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August 2008

2008.08.01

目次:松谷みよ子『とまり木をください』

『とまり木をください』
松谷みよ子
筑摩書房, 1987.6
絵・司修

目次

とまり木をください
仮面
黒人のうた
地獄
わらい

カエル
檻のなかのくまのように
こころも ことばも
おねがい

いま 生きていて
生きる

あとがき

pp.54-56より。
「だれでもきっと、心の奥に沼を持っているだろうと思います。澄んだ、清冽な水を湛えた沼でありたいとは思いますが、私の沼はそんな美しいものではなくて、のぞきこむだけで病んでしまうような沼でした。沼のふちに咲く花について、たった五枚ほどの随筆を書こうとしたことがあります。それが書けません。からだが拒絶してしまうのです。病むのです。忘れていた沼を見てしまったからでした。
 …(中略)…たくさんの人が、さまざまのかたちで、いじめを分析し、理論化し、あるいは作品のなかで解決しています。私にはそんな力は、まったくありません。私にできることは、いっしょに泣くことしかなかったのかもしれません。そして、見たところひどくのんきそうな私にも、かつてこのような思いがあったことを伝えたくなった…のです。そこを通りこしてほしいと伝えたくなったのです。
 もう一つ、人間の悲しさは、だれでもが加害者になり得るということ。
 自分の心の、やむにやまれぬなにかで、加害者になることもあります。教育の名のもとに、人間が人間の息の根をとめることもあります。存在そのものが、すでに加害者であることもあります。そそのかされて、あるいは、見て見ぬふりをすること。―。それも加害者でありましょう。
 はっきりしているのは、加害者は、決してそのあたりに気がつかないこと。いや、気がつこうとしないこと。ついたとしても、痛みの深さがまったくちがうこと。
 もし、投げこまれた石によってのたうつカエルの一匹が、叫んだら、そのひとたちの心に、小さな穴がプツンとあきはしないだろうか。心の扉が、開いてはくれないだろうか。
 書いてしまった詩を、みつめながら、そんなことも思いました。
 …(後略)」

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2008.08.04

ふう。

 「松谷みよ子の暗い沼」とでも題して、「モモちゃんとアカネちゃんの本」の裏面をなすここの最近の読書を、簡単に年表にして考えてみようと思っていたのだが。
 なんかそういう頭じゃない。

 トメさんへのコメントも、なんとなく松谷みよ子の暗い裏面にひきつけて書いてみたかったが。
 厳しい。ごめん。

 それよりも、たまたま別のネタが入ってきた。
 不勉強なのがバレバレで恥ずかしい、ちゃんとフォローさせて~というネタ。

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2008.08.05

目次:「GHQによる禁止図書・検閲の事例と図書館の対応」

『図書館の自由に関する事例33選 (図書館と自由 第14集)』
日本図書館協会図書館の自由に関する調査委員会編
日本図書館協会, 1997.6, pp.186-192.

第4 図書館はすべての検閲に反対する。

30 GHQによる禁止図書・検閲の事例と図書館の対応

<事実の概要>
1 GHQによる図書館蔵書への指令
2 図書館への通達と情報の歪み
3 各図書館の対応
4 図書館における出版物没収の終結

<宣言との関連>

<解説>
1 図書館側の対応における問題点
2 図書館側の抵抗
(1)島根県の例
(2)鹿児島県の例

<参考文献>
・文部省編 終戦教育事務処理提要 第二~三集 文泉堂出版 一九八〇年
・奥泉栄三郎 戦時教化・宣伝刊行物の行方―もうひとつの占領軍接収資料 現代の図書館 一九巻二号 一九八一年
・神奈川県図書館協会図書館史編集委員会編 神奈川県図書館史 神奈川県立図書館 一九六六年
・千代田区編 千代田図書館八十年史 一九六八年
・田村盛一 山口図書館五十年略史 山口県立山口図書館 一九五三年
・松浦総三 増補決定版 占領下の言論弾圧 現代ジャーナリズム研究会 一九七四年
・藤原治 ある高校教師の戦後史 岩波書店 一九七四年
・酒井忠志ほか 図書館の自由に関する年表 一九四五~一九八三(日本図書館協会図書館年鑑編集委員会編 図書館年鑑 一九八四 日本図書館協会 一九八四年)
・椋鳩十(久保田彦穂) 常識では考えられぬことが 文化評論 一九七二年一月(椋鳩十の本 第二五巻 理論社 一九八三に再録)
・松本剛 掠奪した文化 戦争と図書 岩波書店 一九九三年
・藤原明彦 占領期における出版物没収と図書館 図書館研究シリーズ 第三二号 一九九五年三月 一~九三頁

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2008.08.06

目次:『図書館の自由に関する事例33選 (図書館と自由 第14集)』

『図書館の自由に関する事例33選 (図書館と自由 第14集)』
日本図書館協会図書館の自由に関する調査委員会編
日本図書館協会, 1997.6
33 Selections from the Cases on Intellectual Freedom in Japanese Libraries

目次

刊行にあたって
凡例

「宣言」の前文とその副文について

第1 図書館は資料収集の自由を有する。
1 『日本人の海外活動に関する歴史的調査』復刻刊行差し止め
2 『現代用語の基礎知識一九七八年版』(普及版)の提供
3 品川区立図書館に対する区議会議員からの蔵書リスト提出要求
4 ニセ一万円札事件犯人著作の「選定」再検討と閲覧制限
5 愛知県立高校図書館における選書への介入
6 寄贈・リクエストと収集の自由
7 藤沢市総合市民図書館における収集方針の公開

第2 図書館は資料提供の自由を有する。
8 山口県立図書館図書抜き取り放置事件
9 富山県立図書館の『図録』非公開
10 長野市立図書館『ちびくろサンボ』廃棄
11 国立国会図書館における利用制限依頼に対する検討体制
12 『長野史考』閲覧規制
13 『名古屋市史風俗編』の復刻
14 「差別用語」をめぐる辞書等の回収要求―平凡社刊『哲学事典』回収要求
15 冠婚葬祭図書の利用制限
16 『原爆と差別』と「差別用語」
17 『ピノキオ』回収要求と閲覧制限
18 『ちびくろサンボ』をめぐって
19 三億円事件報道をめぐる新聞縮刷版利用規制要求
20 「わいせつ」出版物と提供の自由
21 『目黒区史』回収

第3 図書館は利用者の秘密を守る。
22 練馬テレビ事件・『凶水系』をめぐって
23 警視庁の係官による都立中央図書館の複写申込書閲覧
24 グリコ森永事件・深川幼児誘拐事件に関連する国立国会図書館の利用記録に対する警察の捜査
25 岐阜少女誘拐事件と読書の秘密
26 神奈川県個人情報保護条例と学校図書館の利用情報
27 「東村山市立図書館設置条例」のプライバシー保護条項
28 小金井市議会における図書館の集会室利用の資料請求
29 コンピュータ導入に伴う利用者情報の保護

第4 図書館はすべての検閲に反対する。
30 GHQによる禁止図書・検閲の事例と図書館の対応
31 東京都青少年条例に基づく有害指定図書の国立国会図書館への移管
32 世田谷区議会における読書会「偏向」発言
33 広島県立図書館蔵書破棄事件

歴史的概観
 図書館の自由の歴史と課題

年表
図書館の自由に関する宣言 一九七九年改訂
索引

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2008.08.11

目次:クラーク『渇きの海』

『渇きの海』
アーサー・C・クラーク 深町眞理子訳
ハヤカワ文庫SF, 2005.7
A FALL OF MOONDUST
by Arthur C. Clarke

目次

一九八七年版への序文(浅倉久志訳)
(本文)
月でのサバイバル、現実でのサバイバル 牧眞司(SF評論家)

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2008.08.21

音漏れしないヘッドホン

 通勤途上、ヘッドホンをしている人が目につくようになった。かくいう私めも、その仲間入りを果たした。昔の自分は想像もしなかったろう。

 家電売場にヘッドホンを買いに行く。
 「音漏れしないものを探してるんですけど」。
 しかし、案内されるのはせいぜい、骨伝導式だ。

 よくわからないのが、「外の音を完全にシャットアウト」を謳う商品。この方向は、もちろん「オーディオ機器としては正しい」のかもしれない。しかし、それってホントに正しいのか?
 別の言い方をするなら、そういう指向のヘッドホンばかりだとしたら、オカシイんじゃないのか。

 外の音が入っても、「中の音が漏れない」。これがヘッドホンの本質的な機能だと思っていた。
 他人が聴いている音楽の音漏れは、通勤時に限らず、狭い家屋に家族で暮らしていても不愉快なものだ。音楽の練習や音響機器からの音が、周囲に迷惑にならないこと。これがヘッドホンに求められる第一の機能…のはず。
 あれ。こうして考えてみると、「音漏れするヘッドホン」って、本来の機能からすると、「欠陥品」だろう。
 スピーカーが許される環境だったら、ヘッドホンしないもんねえ。
 えーと、もしかして。「音漏れしないヘッドホン」を探す自分の方が間違ってる?

 だいたい、外の音を完全に締め出したら、危なくないかなあ。
 家族や子どものいる生活をしていると、そこまで外界を放逐してしまうと心配なこともある。子どもがいるからこそ、完全に自分の世界に没入したくなることもあるけれどもね、反射的に「そういうわけにも、いかない」ってことが、わかっている。常に「誰かと一緒」なのが当たり前の世界。
 通勤の混雑の中、自分の世界がほしい。だからこそ、これはわかる欲だ。実際、自分でもハマっている。
 しかしだからと言って、大音量にしたり外界をシャットアウトするというのは、理解しがたい。
 まるでそこに誰もいないかのように振る舞う。ビョーキじゃないのか。
 治安のいい日本だからだけなんじゃないかなあ。海外経験のある方に教えてほしい。

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