矢祭町立図書館の学問的評価に期待する(期待させて…)
G.C.W.さんこんばんは。
日中の疲れを吹っ飛ばすようなエントリー、ありがとうございました。
矢祭町立図書館の評価にしても、西木村の事例に対して、これだけの裏付けと考察があればそれなりに納得もできようものです。本当の確信は、矢祭の例も西木村の例も自分で調べてから、ですがそこはご了解ください。
「全国ありがとう文庫」を2006年3月の段階で採り上げていたとは。
自らここまで調べられなかったことを、率直に恥ずかしく思います。しかし、よく短時間に調べられましたねえ。
私の場合結果的には、「玄人の嘲笑」かどうかは知りませんが、
> 寄贈書が集まらないことに対してではなく,
> 予想以上の寄贈書が来たことと,その整理ができないこと,
> 寄贈書の中身がほとんど使えない本だったと伝えられたことへのものです.
確かにこれら報道があったことから、思考停止していました。
(以下は、勢いで書いてます。推敲不充分お詫びしておきます。)
ただ、Library of the Yearや、学問に時間を費やしているはずの研究者や学生さんが、矢祭町立図書館及びその先行事例と考えられる西木村の例に対して、G.C.W.さん以上に踏み込んで検討評価されているならばよいのですが、そこまで意を用いた報告を目にできていません。なぜなのかなあ、それこそ私の「アンテナ」が不充分なんでしょう。
総合展に行ってきたよ~という記事もおもしろい(でもそれって、育児日記や学生の生活日記と変わらないよね?それだけでも数が少ない)のだけど、それより、骨のある記事を読みたい。
見聞してきた件の事実や評価のポイントがどこで(紹介)、最低、その話題に関する資料を集め・まとめる(書誌作成・参考情報の採集)。論拠を並べて「自分がどう思ったか」(分析評価・結論)。
採り上げられているのとは違う事実や評価を探し出してきて、自分の頭で考える。何でも疑う、権威ある方に対しても不遜なぐらいでないとね、と思うんです。それも頭の中で考えたことだけ書き連ねるのではなくて、足や手を使って、調べて。
こういった記事はブログに期待するのではなく、卒論や修士・博士論文でやっていただくことで、学界の底上げに期待する―と考えるべきなんでしょうか。
私は、「うまくいかないでしょう」という発言を耳にしたとき、「そんなものかなあ。どうしてかなあ」と思いました。「うまくやるにはどうしたらいいんだろう」とは、相当に漠然と。
私は指定管理者制度等はよく理解できていませんので、軽々に述べられないのですが、少なくとも西木村の報告は当時、ボランティアの意識や実行力自体には素晴らしいものを感じました。これを生かせないのか、と。
そう、図書館は(仮に専門職の)司書の力「だけ」でもうまくいかない。当時の私でも、これくらいは念頭にありました。誰でもが考えることだと思いますが。
本と読書の問題って、別に図書館だけがやることじゃない。
それを踏まえて、図書館がどうして大事なのかを考えたい。
ボランティアでいい、予算がなくていいなんてことまでは、言ってはいないですよね。
G.C.W.さんがざっとおまとめになられたことも、インタビュー調査で掘り下げたり、推論・評価についてはきちんと検証し、最後はモデル化すると、ものすごくいい研究になると思うんだけどなあ。G.C.W.さん自身がやるかな?
そうそう。糸賀先生はきっと、「全国ありがとう文庫」も「たもかく」も押さえてるんでしょう…先生の思考を跡づけるような資料的裏付け。これを読んでみたいとは思っています。
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