと。
 結婚したときにも思ったのだけれど、大切な人と「一緒に同じときを過ごす」って気持ちの上でも、実際にも、大事ですよね。

 『トップをねらえ!』は5、6話だけでも観ていただけないかなあ。
 勧めるにはやっぱり敷居が高いかしらん。どう思います?『トップをねらえ!』ご存知の方。

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2005.05.04

「根性試しに作ってる。」余談

※前回の記事の続き、余談です。

 しかし、なんでも作るよ。はココログナビなんかでは最初採り上げてなかったと思うんですよね。自分はガンダム系ニュースサイトと、週刊SPA!辺りで知りましたですよ。要は、アングラです。
 「根性試しに作ってる。」と題された1/1スコープドッグの制作過程と、それだけでなく、この鍛造芸術家さんがほかにもやっておられること。それには当初から敬意を表したいと思って、なんだか嬉しくてときどき覗いていました。実際に完成できなくっても見ていて何か熱くなるものがありましたから。
 自分は別に『装甲騎兵ボトムズ』のファンじゃないんです。熱烈なファンがいることは知っているし、ストーリーはざっとくらいしか知りませんが、あんまり中身のあるアニメじゃないというのが自分の評価です。あれは雰囲気に酔うアニメだろ、と。

 だいたい、サンライズの著作権許諾も話題になっちゃったからあとから了承を得たもので。
 それでも自分は、アニメやヲタク文化自体、「アンダーグラウンドな文化なればこそ、そこから醸成されて生まれてくるものもまたイイのだ。アングラはアングラとして」という考え方をもっています。模倣からオリジナリティが徐々に出てくる過程がいい。
 でも、最近「なんでもつくるよ。」にガンガン入っているトラックバックやコメントに2ch風の「祭り」の臭いを感じてイヤーなものを感じます。『装甲騎兵ボトムズ』ってよかったよなー、という同年代の後ろ向きの肯きあいしか、そこにはないでしょう。所詮ボトムズヲタクが1/1AT見たい!って言ってるのって、この鍛造芸術家さんの志とはベクトルが違うんじゃないか。この1/1が原型にしたプラモデルを、大きくして塗装してやったって、彼らは満足するような気がする。
 それに、これよりずっと前に完成している、『機動戦士Ζガンダム』の巨大模型がこんなふうに話題になるかというとねえ…。昔読んでいたSPA!は記事にしていたとは思うけれども。

 だから、あのブログを本にしようっていう@niftyの魂胆ってのも…なんだかねじれたものを感じてしまうんですよね。
 鍛造芸術家さんのプレゼンもうまいとは思いますが、それは彼が元々もっている志があって。その志とこの本の購読者の志向とは隔たりがある。
 ヲタク文化をどう捉えているのかわかりませんが、顧客はサンライズの商売に乗せられてるだけだよな、と。たまたまボトムズDVD-BOXが出るんで、宣伝に使っている。鍛造芸術家さんもわかって使われている。購読者は単にボトムズが好きで買う。

 だけどね、ココログブックスになっていいブログってほかにもっとあったんじゃないんですか?そんな送り手と受け手がズレまくっている、合致していても所詮ヲタク文化(商売!)を主題にしたものじゃなくてね。
 そういうところが、節操のなさを感じますね。

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