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March 2007

2007.03.01

タグふれんずの投票箱、またもや期限切れ

 タグふれんずのアイテムの一つ、「投票箱」は期限付。確か30日だったかな。そう簡単に拾えないのだけれど、以前の設問と選択肢と投票がそのまま残る。
 今回(3回め)もそのまま設置していた。今日で最後なので、記録しておく。

Q.生活圏域に図書館はありますか?使ってるかは別にして

total 113 vote

ある 83 %
ない 12 %
考えたこともなかった 4 %

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2007.03.02

おぼろ月夜

※3/12公開。

 子どもとまるでこんな夜を過ごした。

 菜の花畑の向こうに夕日が沈んでいく
 見れば遠くの山の陰は霞んでいる
 春風そよふく空を見れば月が出ている
 菜の花の香りがふんわり匂ってくる

 だんだん日が長くなってきた。風も温かい。
 きれいな満月が、雲に隠されたり。「食べられちゃったねえ」なんて話しながら。
 香りだけはさすがになかったけれど、道のそばにはしっかり黄色い菜の花が咲いていた。

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2007.03.05

昨今お土産事情

 先日、親戚の家に行ってきた。帰るとき、駅で職場向けの土産を買う。駅は比較的大きいのだが…。
 かの地の名物は、個人的には好きだ。でも、職場向けとなると、そう簡単でもない。

 このところ頑張っている長岡と、ついつい比較してしまう。
 田舎の土産というと、配慮の届かないものをドンと売っていることが多いのだが、長岡駅のNEWDAYSには、割と手が伸びる商品ばかり並んでいるからだ。その条件は…。

 ・個包装されていること。
 ・日持ちがすること。
 ・小さいこと。→一人分を切り分けなくていい。
 ・10個超でも高額にならないこと。
 ・運ぶのに軽いこと。→自宅から職場まで、満員電車を乗り切る必要がある。

 職場の土産というと、軽い感じのものがいい。手頃な値段で。
 選ぶときも「エート、ここに来たらコレを買って行かなくちゃならないんだっけ」と定番のものを探すのも気疲れする。かといって、「なんでこれがココの土産になるんだろ…」というような、チョコやクッキー、仙台の「萩の月」モドキのケーキというのも芸がない。ご当地カールもいいんだけど、それはその地域の土産を買ってきたんじゃなくて、「変わったカールを買ってきた」んだよね。
 その地域のものを少しひねった程度の、軽いお菓子がいいと思う。
 そしてそれが、いくつも選べて、急いで帰ろうとしている改札前で買えるとなると、ありがたい。
 仕事で来ているときなどは特にそうだ。

 そんなビジネス向けのニーズに対応してきているんじゃないか―という感じが長岡のお菓子に感じられるのだ。
 それまで、長岡の菓子というと、大昔からある「米百俵」という粉菓子(小さいが食べにくい!)、大手饅頭(…所詮饅頭なんだよね…)、等々。日本三大和菓子の一つも長岡らしい(Wikipediaに出ているそうだが自分は食べたこともない)。個包装なら洋菓子もあるが、甘くてズシンと来る。
 手軽なパックの煎餅がヒットしてから、変わってきたようだ。今ひとつだった米や酒を使った菓子も、洗練されてきた。そこに安田ヨーグルトで有名な乳製品を使ったチョコレート。笹団子も小さいものがある。柿の種は以前からチョコレートコーティングされたものがあるし。市内の洋菓子店も、高級路線から、安価で軽い商品をリリースしてきている。今や、百花繚乱。

 それに比べると、冒頭のかの地の土産探しは難航した。
 新しく小さな黒糖饅頭を見つけたときはおお!と思ったが、二日しかもたないと聞いてがっくり。名物の餅を小さくした商品はもちろん日持ちがしないのが前提だし。駄菓子の類は堅いし歯にくっつく。
 荷物や子どもを連れたまま広い土産物フロアをうろうろしなくてはならなかった。
 …あのなあ。古都、大都といって胡座をかいているとひどい目に遭うぞ。

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2007.03.09

目次:蔵研也『リバタリアン宣言』

※3/13公開。

リバタリアン宣言
蔵研也
朝日新書, 2007.2

目次

まえがき

1.日本の政治の現状とリバタリアニズム

 小泉構造改革の勝利とリバタリアン
 「小さな政府論」の背後にあるもの
 社民リベラル vs. リバタリアン
 事前規制から事後調停へ
 民主党の迷走
 クニガキチントの罠

2.リバタリアンな社会とは

 現代国家の役割
 古典的リベラリズムの変質
 リバタリアニズムとは
 ノラン・チャート
 福祉国家から夜警国家・最小国家へ逆戻り?
 ではなぜ夜警国家が必要なのか?
 世界的に再評価されつつあるリバタリアンな政策
 最小国家での医療制度
 民間で認定される医師資格
 公的年金制度の解体
 義務教育制度のもつ特殊性
 耐震偽装問題をどう考えるか

3.リバタリアンの倫理

 リバタリアンは身勝手な人たちなのか?
 慈善活動は自発的に
 日本人はお上頼みなのか?
 個人の人格的独立とアイン・ランドの客観主義
 格差社会の到来
 所得の不平等がそもそも問題なのか?
 所得の再分配は道徳的に許されるのか?
 国家という権力システムの寄生者たち
 医療行為という聖域
 薬害エイズ事件
 国家の権威をかさにきる
 BSEと農産物ナショナリズム
 欧米の進んだ医薬品が日本では使えないのはなぜか
 政治活動という大いなるムダ
 国家はかならず官僚の食い物になる

4.国家の起源とアナーキズム

 ダーウィン以前の社会哲学の曖昧な前提
 ではいったい利他性はどこからくるのか?
 民族主義と領域国家の意義
 知識社会と民族主義
 国産スタンダードの構築という悲劇
 ウィキペディアのように
 左翼的アナーキズム
 アナルコ・キャピタリズム
 デイヴィッド・ヒュームの指摘するアポリア
 国家がなければ戦争もない

5.社会契約説を再考する

 税を払わない永遠の旅行者
 日本の財政破綻で日本脱出
 人工授精と遺伝子操作
 ここからそこへ行く道はあるのか?

参考文献
あとがき

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2007.03.10

感想:蔵研也『リバタリアン宣言』

Kura200702※3/13公開。

 蔵研也『リバタリアン宣言』朝日新書, 2007.2.を読了。
 稲葉立岩本、長谷部杉田本、Web2.0本を読んで、連関がある。

 蔵研也氏はアマゾンのレビューを書いていて、長谷部本で知った。
 そのコメントから読める姿勢と、森村進氏以来のリバタリアニズムの新書ということで、この本を買った。

 何か書こうとも思ったが、ネットに既によいコメントが出ているので、自分が書くこともない。リンクを貼らせていただきます。 

 アマゾン「蔵研也さんのプロフィール
 著者ホームページ「蔵研也のanarcho-capitalism研究室
 『リバタリアン宣言』の元の原稿あり(私は未読)。書評リンクと寸評有。ブログ有。 

 評1評2評3評4評5評6

 アイン・ランドの訳者のページ 

 評1に必要な追加的情報は網羅されている。 
 評2は、蔵研也氏とのやりとりも。
 評3は、蔵研也本に批判的な立場から。
 端的には、評4、5に共感。

 自分は、第1章から引き込まれたが、アイン・ランドのところで一度意欲が薄れ積ん読に。別の楽しい本や勉強本をはさみ、体調がいいときに再びとりかかった。

 本書は、時代を具体的に「考えるための素材と参照先が詰め込まれている」という点で、おもしろかった。薬事行政のくだりはそりゃそうだなーと思ったし。

 個々の論理の運びに牽強付会との批判はあるかもしれないが、トンデモと片付けるには早計だと思う。本という形にしては、「2007年初頭に投げた例示」が多すぎる。本としては、生きては残らない可能性が大だ。それでも、あえて「いま、この日本で問いたい」「問うたことを残す」ということなのか。
 自分はほかの方の感想が読みたくなった。図書館で借りてでもいいし、著者のページに原文もある。ご一読くださればさいわい。するすると読める人もいれば、自分のように、途中でひっかかる/放り出す人は多いかもしれない。それぞれ、「なぜ自分の読後はそう感じるのか」を確認してもらえれば。

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