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June 2009

2009.06.15

目次:押井守『凡人として生きるということ』

『凡人として生きるということ』
押井守
幻冬舎新書, 2008.7

目次

はじめに

第一章 オヤジ論―オヤジになることは愉しい
若さに価値などない
無意味に消費する若者たち
若者ぶるオヤジの愚かさ
青春は本当に輝いていたか
世間にはびこるデマゴギー
「ウソをついてはいけない」というウソ
若いうちの失敗は許されない
自由自在なオヤジたちの生き方
崩れたオヤジ認定制度
オヤジを目指して生き抜け

第二章 自由論―不自由は愉しい
他人の人生を抱え込むことは不自由か
一人で生きることは本当に自由か
幅のある生き方こそが本当の自由
社会と関わることの愉しさ
社会を動かす自在感を持とう
夫を通じて社会とつながる主婦たち
オヤジと分身の術
動機を持たない人間は自由ではない
「人間は自由であるべき」という欺瞞
すり寄る子犬を抱きかかえよ
他者を選び取り、受け入れることが人生

第三章 勝敗論―「勝負」は諦めたときに負けが決まる
失敗をなくすことはできない
僕が失敗から学んだこと
勝負を続ければ、負けないシステムが身につく
美学をもって勝負にあたれ
傷つく前にやるべきこと
仕事と恋愛の違い
好きな人に告白しない若者たち失敗も挫折もない人生は面白くない

第四章 セックスと文明論―性欲が強い人は子育てがうまい
文明化は負の側面も持っている
セックスは本能的行為ではない
ロリコンは人類によって「発明」された
文明化は親を虐待へと誘惑する
南国で乳幼児を連れまわす親たち
犬や猫を飼ってから子供を産め
無数に多様化した性欲
欲望と向き合う映画監督の仕事

第五章 コミュニケーション論―引きこもってもいいじゃないか
コミュニケーション不全とは何か
僕は引きこもりだった
テーマがあれば他人とも話せる
引きこもりの定義とは何か
引きこもりを許す豊かな社会
ネットよりも面白い現実世界の仕事
正体を明かしてこそ手に入る社会性
仕事を通して初めて得た、話すべきテーマ
友達なんか、いらない
虚構の世界の美しい友情
何のために仲間を作るのか
すべては映画を作るために

第六章 オタク論―秋葉原が経済を動かす
四十歳の童貞は大魔導師になる
アニメ世界に遊ぶ、という現実的な生き方
アキバというシステム
アキバの経済効果
変遷する「世間並み」の定義
「オタク」という新しい生き方
僕もあなたも天才ではない
映画監督に天才はいない
天才でない人間はどう生きるのか
大魔導師を目指すということ

第七章 格差論―いい加減に生きよう
盛り上がるばかりの格差論争
人間の多様性を否定した集団
民主主義という危険なシステム
社会は95%の凡人に支えられる
格差論の根底にある嫉妬
学生運動を通じて得た真理

あとがき 今こそ言葉が大切な時

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