« August 2006 | Main | October 2006 »

September 2006

2006.09.04

目次:久恒啓一『図で考えれば文章がうまくなる』

図で考えれば文章がうまくなる 「図解文章法」のすすめ
久恒啓一
PHP研究所, 2005.9

目次

はじめに

第一章 「文章読本」は何を語ってきたか
 「文章読本」の名著たち
谷崎潤一郎『文章読本』
 文章に実用的と芸術的の区別はない
 わからせるように、長く記憶されるように
 言語の限界を補うために
清水幾太郎『論文の書き方』
 文章に必要なこと
 「あるがままに」書くことはやめようとはどういうことか
 文章は答えである
 わかりやすい文章
木下是雄『理科系の作文技術』
 文章や文書をどのように構成していけばよいか
 主題の選定
 事実と意見の区別
 わかりやすい文章はどのようにして書くか
 概観から細部へ
 パラグラフ
 序論・本論・結び
本田勝一『日本語の作文技術』
 どのように並べればわかりやすいのか
 修飾の順序
 読点の打ち方
野口悠紀雄『「超」文章法』
 メッセージの重要性
 内容的骨組み
 形式的骨組み
 筋肉増強と化粧
 「文章読本」は何を語ってきたか

第二章 「文章読本」に足りなかったもの
 文章の技術よりも先に学ぶべきこと
 梅棹忠夫『知的生産の技術』が説いたこと
 京大式カード
 カードを超える図解の利点
 図解は情報世界の地図
 図解は関係学。望遠鏡にも虫メガネにもなる魔法のレンズ
 情報同士の関係を考える
 マルと矢印の関係を確かめる
 図は懐が深い
 図と文章は組み合わせると何倍もの効果を生み出す

第三章 図解文章法
 図から文章を書いてみよう
 「図解」を「文章」にする方法
 図解は文章の設計図だ
 図解には、骨格や筋道が示されている
 スタート地点と最終目的地
 基軸がブレない
 矢印とは関係詞のことである
 肉づけの技術
 具体例や数字でリアリティを出す
 スラスラ書ける
 自分のスタイル
 文章の長さ
 文章化の過程で図解の甘さをチェック
 文図の往復運動
 強力な武器として使おう

第四章 実践:図解文章法
 「小論文」
 研究発表
 資料に語らせる
 卒業論文
 今後SEに求められる能力と図解の有用性
 社会人のさまざまな文章
  [事例1-12]

第五章 文章論・文章術と、文章法
 文章論・文章術、そして文章法
 文章の「中身」と文章の「書き方」の分離
 考えるということ―理解・疑問・批判
 「知的生産の技術」と「文章読本」の結婚
 グローバリズム時代の日本語表現
 簡・明・短・薄の文章術
 文章読本の出番
 平文のすすめ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.07

目次:有川浩『図書館戦争』

※読了自体は初夏だったような…。

図書館戦争
有川浩 イラスト:徒花スクモ
メディアワークス, 2005.2

目次

一、図書館は資料収集の自由を有する。
二、図書館は資料提供の自由を有する。
三、図書館は利用者の秘密を守る。
四、図書館はすべての不当な検閲に反対する。
図書館の自由が侵される時、我々は団結して、あくまで自由を守る。

…ほんとに「自由宣言」そのまんまだってのがうまいよなあ。今からして思えば。

追記 2006.9.28.

 芸がないので、巻末に掲げられた「参考文献」。タイトルと出版年のみ。

・『図書館の近代―私論・図書館はこうして大きくなった』1999年
・『図書館をつくる。』2000年
・『国立国会図書館のしごと―集める・のこす・創り出す』1997年
・『司書・司書教諭になるには』2002年
・『図書館の自由とは何か』1996年
・『図書館とメディアの本 ず・ぼん 9』2004年
・『図書館とメディアの本 ず・ぼん 10』2004年
・『図書館と自由 第16集 表現の自由と「図書館の自由」』2000年
・『図書館読本 別冊本の雑誌13』2000年
・『税金を使う図書館から税金を作る図書館へ』2002年
・『書店風雲録』2003年
・『報道の自由が危ない―衰退するジャーナリズム―』2004年
・『包囲されたメディア―表現・報道の自由と規制三法―』2002年
・『「言論の自由」vs.「●●●」』2004年
・『よくわかる出版流通のしくみ '05~'06版』2005年

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.08

目次:有川浩『図書館内乱』

図書館内乱
有川浩 イラスト:徒花スクモ
メディアワークス, 2006.9

目次

一、両親攪乱作戦
二、恋の障害
三、美女の微笑み
四、兄と弟
五、図書館の明日はどっちだ

追記 2006.9.28.

 巻末掲載「参考文献」。タイトルと刊行年のみ。

 一巻『図書館戦争』既出に加え
・『図書館に訊け!』2004年
・『図書館とメディアの本 ず・ぼん 11』2005年
・『図書館力をつけよう』2005年
・『中途失聴者と難聴者の世界 見かけは健常者、気づかれない障害者』2003年

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.09

覚書:『図書館戦争』『図書館内乱』

Toshokansensou 『図書館戦争』目次はこちら
『図書館内乱』目次はこちら

Yahoo!ブックス-インタビュー。著者近影あり。
・ファンサイト「有川浩、応援結晶」。寄稿の項に「「館報」第4285号~図書館戦争取材記」。
ライトノベルファンパーティー内「京都対談 長谷敏司×有川浩」2004.11.20.於京都SFフェスティバル。

・帯が凄いことになっている…「「本の雑誌」が選ぶ2006年上半期エンターテインメント第1位!」「…内乱」出る前に近所の本屋をまた久しぶりに見たら、「…戦争」もの凄い量の平積みだったし。
・「シリーズ化が決定しましたので数冊の間お付き合いいただければ」!!!(「…内乱」あとがきより)
・「…内乱」書中に登場した『レインツリーの国』という架空の本。実際に新潮社から出版の予定。9月下旬。(これまた「…内乱」あとがきより)

・「…戦争」に出てくる学校図書館から締め出されようとする本は『キノの旅』シリーズへのオマージュ。著者から快諾を得ての登場。
・徒花スクモ氏は「…戦争」から改名。旧称シイナスクモ。著者とメディアワークスのコンテスト受賞年が同期。カバーイラストだけかと思いきや、注目。「…戦争」の扉をよく見ると…。
・著者名のよみは「ありかわ・ひろ」。コウだと思っていた。女性。夫君と一緒に行く図書館で『図書館の自由に関する宣言』を発見、着想を温めたという。「戦隊もの」のイメージは著者ももっていたがどのキャラがどの色か?は現行では夫君のご意見が妥当とのこと。
・既刊『塩の街』『空の中』『海の底』は自衛隊が出てくるらしい。エビとかと闘う。要はそっちの描写がやりたいだけだろ、という評も。
・この本の分類=ライトノベル。電撃系。そのくせちゃんと分厚いハードカバー。以下、感想の項に続く。

※2006.9.16.参考リンク補記
書物蔵:いま・ここにある図書館戦争(『図書館戦争』の感想 2)
 次項の本ブログでの「感想」は感想として、↑は知識として凄いモノがあるので。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.10

感想:『図書館戦争』『図書館内乱』

Toshokannairan ※以下は、作品全体の評価はしていないので、念のため。

○読む前。二つの印象。

・ライトノベル。行政戦隊図書レンジャー(著者自身茶化して言う)
→図書館をネタにしたってだけか?『図書館戦隊ビブリオン』みたいな(あれはあれでよくできているし楽しめたが)。
・目次が図書館の自由宣言。
ほかのブログでの「今さら」「誤読はまずかろ」批判には同意。知人が「泣けた」ってのは…???

○読んでから。

・体調悪くて横になりながら読んだからかもしれない。図書館の現場には最近疲れを感じているし。「…戦争」なんか、宣言の第四で終わりと思いこんでいたため第五章は前日譚くらいかと思っていて(第四章迄でひと区切りついているし)、続くクライマックスは怒濤の展開に感じられた。
 要するに、ええ。泣きましたよ。目頭がじーん。本読んで泣きそうになるの本当に久しぶり。一気に読ませられた。
 胸が締め付けられた箇所が、「…戦争」で三箇所、「…内乱」で一箇所。心情描写のテンポがよいので、続くライトタッチな流れに引き戻されなければ、涙がこぼれていた。
 昔、新人に「君さ、図書館にどうして就職したの?」とよく聞いていた。最近は諸々あってそんなことも忘れていたが…憶い出した。
 なんというか、「自由宣言」云々「船橋以後」云々というより、かの描写が自分の内奥にある感情を引きずり出して来るというか。
 ちょっと断言しちゃうけど、この感情はさ。「自覚的な図書館員」になら普遍性があるんじゃないのかなあ。図書館員だけじゃなく「本を読む人一般」に、「通底してしまう」描写として成功しているんじゃないかしら。

・その感情は「図書館に無批判でいること」とはまったく違う相で―現実の図書館に批判的な視線をもつ人であっても(自分もそのつもり)、「本を読む」ということ自体の、些細かもしれないが確かな喜びの描写に、心動かす人は多いでしょう。図書館に批判的である人はそもそも、「読むこと」と「図書館」に関心や期待があるんだから。

・もちろん、「通底してしまう」という怖さ。それに気がついていることは大事であって、それをまた描いたのが「…内乱」。「少年事件実名調書週刊誌問題」やら、まだ結審から一年経過していない「船橋市西図書館蔵書廃棄事件」までとりこんでんだから舌を巻く。
 但し、「…内乱」がこの架空世界の背景となっている組織の話と、脇役たちに描写に重きを割いている分、「…戦争」の方がストレートで燃える。「…内乱」は起承転結でいう「承」の部分なんだろうな。そういや、魅力的な「悪役」も登場。

・「…戦争」は「図書隊は正義の味方じゃない」「でも…」というところで充分だし。「…内乱」はそこから進んで「清濁併せ呑む」まで言い切っている。「泥被る覚悟ないんだったら正義の味方なんて辞めちゃえば?」

・その、「(現実にもオーバーラップして)通底する危険性」「「…戦争」における自由宣言の理念を実現すべく実働部隊として描かれている図書隊」「「…内乱」における原則派と行政派」の描写を、エンターテインメントにして描ききってるところは超評価。侮れない。
 「…内乱」じゃ、架空世界のくせして「戦前」の図書館界が出てくるわ、「悪の」中央図書館制度構想は出てくるわ…。

かげうらきょうのブログ:有川浩『図書館戦争』
 よくできたエンタメとしてまずは読もうや、という発想はまったく賛成だし、せっかく整理してくれているところは拝借するにせよ。
 でも、理論面では焦るべきじゃないでしょうか、学界は。

・しかし、なんで売れてるんだろう…。

| | Comments (2) | TrackBack (2)

2006.09.11

目次:長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』

※これも読了は初夏だったかなあ…。

憲法と平和を問いなおす
長谷部恭男
ちくま新書, 2004.4

目次

まえがき

序章 憲法の基底にあるもの
立憲主義とは何だろうか/立憲主義をなぜ問題にするのか

第I部 なぜ民主主義か?

第1章 なぜ多数決なのか?
多数決をとる四つの理由/自己決定の最大化/功利主義/すべての人を公平に扱う/コンドルセの定理

第2章 なぜ民主主義なのか?
多数決と民主主義の異同/二つの見方/第一の見方をさらに二分する/アーレントの民主主義観/民主主義の自己目的化?/民主主義の失敗/民主主義の限界

第II部 なぜ立憲主義か?

第3章 比較不能な価値の共存
「自然権」は自然か?/「正義の状況」/宗教戦争と懐疑主義/ハムレットとドン・キホーテ/比較不能な価値観の対立/立憲主義への途/公と私の人為的区分―政治の領域の限定/民主的手続の過重負担/ジョン・ロックの抵抗権論

第4章 公私の区分と人権
「公」と「私」の人為的な境界線/信教の自由/自己決定/「愛国心」の教育

第5章 公共財としての憲法上の権利
社会の利益の実現を目指す権利/公共財/自由な表現の空間/マスメディアの表現の自由/マスメディアの部分規制/民主主義にとっての討議の意味/「多数者の英知」と「集団偏向」

第6章 近代国家の成立
社会契約というフィクション/平等な人一般の創出/天皇制という変則/天皇という象徴/外国人という変則/国籍の意味/分権の意味/国境の意味/人道的介入/「人道」という美名

第III部 平和主義は可能か?

第7章 ホッブズを読むルソー
ホッブズにとっての戦争と平和/自然状態/戦争と戦争状態/人民武装/国家間同盟/社会契約の解消/「市民ルソー」対「合理的計算人ルソー」

第8章 平和主義と立憲主義
1 なぜ、そしてどこまで国家に従うべきなのか
「権威」に関するラズのテーゼ/調整問題/囚人のディレンマ/ホッブズと国家の正当化/ゴーティエの問題提起/チキン・ゲーム/「戦争」=「地獄」理論/日本における受容/より強い者の権利
2 国家のために死ぬことの意味と無意味
集団安全保障/軍事力による防衛の実際的困難/合理的自己拘束/原理的困難
3 穏和な平和主義へ
穏和な平和主義/パルチザン戦の遂行/非暴力不服従/「善き生き方」としての絶対平和主義/「世界警察」、そして「帝国」/九条改正はほんとうに必要か?/平和的手段による紛争解決/修復的司法とその応用

終章 憲法は何を教えてくれないか

文献解題

あとがき

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.12

目次:長谷部恭男『憲法とは何か』

※9/9読了。

憲法とは何か
長谷部恭男
岩波新書, 2006.4

目次

はしがき

第1章 立憲主義の成立
1 ドン・キホーテとハムレット
2 立憲主義の成立
3 日本の伝統と公私の区分
4 本性への回帰願望?
5 憲法改正論議を考える
6 「国を守る責務」について

第2章 冷戦の終結とリベラル・デモクラシーの勝利
1 国家の構成原理としての憲法
2 ルソーの戦争状態論
3 三種の国民国家
4 シュミットと議会制民主主義
5 原爆の投下と核の均衡
6 立憲主義と冷戦後の世界
7 日本の現況と課題

第3章 立憲主義と民主主義
1 立憲主義とは何か
2 民主主義とは何か
3 民主主義になぜ憲法が必要か

第4章 新しい権力分立?
1  ブルース・アッカーマン教授の来訪
 1-1 モンテスキューの古典的な権力分立論
 1-2 「新しい権力分立」
2 首相公選論について
3 日本はどこまで「制約された議会内閣制」といえるか
4 二元的民主政―「新権力分立論」の背景

第5章 憲法典の変化と憲法の変化
1 「憲法改正は必要か」という質問
2 国民の意識と憲法改正
3 実務慣行としての憲法
4 憲法とそれ以外の法

第6章 憲法改正の手続
1 改憲の発議要件を緩和することの意味
 1-1 なぜ多数決なのか―その1
 1-2 なぜ多数決なのか―その2
2 憲法改正国民投票法について

終章 国境はなぜあるのか
1 国境はなぜあるのか―功利主義的回答
2 国境はなぜあるのか―「政治的なるもの」
3 国境はいかに引かれるべきか
4 境界線へのこだわり

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.13

目次:安井一徳『図書館は本をどう選ぶか』

※まだ読了してないんだけれど、刊行と入手が嬉しくて。
 当ブログ内の関連記事はこちらこちら

図書館は本をどう選ぶか 図書館の現場5
安井一徳
勁草書房, 2006.9

目次

はしがき

第一章 図書選択の正当性とは
1 本書の目的
2 本書の扱う範囲

第二章 アメリカの図書選択論
1 公共図書館における図書選択論の源流
2 フィクション論争と要求論の出現
3 図書選択論の体系化
4 要求論の退潮とシカゴ学派
5 図書館の目的
6 第二次大戦後の図書選択論

第三章 日本の図書選択論
1 一九七〇年以前の図書選択論
2 一九七〇年以後の図書選択論
3 価値の問題を完全に避けられるか

第四章 選書ツアー論争
1 選書ツアー論争の整理
2 選書ツアー論争の検討
3 選書ツアーはなぜ批判されたのか

第五章 図書選択を原理的に考える
1 潜在的要求とニーズ
2 要求論的言説の中の価値基準
3 何も押しつけないことは可能なのか

第六章 「価値論/要求論」を超えられるか


あとがき
索引

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.15

匿名・実名の整理記事と…

※2006.9.17.にアップ。

 次のサイトは自分はたまたま見つけただけなので、御存知の方は多いかもしれない。 それにしてもよく整理されていたので、備忘にリンクを貼らせていただく。
 自分も匿名性については考え込んだことがあったので。今も中途半端だし、悩んでますね。

 技術系サラリーマンの交差点:Categories:匿名・実名

 じゃだからと言って、自分が↑に書かれたことをきちんと読んで、以下一貫して責任ある記事を書くのかというと、そうじゃないのだけれど。
 自分も筆名という名の匿名だということはよーくわかっていて、実名側に力点を置いた分析からすると、一度ひっくり返して考えてみなくちゃならない。ただね、筆名であっても、一定の手がかりは読者に示した方がいいと思うんですよね。その筆名の背後に、実体のある一個の人格が存在している、くらいのことは。
 この前振りは、「それくらいのことは考えて」、次のコメントを発言しようということです。

 ケペル先生。実名を挙げて批判されるなら、簡単でもいいからプロフィールくらい書いたら如何でしょう?
 それともうひとつ。トラックバックを開いていないことに驚きました。あんなに論争的な文章をお書きになっておられるのに。

 図書館員としては私roeが到底敵わないことはほかの記事を少し読んだだけでもよーくわかります。批判するなら実名になれと言っておるのでもありません。
 ただね、読んでいてなんだか不快な文章なんですよ。それなりに立場を明らかにしない方が実名の方(=主張や立脚点は明確)を批判している文章を読んでいても、これは議論じゃないなって。筆名の方の立脚点がよくわからないのに、批判記事を読んでいてもねえ。危機感はそれなりに共有できるところもあるのに、ものすごくもったいない。

 ずいぶん昔に、超匿名掲示板を「便所の落書き」と評したニュースキャスターがいましたっけ。この意味での「匿名」とケペル先生という「筆名」の差は、あるはずです。その端的な手がかりを出せないはずはないでしょう。
 わかる人にはわかればいい、ってことですか?
 まあ私もあなたも、ブログを使って自己セラピーをやっているだけかもしれませんね。昨年でしたか、そんな新聞記事がありました。

 まあ、そういう読者もいるんだって感想くらいはお知らせしたく、コメント欄にこの記事へのリンクを書き込ませていただきました。
 私は「図書館員の愛弟子」のroeでございます。ブログの記事全部を読めとは申しません、きわめて簡単ですが、プロフィールをご覧ください。

 時間的余裕がない中、またブログからしばらく離れる前に書いておこうと思ったいくつかの記事のひとつです。コメントをいただいてもたぶん誠実な形ではお返しできないと思います。申しわけありません。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2006.09.16

西尾幹二先生、著作権法はご存知ですか (1)

※2006.9.17.公開。

 船橋市西図書館最高裁判決以来、「西尾幹二のインターネット日録」をときおり見せていただいている。
 口頭弁論で「GHQによる焚書」を格調高く述べておられたやに記憶するが、その折に当ブログでは、多くの本がそのリストに掲載されながらも焚書されずに各地の図書館で確認できることを記事にした。

 その後、西尾先生はその焚書を免れた古書の蒐集家と接点を持ち、その訪問についてお書きになっておられる。
 復刻ないし電子化を企図しておられるようだ(pdf化を口にしている)
 ようなのだが。

 以下は、西尾ブログの読者宛てに、書いておきたいと思っていたことである。

 図書館員としては、各地の図書館に残されている古書は、今になってこそ「焚書を免れた資料」という価値があるが、通常は「利用されなくなった資料」にしてはよくも廃棄されずに残っていたものだと感心する。
 改めて、現代の視点をもって照らし出し、世に出すためには、原本のままでは無理だ。紙は劣化するものであり、図書館であれば通常、マイクロ化したり、今では電子化して、媒体変換を行う。
 さもなければ、出版社が、復刻版を刊行する。
 ぜひ、歴史的な資料を世に出していただきたいのだが…。

 最近、自分は国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」について少々調べてみた。そのことを記す。
 本記事執筆時点で、国会図書館所蔵の明治期刊行図書の75%を直接この電子図書館で見ることができる。使いこなせれば相当に便利なシロモノである。そして現在は明治期に注力しているが、順次時代を下っていく計画のようなのだ。以上は近代デジタルライブラリーのパンフレット(pdf)に書いてあるので直接ご覧を。
 ところで、調べるにあたり、国会図書館発の刊行物の記事にあたってみた。「著作権処理が大変だった」という記事ばかり…。ツマラナイ。
 しかし最近の図書館学を学んでいる者にとってはまあ、当たり前のことだろう。「電子図書館」は当初テクノロジーだけで語られていて、図書館情報学にとっては夢であったり脅威であったりしたが、電子図書館の研究者たちはその研究成果を実用化するに当たって、社会制度、著作権をどう解決していくかについては考えていなかった。
 結果、電子図書館の実現に当たっては著作権制度が想像以上の壁となった―らしい。

 著作権制度からすれば簡単なことである。図書館関係者なら、これまた基本だ。
 著作権は、著作者の死後50年間存続する。50年を経過しない限り、第三者が自由に利用することはできない。利用には著作権者の許諾をとる必要がある。
 著作権者は著作者とは限らず、通例著作者の死後は財産として相続されて、遺族が権利の保持者となっていることが多い。
 ところが、この「著作権者を探して許諾を得ること」が相当に大変なのである。具体的に考えてみてほしい。著者の没年を調べ、50年が経過したかを確認する。没後50年未満であれば、遺族の連絡先をつきとめ、許諾を得ようとするのだが―当人が著作権者であることも自覚がないことは多い。
 これらの努力を当然の如くになした上で、それを前提にどうしようもない段階になって初めて解決する制度が文化庁長官の裁定制度である。しかし、通常人の感覚からすると(いや筆者だけかもしれないが)相当にバーが高い。ここまでのことを考えると。
 そう簡単に、電子化なんてできないのである。殊に、無名の著作者たちの場合は。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.17

西尾幹二先生、著作権法はご存知ですか (2)

 このような実定的なしくみを、西尾ブログの支援者たちは理解しているのだろうか?

 そして、著作権一般の存続期間を、著作権関係団体が、死後50年から70年に延長しようとしていることを、ご存知なのだろうか?
 自分の手近で言えば、例えばこちらの記事とか。
 著作権に詳しくない自分なぞは単純に、「近代デジタルライブラリーもこの先どうなるか…昭和前期なんていつになったら電子化されるのかねえ」と心配になる。

 船橋市西図書館事件最高裁判決は、図書館を構成する要素―著作者の利益が論拠となっていた。そのキーワードは「公けの場」。反射的に読者の利益が想定されている。
 裁判につきまとっていた当時から右も左もないと思っていたが、表現の「送り手」の権利と無数の表現の「受け手」の「公けの場」とは、「私」と「公共」の構図ではないのか。
 西尾先生とそのグループには、ぜひ「焚書の憂き目に遭った」資料群を、「公けの場」に出してほしい。
 殊に、西尾先生は、「著作者としての立場」から図書館を語ったのだ。彼の「公共」観が本物かどうか、正に問われることだろう。

 実際に着手されていること、そのことだけでも素晴らしい。図書館員の端くれとして思う。
 図書館は今、様々な意味で苦況に陥っている。図書館は図書館で闘っている。
 「共同の記憶」に携わる―その意味では同じ志のはずである。単なる「感傷」だけで終わらない、実現のための戦略を期待したい。

 最後に、先人の業績を現行の著作権法の枠組みの中で着実に形にしてきた青空文庫と、野口英司編著『インターネット図書館 青空文庫』はる書房, 2005.11.を紹介して、稿を閉じることとしよう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.19

目次:池上惇『情報社会の文化経済学』

情報社会の文化経済学
池上惇
丸善ライブラリー, 1996.9

目次

序章 文化と経済を考える視点

第一章 マルチメディア社会は人間復興の時代か?
 ―新しいルネッサンスの可能性―

I 情報化社会と新しいルネッサンス
II 文化経済学の開く世界へ
III 新しいルネッサンスの基本的な特徴
IV 文化経済学の考え方と文化政策の方向性

第二章 産業の進歩における情報技術と「生活の知恵」
 ―現代産業と芸術文化の戦略的位置づけをめぐって―

I 高齢化社会・ダウンサイジング・産業空洞化の「恐怖」
II アート(art)=生活の知恵と産業の進化
III 芸術文化インフラストラクチャーと経済の進化
IV モラルを組み込んだ産業システム

第三章 企業文化の経済学
 ―企業の競争力とコモン・ストック―

I マルチメディア時代の企業経営
 ―企業の枠を越えたコモン・ストックの形成―
II 消費者本位の職人文化と経済の進化
III 人類愛と企業者精神
IV マルチメディアと日本の企業文化

第四章 ボランティアの文化経済学

I フィランソロフィーと公益団体
II 非営利組織(NPO)の展開
III 愛やいきがいは経済学の対象となりうるか?

第五章 地域の固有性と文化政策の展開

I 地域の公共圏を制御する固有のノーハウ
II 多様な固有性の交流と相互学習による普遍化の問題
III 地域経済の衰退と再生
IV 文化政策の展望

第六章 文化経済学
 ―多様性と固有価値の理論―

I 多様性と個性を基礎とした経済学の可能性
 ―文化経済学の対象と方法をめぐって―
II 芸術サービスへの欲求と、その社会的基盤
III ノーハウと知的所有権の経済学
IV 固有価値とコモン・ストックの形成

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.21

目次:清水一嘉『イギリスの貸本文化』

※数年前の読了本ではあるが、遂に古本で入手。年相応だが装丁はきれいだし、狂喜。
 日本人の手になる、公共図書館前史とも言える出版事情。類書もない良書なのに、出版社が倒産でもしたのだろうか。
 ミューディーズは森薫『エマ』にも出てくる。
 2006.9.23.アップ。

イギリスの貸本文化
清水一嘉
図書出版社, 1994.3

目次

はしがき

序章 貸本の始まり
貸本の揺籃期/書籍販売と貸本/貸本屋の登場―アラン・ラムゼー

第一章 初期の貸本屋
初期の貸本屋―温泉保養地/サミュエル・ファンコート/「ユニヴァーサル貸本屋」/ファンコートの運営法/ファンコートのカタログ/晩年の不遇/失敗の原因/ライトとバソウ/その他の貸本屋/ノーブル兄弟の貸本屋/コーヒー・ハウスと読み物

第二章 貸本屋の発展
保養地の貸本屋/バースの貸本屋/一八世紀のバース/ロンドンの貸本屋―ジョン・ベル/レインのミネルヴァ・ライブラリー/その他の貸本屋

第三章 貸本屋の運営
貸本屋の運営/会費/罰則/カタログ/蔵書を揃える/本の装丁とラベル/リーディング・ルーム/他の商売との兼業

第四章 貸本屋の読者
蔵書内容/どんな本が読まれたか/大陸の文学にたいする興味/美文集その他/貸本屋の読者

第五章 小説批判
小説の社会的評価/小説批判/小説家による小説批判/小説批判―小説否定論/モラリストの批評/審美的な批評/小説批判のもうひとつの側面/小説はどのように「量産」されたか/小説は隠れて読まれた/小説弁護論

第六章 貸本屋批判
貸本屋批判/貸本屋弁護論/女性読者について/女性読者弁護/なぜ貸本屋か

第七章 一九世紀の貸本屋
チャールズ・エドワード・ミューディ/新しい門出/貸本の大殿堂―「レヴァイアサン」/サーヴィスの多様化/ライヴァル―W・H・スミス/ミューディと三巻本小説

第八章 貸本屋と三巻本小説
三巻本の権威/保証された市場/出版社への影響/ミューディの読者/ミューディと作者/三巻本小説と三部構成/重層的な事件・挿話/モティーフやプロットへの影響/女性読者と小説

第九章 三巻本批判
ミューディの検閲/三巻本にたいする批判/三巻本にたいするミューディの疑問/出版者宛てへの通達/三巻本の終焉/一時代の終わり/ヴィクトリア時代と小説

終章 貸本屋の終焉
ミューディの退場と新興の貸本屋/ブーツ・ブックラヴァーズ・ライブラリー/二ペンス貸本屋の登場/貸本屋の影響力/貸本屋と公共図書館/貸本屋の終焉

付録:『貸本屋の効用を考える―大小貸本屋開店運営のための提言』(一七九七)
注釈
あとがき
人名索引
事項索引

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.26

わが青春のゴーショーグンチーム (1)

 タイトルを見るとアニメオタクネタなんですが…図書館の話を先に。
 のっけからリンクを。

WEBアニメスタイル:シナリオえーだば創作術 首藤剛志
第21回 書くことが嫌いな男は、いかにして鉛筆を持つようになったか PART 5

 この長い記事をスクロールしてみてください。
 「●昨日の私(近況報告)」
 まずスポットを当てようと思うのはこの、後半部分。

 小田原市立図書館は、小田原城址公園の中にあります。
 家族で小田原市に遊びに行った折、小田原城に行き…動物園やお城の建物や草木を楽しんでいましたら…え!これ図書館なの!?という風情のボロな建物が。図書館とあったら興味はあります、入ってみます。
 驚きました。確か、一階が事務室?(エエッ)と児童室(でも、あんまり広くないの)。二階が、閲覧室というか…学習室ですね、あれは。そして三階がやっと、資料のある普通の図書室なんです。で、全部階段。外の看板にも書いてありました、篤志家が建ててくれた記念碑的な建物なのだと。
 あーこれじゃな…小田原市は図書館、やる気ないのかな…とそのときは思ってしまっておりました。
 早合点だったようです。
 先の記事を読んで、「そうか!昔からの図書館は一応本館として残して、新館を建ててるんじゃないか?」案の定。こちらが小田原市の図書館総合ページです。平成6年に新館「かもめ図書館」が建っています。名称も市民から募集して決めたとありますね。
 わが故郷長岡市の図書館も同様の経過を辿り、古い方の互尊文庫には自分も受験勉強でお世話になりました。

 さて、今回のリンク先記事で驚いたのは、市立図書館がアニメの脚本やセルを「資料」として寄贈を受け入れたということ。小田原市は、ちなみに、ガンダムの富野由悠季監督の出身地でもあります。
 いや、嬉しくなってしまいました。自分の持論は「アニメやマンガはアングラだからおもしろいんだ」ではあります。「芸術」なぞではありえない。でも、カルチャーなんてことばが合いそうな、「文化」として再評価する動きは歓迎です。人々の営みとして。
 そのためには、郷土資料並みの扱いがないと。

 江戸川乱歩関連のコレクションを集めている図書館があることは知っています。
 ホームズクラブの面々が集めている実に貴重なコレクションを、日本で扱ってくれそうな図書館、想像がつきません。アメリカやイギリスにはあるんだけれど。
 マンガ図書館なんて話題はときどきありますよね。では、アニメは?
 ほかにも、図書館にこんな事例はあるのでしょうか?

追記 2006.9.28.
 ところで、小田原は『図書館戦争』にも重要な場面で登場している。
 何かあるんだろうか。自分が知らないだけ?

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.09.27

わが青春のゴーショーグンチーム (2)

 前の記事のリンク先前半部分を読んでいただければ。多少情報不足でも…。

 首藤剛志氏の『戦国魔神ゴーショーグン』は、アニメそのものよりも、その後のキャラクターたちを描いた小説シリーズにはまっていた。1巻がアニメ本編を主要エピソードでダイジェスト。2巻はタイトルどおり『その後の戦国魔神ゴーショーグン』。3巻、4巻はもう完全に、キャラクターたちが勝手に動き出した世界だった。あれもそういや、天野嘉孝の挿絵なんだよなー。
 アニメ本編自体が、ガンダム世界の「ニュータイプ」とは違う方向の「ヒトのありかた」を描こうとした一方、脇役たちが「これ、ロボットアニメかよ!?」というそれぞれ、自分の世界をもった個性的なオトナたち(『シナリオえーだば創作術』第41回)。
 アニメでは「少年は旅立っていく」のだけれども、残された普通の人々はあいも変わらず。かくして個性的なオトナたちが、小説の中で生き様を見せてくれる。
 故・塩沢兼人さん演じたレオナルド・メディチ・ブンドルなんて、アニメではあんな風情だったけれど、小説の中ではまたどんどん格好よくなっちゃって…。

 『魔法のプリンセス ミンキーモモ』は、それまでの魔女っ子路線を変えたという印象はあったのだが、首藤氏にとってそんなに大事な作品とは思ってもみなかった。
 シナリオライターの卵の頃から温めていた、原型は「夢の国の男の子」の話だったなんて。

 若き日のガールフレンドとのエピソードが、なんだか沁み入ります(連載の他の回をぜひどうぞ。リンク先の第36回からがいいところ。初めの方から読んだ方がいいとは思う)。
 「シナリオライターはどうしたの…」地球を半周して追いかけて。自分はこんな、首藤さんの書く台詞を読みたかったんだなあとも思う。
 ゴーショーグン・チームの紅一点、レミー島田のモデル。レミー、憧れの「大人の女性」像だったんだよなあ。レミーの声をあてた小山茉美さんが「モモ」を演じたから、単なる魔女っ子じゃなかったという話もあったけれど、それだけじゃなかったんだ。
 「ミンキーモモ」の原型も、それこそ駆け出し始める前に彼女と語らっていた。
 彼女との会話をシナリオにして、後年実際にアニメになってしまったという『街角のメルヘン』。DVDにならないかしらん。企画進行中らしき記述があったけれど。

 初めて、ファンレターらしきものを出しました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.09.28

わが青春のゴーショーグンチーム (3)

 と、書いていたら。
 アニメスタイル昨日公開分掲載回にて、「ゴーショーグン小説版」の話が始まっている!
 嬉しいですねえ。
 シリーズ最終巻『鏡の国のゴーショーグン』は書き上げ間近とか。ううう楽しみだ。

 小説版の記事が進むと書かれるだろうことだろうけれど。
 なんで「ゴーショーグン・チーム」なのか?

 アニメ本編自体が『戦国魔神ゴーショーグン』。いかにもロボットアニメなタイトルなんだけれど、どこが戦国なのか、ゴーショーグンなのか…正直なところ、「それっぽく付けただけ」らしい。
 で、『シナリオえーだば創作術』第35回にも書いてあるとおり、定型的なロボットアニメにするつもりがなかった。主題歌はあえてヒーローものらしく作ってあるけれど、第1話のメインパイロットのセリフからしてズラシまくっている。

 この、従来の巨大ロボットアニメのフォーマットを換骨奪胎するという点、実はガンダムと同じ。けれど、別の方向に向かう。どっちかって言うとナナメの方向。僕がゴーショーグンが好きなのは、そこなんですよね。
 ガンダムは「ニュータイプ」という概念をもってきて、マジメに、思想っぽくなっちゃった。SF、ミリタリーといった、後に言われた「リアル志向」。
 ところが、ゴーショーグンはマスコット的な少年を逆手に主人公に据えて、周りの大人たちにも個性を与え、少年を見守らせたり、「大人は大人」のドラマを描いた(定番の基地ロボットも少年の乳母役。まるまる一話彼女のための話があるし、最終回には名台詞まである)。
 で、本編は本編で決着をつけ(『創作術』第43回)、少年は「宇宙の意思(ビッグソウル)」に導かれて巨大ロボ・ゴーショーグンと旅立っちゃう。その人間観が、当初から「生物としてのヒトと世界」を描いている。『創作術』で明かされているが「ファンタジー」として。

 ゴーショーグンと少年が旅立ったあと、残されたパイロット三人と「悪」側の三幹部。この脇役たちが、小説の主人公。何者かの意図によって異次元へとばされ、とばされた世界で冒険を続ける。
 「死んでも生きてやる!」「ビッグソウルだかなんだか知らないが、俺は俺」
 本編のテーマをさらにひっくり返して、彼ら六人は生き様を見せてくれるのだな。
 巨大ロボ・ゴーショーグンが出てこなくなっても、ほかに言いようがないから、彼らを「ゴーショーグン・チーム」と呼んでいるのである。
 ゴーショーグンチーム、特にレミーを主人公として作られた特別編が、OVA『戦国魔神ゴーショーグン 時の異邦人』。―ゴーショーグンは出てこないんだってのに。

 印象深かったのは4巻の『覚醒する密林』。確か、この巻から手にしたのだったか、完全に小説の世界を確立していた。個人的にはお勧め。ソリが合うかどうかわかると思う。
 といっても、実家にあるはずで、今手許にないんだよなあ…読みたい…。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2006.09.29

目次:有川浩『レインツリーの国』

※未読。昨日ゲット!嬉しくて掲載するんだけれど、しばらくは読んでる暇ないなー。あ、もちろん『図書館内乱』に出てくる本です。参考文献一覧を見ていて、「うわー『妖精作戦』シリーズが!古本で買ってあるのにまだ読んでない…しまった…」。私は笹本祐一『ARIEL』シリーズのファンです。

レインツリーの国 World of delight
有川浩
新潮社, 2006.9

目次

1 直接会うのが駄目やったら、せめて電話だけでもどうかな。
2 「……重量オーバーだったんですね」
3 傷つけた埋め合わせに自信持たせてやろうなんて本当に親切で優しくてありがとう。
4 「ごめんな、君が泣いてくれて気持ちええわ」
5 歓喜の国
あとがき

巻末掲載「参考文献」
・山口利勝『中途失聴者と難聴者の世界 見かけは健常者、気づかれない障害者』一橋出版, 2003.
・中途失聴者・難聴者ガイドブック作成委員会『耳のことで悩まないで!―中途失聴・難聴者のガイドブック』社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会, 2003.
・津名道代『聴覚障害者への理解を求めて 発言1』社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会, 1987.
・津名道代『聴覚障害者への理解を求めて 発言2』社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会, 1994.
・橋本美代子編『聴覚障害を生きる女性達』発行者:橋本美代子, 平4.(絶版)
・藤田保・西原泰子編『あなたの声が聴きたい 難聴・中途失聴・要約筆記』図書出版文理閣, 2003.
・笹本祐一『妖精作戦』朝日ソノラマ, 昭59.
・笹本祐一『ハレーション・ゴースト』朝日ソノラマ, 昭60.
・笹本祐一『カーニバル・ナイト』朝日ソノラマ, 昭60.
・笹本祐一『ラスト・レター』朝日ソノラマ, 昭60.

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2006 | Main | October 2006 »