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December 2007

2007.12.10

携帯電話を買い換えてみて

 携帯音楽プレーヤーもいいのだろうが、自分は携帯電話で音楽を聴いている。
 携帯電話の買い換えにあたっては、相当時間をかけた。調べたし、自分自身にそれなりの理由をつけた。
 悪くなったところは納得づくではあるものの、やはりどうしようもない。
 よくできたところは、こりゃすごい、と思っている。正直、びっくり。
 その辺のことを、たまに書いてみたいと思っている。

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2007.12.24

私論・場としての図書館(1)

※2007.3.11作成。割とまとまったこと書いていたので、公開。12.28修正。なんかいじっていたら後ろの方が消えちゃったな。残念。

 OPACが便利になってしばらくになる。
 オンラインで予約ができ、かつ更新ができるようになった。
 予約した資料が準備できると、メールでお知らせ。
 「更新は1回だけ」というルールは変わらないが、延滞していても更新はオンラインでできるようになった。初回の貸出期限から更新されたことになる。更新のために物理的な質量をもって図書館に出向く必要がなくなり、相当楽になった。

 そうこうしている間に、いつも使っている図書館(分館)が工事のためにしばらく休館になった。工事中に感じたことを書いている。
 休館中は、返却と貸出だけの臨時カウンター。貸出は上記ネット上の予約による。
 かつてイメージしていたとおり、臨時カウンターでも自分にとってはほとんど変わらなかった。これまでそういう利用をしてきたからだ。つまり、資料選択において、ブラウジングをアテにしていない。自分にとっては、開架分類が機能していなかった。

 レファレンスサービスを依頼しても、違いがあるような、変わらないような…。
 うーんと。ちょっと考えてみよう。

 工事以前にお願いしたことのある問い合わせは、というと。
 まず電話で受けていただいた。数日後に簡単な回答は留守番電話に入れてもらう。
 しかし、それで終わった試しがない。担当の方は調査過程で関連資料を他の分館から集めていて、それをもとに電話をされる。こちらから電話を入れると、「今度おいでになるときまで確保しておきましょう」と案内され、ご提示いただく。
 回答だけでなく、典拠となる資料を直接利用者に示して自ら解釈させるという態度は、確かに正しい。出向いてご担当くださった方がいらっしゃれば、話をし、ざっと目を通す。禁帯出の資料は複写。残りを借りて帰る。じっくり読むと、ふーむなるほど。
 この辺は、職員の方との対面、参考図書類との参照、多くの資料を直接目にできることの醍醐味だろう。

 自分にとって「場としての図書館」は、物理的な主題資料群と、調査してくださった職員の方に接するために「機能として必要な場」である。
 中途半端に 「場としての図書館」とか言われてもわけがわからない。

 臨時カウンターに電話をしたら…レファレンスは受けてもらえないかな。
 なんだか、なんとかなりそうな気もするんだが…いやいやいやいや!
 自分のこと、図書館員としての立場に立ち返って考えてみなさいよ!
 「資料にもとづかずして、調査できるわけがない」。

 よくよく考えてみると、「場じゃない図書館」ってあるのだろうか?

 図書館員のみなさん。利用者として、レファレンスサービスを活用していますか。

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2007.12.25

私論・場としての図書館(2)

※2007.3.11作成。割とまとまったこと書いていたので、公開。12.28修正。

 ブラウジング、「場としての図書館」が欠けた状態ですぐに、困ることがあった。
 子どもだ。
 子どもの本を選ぶに当たっては、どうしても児童室は必要だ。

 親として、本当に困っている。早く工事終わってくれよう。
 データベース、インターネットでいいだろ、というヤツは絵本というメディアのすごさをわかっていない。 

 以前、調査依頼したレファレンスの中には、図書館員と親が一生懸命調べて、うーんよくわからない…と思案していたその回答が、端的に紙芝居にまとまっているのを見つけたことがある。

 まとまった観点による提示、世界認知のためのツールとして、親になってみて改めて、絵本のすごさに感心している。自然や歴史、社会についてまとまった紙芝居のすごいことよ。フランケンシュタインの紙芝居、親子ともに楽しんだ。
 プレゼンテーションの技法を学んでいる諸君、「情報伝達」のためのツールとして、WebやPowerPointを「よいもの」(まさかベスト)と思ってやいやしないよな?
 発表の際自分は、A4の紙を全員に配る方がマシだと思うこともしばしば。配布内容と発表原稿とをまったく一致させてしまえば、受け手の側の無駄な労力、内容についての確認の質問やメモは不要になる。内容そのものについての実質的な意見交換、資料に加えて口頭で膨らませた説明について質疑が待っているだけだ。

 絵本や紙芝居も、データベース化されていれば、即取り出せるでしょ、という感覚もまた、わからない。資料を引っ張り出して、パラパラと眺めてみて初めてどんな資料かわかる。毎回観点が異なりうる、ソノ「今回の利用者」にとって必要な記述・表現があるかどうか、がわかる。経験の蓄積やパスファインダーは、その事前準備。
 OPACの書誌事項はそれ以上でもそれ以下でもないし(蔵書目録としての書誌事項)、だからこそ採録項目や選定基準の異なる様々な主題書誌が有効だったりする。

 図書館員なら当たり前のこと、と思うのだけれど。
 「当たり前でない」のだとしたら…、(前述の)紙芝居が即出てくるシステムって、どんなシステムなんだろうか。
 絵と文字とが一体となって構成されているところが、絵本や紙芝居の凄いところだ。画像検索だって実用的な検索システムは存在していない。
 文字列だけのフルテキスト検索など、索引の高度化したものでしかない、と自分は思う。機械によって自動化されていること自体は、モノ凄い・素晴らしいことだと思うけれど。

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2007.12.26

図書館システムは便利になったものの

※2007.3.11作成。割とまとまったこと書いていたので、公開。12.28修正、但し内容は当時書いたまま。

 円滑に借りられるように、予約をガンガン入れておくと、不思議な局面に出会った。
 ベストセラーと言われる本には、確かにオカシイと思うほど予約が入っている。これはまあ、しかたないか…と以前から思っていたのだけれど。

 自分で、Web2.0に関する本 、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』の山田真哉氏の本をリストアップして、予約を入れてみる。 
 梅田望夫『ウェブ進化論』、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』の予約は滅茶苦茶である。二桁は当たり前。いつになったら自分の番が回ってくるのだろう…。

 それに対して、佐々木俊尚氏の一連の著作は容易に「貸出準備ができました」。

 山田真哉『女子大生会計士の事件簿』は『さおだけ屋~』の元本と言われている。タイトルにみなさん腰が引けているのかしれないが、こちらも会計士の勉強のためにとかみ砕いて書かれたものだ。元々は大手予備校の連載、わかりやすくても会計の知識こそがミソ。山田氏も「角川が文芸で出す」と言われ「それじゃ売れない!」と自ら書店行脚されたとあとがきで書いていた(但し、自分は久織ちまき氏のイラストに以前から興味があったというミーハーではありましたが)。
 これが、『さおだけ屋~』に比べたら、出てくるのが早いこと。

 同等の知識が他の本で得られるということは今どき、少し調べればすぐにわかると思うのだが(私の場合はアマゾンの書評だった)。
 にもかかわらず、なぜ『ウェブ進化論』『さおだけ屋~』だけが突出するのか。「その本でなければならない」のか。

 結局のところ、系統的に群として本を読むという習慣が、一般的ではないから、ではないのか。
 さもなければ、ベストセラーの一点買いで知識を得たい、ということか。
 …でも、『ウェブ進化論』の内容って、佐々木俊尚氏の連作の方が先をフォローしていると思うけどなあ。

 誰がベストセラーの大量予約を作っているかって、アタリマエだけど利用者なんだよ。「これだけ待たされる、でも買うんじゃなくて借りたい」ってんだから…しょうがないよなー。

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2007.12.28

min2-flyさんへ(コメントにしては長くなったので)

かたつむりは電子図書館の夢をみるか:LibWorld記事追加-Intorduction & History

 「図書館員の愛弟子」の中の人です。110kAさん、ご推薦ありがとうございます。
 min2-flyさん、はじめまして。苦労の甲斐ある素晴らしい仕事、がんばってください(いつか研究のネタになるといいですね)。

 さて、前後の記事を丹念に読み切れておりませんが、急ぎ、以下に私の希望を述べます。

1.リストから外していただけますか。
2.仮に入れるとしても、 Secondarily about Libraryです。

 理由。

 2.>自分が勉強させてもらうために作ってみた、未だにβ版なんですよ。いつどっちの方に行くかわかんないし、全然図書館記事書いてないし。育児日記になるかもしれません。このブログのおかげでそういうお付き合いありますからね。

 1.>リンクや言及自体は記録として残してありますけど、全部削除してしまおうかと考えたこともあります。
 http://lomax.cocolog-nifty.com/apprentice/2007/01/index.html
 本当は記事ごとにキャンセル機能があるといいなーと思ってるんですよね。ブログのシステム自体にも(ココログには折に触れ言ってる)、検索エンジンのクローラーにも(こいつがわけがわからんのが一番困る)。SNSに行っちゃうのはつまんない。
 はてなとかに引っ越すのもめんどくさい上に、恥ずかしくても記録は記録としてできるだけ残しておきたい気持ちもあったり…。うじうじしてます。

 でも、技術的限界を前提としつつ未だに実際「ネット上に公開」してある以上「リンクが自由」なこともわかってますから、「送り手」の希望は希望としまして。
 「受け手の自由」もしくは「(図書館のような)仲介者の自由(裁量)」にお任せします。
 この辺は、サンプルを採るときの研究者倫理にも関わってくるような感じもいたします。

 以上、コメントはコメントとして、お伝えいたしました。
 ではでは。これも縁ですので、ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。

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2007.12.29

ある図書館員の回想

図書館員の愛弟子:min2-flyさんへ(コメントにしては長くなったので)

 min2-flyさま、迅速な対応ありがとうございました。
 早すぎて、いいのかな~と思いもします。
 でも、ありがとうございました。

 以下、MIZUKIさん言うところの「何だかだらだら書きの思い出話」。

 私が急いだのは、私の年末年始の家庭の事情もありますが、min2-flyさんの論文の〆切が心配だからです。勝手な心配。
 自分も忙しいし(公私ともに滅茶苦茶な一年だった―ほんと、休みに入ってやっと自分が取り戻せた気がします)、放っておいてもよかったのです。未だにリンクはフリーです、「未だに」とか言わずとも当たり前のことですから。こちらからbk1やあちこちにトラックバック打ってますし、古い記事にトラックバックいただくと嬉しかったりします。
 でも、いまmin2-flyさんの労作を放っておいて、年明け以降また無茶な日常に復帰してから「やっぱ煩わしいわ」とかmin2-flyさんに言い出したら (今回ドイツ人が読むだけじゃなくて、日本でカレントアウェアネスの記事になってるってのが痛い)。それこそ、そちらが「煩わしい」でしょう。
 「リンクは自由です!」と無視するくらいの度胸をおもちだったら、いいんですけど(笑)。

 「日本の図書館系ブログの概況・歴史」かあ。肩に力を入れたら大変なことになってしまいそう(今回はみなさんの協力もあって、充分ですね)。
 私が報告する立場なら、発信者の側の都合も考慮しつつも、なんらかの記述を入れておいた方がよいと判断したなら、そのブログについての記述を入れるでしょう。迷うだろうし、表現には慎重を期すと思いますけれど。
 私のブログに多少のインパクトがあるとすれば、船橋市西図書館判決の頃ですが、これはもう過去のものとなりつつあります(一番消してしまいたい記述が多いところでもあります)。だからって刊行されている評釈類に納得いっているわけでもないんですけどね、これはまた別の話。

 全然違う、だけどちょっとは繋がっている話を紹介します。
 どう繋がるかってえと、日本のブログと新潟県中越地震は関係あるってこと。
 自分がPCやネットから離れていたのにまた戻ってきてしまったのは、中越地震のせいですね。
 ウチが始めたのが2004.8.28。地震が2004.10.23。

 友人の修士論文の素材は、阪神大震災のときの、ニフティサーブのログでした。
 当時のニフティのフォーラムは、ツリー型の表示ができたので、トピックごとに分岐させていくことができました。管理人もいた。
 これを情報学的観点から、現実に起こっている課題-提案-解決(報告)という情報処理過程において「フォーラムの形式」が媒体としてどう機能したか、を分析したのです。
 自分も阪神大震災のとき、図書館の動きをリアルタイムで(バーチャルながら)読んでいました。
 まさかその後、自分の郷里が地震に遭うとは思ってもみなかった。
 ブログとWikiがきわめて効果を発揮した初めての局面だったと思います。リアルタイムで、今度は実家の家族を心配する当事者として、情報に飢えていました。図書館系に限定されることではありませんでしたが、図書館系ブログにも影響はあったと思います。新潟中越地震:sl-shockの学校図書館ボランティアとか。

 そのひとつ。
 ココログにカテゴリという主題を示す統制語がありますが(タグクラウド全盛の現時点で有効かは不明)、同じ語を使うユーザーの人数が一定程度揃うと公けになるんですね(スタートレックなんか共通の統制語を使うために調整したそうです)。
 中越地震の統制語を決まったことを報ずる記事が2004.11.27。
 図書館員の愛弟子:ユーザーカテゴリ「新潟県中越地震」
 参考:むいむい星人の寝言:新潟県中越地震カテゴリできました
 その後、このユーザーカテゴリを使ってココログの中で「図書館」を使いましょう、と知り合いに呼びかけたときの記事が2005.3.1。
 図書館員の愛弟子:ココフラッシュをサイドバーに
 参考:読書日記:情報センターの時代

 ココログ内だけの話ですが、ココログで「図書館」をカテゴリ指定できるようになったのは以上の経緯があります。
 hatenaでもまた、別にいろいろあるんじゃないでしょうか。

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2007.12.30

操作ミスだろうか

 12.24付「私論・場としての図書館(1)」の冒頭にも書いたのだが、12.28にいじっていたら、記事の最後の部分がブツッと消失してしまっていた。最後ら辺の段落は記憶に頼って書き直したものだ。

 帰省後の実家のPCで、いま自分のブログを見たら、12.29付「ある図書館員の回想」が!
一度アップして大丈夫と確認していたはずの記事、またもや後半がまるまる消失している。
 ユーザーカテゴリが「新潟県中越地震」となっていても、これでは何が何やらわからないではないか。消えてしまった内容は、ブログと新潟県中越地震、ユーザーカテゴリ「図書館」のことを書いた部分だった。
 自宅に戻ったら、元のエディタの原稿を探してみよう。細かい日付とか再現するのが面倒だ。

 システム上のトラブルでないといいのだが。

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