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2007.12.25

私論・場としての図書館(2)

※2007.3.11作成。割とまとまったこと書いていたので、公開。12.28修正。

 ブラウジング、「場としての図書館」が欠けた状態ですぐに、困ることがあった。
 子どもだ。
 子どもの本を選ぶに当たっては、どうしても児童室は必要だ。

 親として、本当に困っている。早く工事終わってくれよう。
 データベース、インターネットでいいだろ、というヤツは絵本というメディアのすごさをわかっていない。 

 以前、調査依頼したレファレンスの中には、図書館員と親が一生懸命調べて、うーんよくわからない…と思案していたその回答が、端的に紙芝居にまとまっているのを見つけたことがある。

 まとまった観点による提示、世界認知のためのツールとして、親になってみて改めて、絵本のすごさに感心している。自然や歴史、社会についてまとまった紙芝居のすごいことよ。フランケンシュタインの紙芝居、親子ともに楽しんだ。
 プレゼンテーションの技法を学んでいる諸君、「情報伝達」のためのツールとして、WebやPowerPointを「よいもの」(まさかベスト)と思ってやいやしないよな?
 発表の際自分は、A4の紙を全員に配る方がマシだと思うこともしばしば。配布内容と発表原稿とをまったく一致させてしまえば、受け手の側の無駄な労力、内容についての確認の質問やメモは不要になる。内容そのものについての実質的な意見交換、資料に加えて口頭で膨らませた説明について質疑が待っているだけだ。

 絵本や紙芝居も、データベース化されていれば、即取り出せるでしょ、という感覚もまた、わからない。資料を引っ張り出して、パラパラと眺めてみて初めてどんな資料かわかる。毎回観点が異なりうる、ソノ「今回の利用者」にとって必要な記述・表現があるかどうか、がわかる。経験の蓄積やパスファインダーは、その事前準備。
 OPACの書誌事項はそれ以上でもそれ以下でもないし(蔵書目録としての書誌事項)、だからこそ採録項目や選定基準の異なる様々な主題書誌が有効だったりする。

 図書館員なら当たり前のこと、と思うのだけれど。
 「当たり前でない」のだとしたら…、(前述の)紙芝居が即出てくるシステムって、どんなシステムなんだろうか。
 絵と文字とが一体となって構成されているところが、絵本や紙芝居の凄いところだ。画像検索だって実用的な検索システムは存在していない。
 文字列だけのフルテキスト検索など、索引の高度化したものでしかない、と自分は思う。機械によって自動化されていること自体は、モノ凄い・素晴らしいことだと思うけれど。

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