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March 2006

2006.03.01

感想:マクロード『表現の自由vs知的財産権』読みかけにて。

 承前。

 でまあ、マクロードの本だ。目次はこちら
 読もうと思った。まるで専門が違うどころか、自分の関心の主領域に隣接しないわけではない。ただ、知的財産権の現状に振りまわされるのは別の方にお任せして、自分は踏み込みたくないと思っている。だから正直に言うと億劫がっていたことは間違いなかったが。
 結果、買うという行為には出ずに、居住地域の公共図書館に予約をかけた。その時点で9人め。先日、やっとまわってきたのである。と思ったら、はや返却期限。次の予約者がいると、通例一回できる貸出延長はできない制度になっている。

 格闘してみると「けっこう厚い」…。
 アメリカのヒトゲノム特許による遺伝情報の私有化の横暴な話は5年前に聞いていたし(確か本が出ているので再度確認しなくちゃ)、最初の滑り出しはよかった。あとがきから著者が自分と同年代であることも共感がある。
 何と言っても、音楽の話題がついていけない。昨今のサンプリング等々。こっちはよく言ってヴィクトリア朝ファン、悪く言えばガノタである。それでつっかえつっかえになってしまった…。書いてあることは頭ではわかるのだが、音楽の話をしているのなら、自分で実感できた方がよくわかるのに、感覚として実感できないのだ。ムネオハウスとか、まだダウンロードできんのかなあ?話題になったときに知人が自分のiPodに落としておいたのを聴かせてくれたんだけど、単純に「趣味じゃなかった」んで…。
 途中途中で、アメリカの強制許諾の制度とか、サンプリングに連なっているダダイズムの位置づけとか、へえええと感心させてくれるところはよかった。
 あとまあ、消化不良なのは、以下の理由もあると思う。この本の中でもやっぱりオリジナリティという枠組みは単に消失しているわけじゃないからどうつながっているのかという点がわかりにくいのと(あとがきでも指摘があったと思うが実感)。自分としては、第二章の音楽の話は第一章の医療、農業の問題とどう一貫性があるのか。企業による囲い込み批判はわかる。それに対する対抗概念が「自由」「表現の自由」でいいのかどうか。
 だけど、半分までで、返却だ。後半戦がおもしろいのかもしれないな。でも、目次見ただけでも「文化の問題」にしちゃってるし、「ちょっと違う」のかも。「のまネコ問題」には対応するのかもしれないが。

 ひとつ、未読の方のために紹介しておきます。この本の中で、「表現の自由」にはRにマルが付いています。巻頭に出てますけど、合衆国では「Freedom of Expression」は、マクロードの商標として登録が通ってしまいました。彼なりのジョークだったんだけど、ホントにそうなっちゃって。知的財産権制度は狂ってるよなーという本なんです(原題もそうなってます)。

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2006.03.06

恩師の定年退官

 先週、今年度でB教授が定年退官を迎えるというので、最終講義、祝賀会、日付が変わっても痛飲(笑)。
 前日日中に、長岡の、自分にとっては"いつものお店"の酒販店さんに電話。酒2本を学部の教務留で送った。
 「久保田碧寿」と「呼友」。学生時代にもたぶん、先生と飲んでいたはずの酒。
 しかしまさか、花束贈呈の場で一緒に酒を贈呈させられるとは。光栄ではあったのだが、目を白黒させてしまった。

 初めて知った。B先生、自分が生まれた年度に着任。ということは在職年が自分の年齢と同じ。
 三十数年。意外に短いと思った。先生は別の大学に呼ばれていて、まだ退くというわけではないのだが。
 自分の職歴がどうなるだろう、ということは何度も考えた。何年があるのか。
 学者の世界で、三十年余で、何ができるだろう。

 今回は、さすがに奥様もご一緒に、キャンパスまでおいでだった。よく学生はご自宅に招いていただいて、奥様のおもてなしをうけたものだった。
 自分のことを、「変わってないわねえ」。中年に入った自分としては、喜んでいい言葉ではないが、憶えていてくださっただけで、嬉しかった。
 学生のときにお邪魔した折、先生がご家族でエディンバラに旅行に行った写真を見せていただいたことを思い出す。エディンバラはコナン・ドイル所縁の地だ。

 先生は腰の低い方で、持ち上げてもくださる。
 昔、図書館の世界に足を踏み入れることを決めた自分にくださった言葉をまた、自分を弁護士や研究者になっている先輩後輩の前で紹介くださる中でおっしゃる。
 「君は大学院に来ると思っていたのに、もったいない」。今回は「今からだって」とまで続いた。
 自分にそんな才がないことはわかっている。褒めてくださるのは嬉しい。こんなところに書いてしまうのだからバカである。リップサービスでもB先生にそう言っていただいたということ、自分が自分に誇れるいくつかの、ささやかなひとつ。

 このブログで以前登場した、実に優秀な後輩ともひさしぶりに顔を合わせた。先生から訊くと、あのアレクシーが―あまり人を褒めることがないそうだ―、「自分よりも優秀だ、成果を残す」と評していたという。
 基礎法学は実定法学に比べて、何というのか、ある種変わった人材の縁が多い。まず二十数人の宴席に民間企業に勤めている人は一人だけ。
 自分が在籍時から政治思想史を担当されているウェーバー研究者が、B先生と縁があるとは知らなかった。また、いま自分が住んでいる地域の大学で、政治学を担当しているという先輩。彼は学部時代にB先生のゼミに参加していただけだったが、B先生の緻密な議論、社会哲学を議論した経験に、自分のルーツや、実際に役立った局面があると言う。
 先生がお辞めになったあとに残される、ある院生。基礎法学なんて就職も困難なのに、よくも学問の途に入ってきたと思う。彼は、公式の席上で感極まってしまっていたが、酒が進むにつれて、本当に優秀なところがにじみ出てきた。上記の優秀な後輩同様、今どきの学生とは違う、一種の先祖返り、特別変異なのかもしれない。学部を含め、数年しかやっていないのに、加藤新平やアメリカはもちろん、ヨーロッパの法哲学界百年くらいの論争を俯瞰できる才。研究者ではなく「学者」、そんな片鱗を覗かせる。

 ああ、これは。自分は、知り合いになった先輩の院生室にお邪魔させていただいたくらいでよかったのだ。憧れをもって。
 ほかの大学院、修士のレベルの安易さも聞き知っているが、自分の出身大学の大学院、研究室は違っていた。本当に優れたモノがある。ゴマカシなく、逸材が、コツコツと自らを磨いている。偏差値だとか、そんなことは関係ない。そんな環境だったのだ。

 今どきだなあと思ったが、最終講義はDVDに焼いて配付してくれるという。
 先生は毎回内容をプリントにして配付くださっていたが、学生時代は全部聴き逃すまいと最前列に構えてノートをとっていた。ノートは自分が3年と4年のときと、先輩からコピーさせてもらった3年分のファイルがある。
 あの懐かしい、もう一度聴きたいと思っていた講義。最終講義は絶対に参加しようと思っていた。在籍時の熱心さとは違い、残念ながら遅刻してしまったことを、着いてから悔やんだ。あの穏やかな語り口から伝わる「学問」。講義録では伝わらない"何か"である。DVD、ありがたい。

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2006.03.07

感想:ロフティング『ガブガブの本』

※3/8書き始め。3/9 3/10アップ。

Gub-gub  目次と梗概はこちら

 メモを丹念に取ろうと思えば取れるんだけれど。
 いずれにせよ、楽しかった。旧友遠きより来る、って感じかな。
 ドリトル先生ご自身が出てこないのはしかたがない。書き手は本編第2巻『航海記』以来の先生の助手のスタビンズ君。語り手がブタの美食家ガブガブで、暖炉の前で動物一家に語って聞かせる…それを書き留めたというもの。その辺はスタビンズ君、「第一夜」に詳しく書いている。

 第四夜と第五夜は、「名高き冷蔵庫探偵シャーベット・スコーンズ」(Sherbet Scones, the famous Icebox Detective)の"食べ物ミステリー"。
 この訳書の刊年は2002年、数年前。最近自分はアンテナが鈍っているけれど、ホームズ仲間の間ではどうなのかな…と思ってメーリングリストに「念のため」と断り書きをして投げてみたら。レスポンスがありました。
 やはり侮れない、シャーロキアン(自分がピンボケ・ホームズファン、というだけなんですが)。レスをくださったのはさる高名なシャーロキアンからでした。
 おいこら、図書館員の馬鹿弟子。いわゆる"新井書誌"も当たるべきだった(新井書誌については、別エントリにいたします)。

 かの御方のご指摘によれば。
 この『ガブガブの本』、全訳ではないがこのホームズ・パロディの部分だけ旧訳があるとのこと。"新井書誌"作成者の新井清司さんが「だいぶ以前に、ドリトル先生の「ガブガブの本」にホームズパロディ的な場面があると教えてくださった」そうです。
 ホームズ・パロディの部分は、新訳ということになります。

 ヒュー・ロフティング原作 光吉夏弥訳編『たべものどろぼうと名探偵:他2篇 世界新名作童話 7』光文社, 1957.7.

 他2篇となっているところがあやしいなあ。意外に『ガブガブの本』のほかの話かも。読んでみたいなあ。

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2006.03.08

日本におけるコナン・ドイル、シャーロック・ホームズ書誌(1)

※3/8書き始め。3/9 3/10アップ。

ChikumaSH10  "新井書誌"ってのは、さる公立図書館の副館長をおつとめになられた新井清司さんが作成された、「日本国内刊行ホームズ関連文献書誌」です。もちろん、収録内容については、書誌ですから、冒頭の「凡例」の項をご覧いただきたいのですが。
 新井さんは学生の頃、竹内悊先生の指導のもと「日本におけるコナン・ドイル移入史」を研究テーマとされました。研究の前には書誌を作成するのが常道ですが、新井書誌はその副産物です。最初は先生からの「この書誌は出来がいい、製本したら」との提案を受けて、数部の私家版があったのみです。

 新井書誌はその後、増補改訂を繰り返して、現在もシャーロキアンの協力を得ながら蓄積を続けています。
 もっとも入手が容易なのはちくま文庫版『詳注版シャーロック・ホームズ全集』第10巻収録の「日本におけるコナン・ドイル、シャーロック・ホームズ書誌」です。
 参考にこちらにリンクを貼らせていただきます。

 …なんだけど、書誌注記って、入れないもんなんですかね?不勉強ですんません。ちょっと検索してみたんだけれど、ざっと見た範囲ではどのOPACにも出てこない…。
 なんか図書館業界で不当に扱われているみたいで不満だなあ。意外だ。

 あと、ちくま文庫版全集がbk1では入手不可ってのも…エー!て感じなんですけど。

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2006.03.09

日本におけるコナン・ドイル、シャーロック・ホームズ書誌(2)

※3/8書き始め。3/9 3/10アップ。

 竹内先生は図書館業界人ならご存知ですね、図書館情報大学名誉教授・前日本図書館協会理事長。
 去年、日本図書館協会の図書室に寄ったとき、人がいないときだったので、職員の方と話をしました。なぜって、そこに。新井書誌の私家版、最初の原型があったから。竹内先生は、理事長を辞されるときに、ご自身の蔵書を寄贈されていったのだそうです。主に児童書や文庫活動に関する資料でしたが、その中に、新井さんが恩師に献呈したと聞く、数部しかない私家版があった。新井さんがその後も竹内先生に送り続けていたと思しき、彼が書いた記事が掲載されたほかの本も、そこにありました。
 ちなみに、川崎良孝先生も、ほぼ同時期に同じ図書室にアメリカの図書館の歴史を研究するための基礎資料、雑誌類のようでしたが、寄贈されていました。いずれもまだ、段ボール箱の山でした。

 なお、新井書誌や日本におけるホームズ関連出版物は、ベイカー街の近くにある公立図書館、アメリカの大学図書館、いずれも世界的なドイル・ホームズコレクションをもっているところですが、日本の熱心なシャーロッキアンによって、送られています。
 どこでしたっけ、ここを見ているシャーロキアンの方?大学図書館の方はドイル、ホームズに関する世界書誌をネットで公開しているんで、日本の文献も出てくるんじゃないかな。
 …どうも、自分が「図書館員の馬鹿弟子」であることがボロボロ出てますね…ああ恥ずかしい。ロンドンの方は見学に行ったくらいなのに!

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2006.03.11

目次:丸山真男,加藤周一『翻訳と日本の近代』

翻訳と日本の近代
丸山真男,加藤周一
岩波新書, 1998.9

目次

本書の成り立ちについて

I 翻訳文化の到来

時代状況を考える/日本にとって幸運な状況/攘夷論の劇的な転換/近代軍隊とテクノクラートの出現/幕藩制国家と領土意識/江戸時代の翻訳論/外国語としての中国語を意識する/比較の視点/徂徠から本居宣長へ/なぜ翻訳主義をとったか/翻訳とラディカリズム/『訳書読法』について

II 何を、どう、翻訳したか

なぜ歴史書の翻訳が多いのか/歴史を重んずるのは日本的儒教だからか/愛読された史書/道徳の体系となった過程/「仁」から「仁・義・礼・智・信」へ/論理用語とその語法/「個人」と「人民」/「もし」と因果論/「論理」をつきつめる姿勢/造語をめぐって/訳語の問題性/ラテン語・ギリシア語の知識はあったか

III 「万国公法」をめぐって

幕末の大ベストセラー/英語・中国語・日本語を対照する/伝統的な言葉をどう訳したか/法意識の問題/「国体」という言葉/訳せなかったもの

IV 社会・文化に与えた影響

何が翻訳されたか/化学への関心はなぜか/進化論の受容/世界観にどう関わったか/福沢諭吉の科学観/知識人に影響を与えた翻訳書/原書の質の問題/後進国の早熟性/明治政府の関わり方/文明開化―民心と政府

あとがき〔加藤周一〕

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2006.03.12

60,000 hit!

 カウンターキリ番記事はもうやめよう…なんてことばっかり言いながら書いています。
 50,000 hit!の記事が昨年11/15付で、このときは2ヶ月で10,000ヒットだったんですが、今回は4ヶ月ですね。
 今回は諸々状況が変わってたし、書くことがあります。

 11月末から記事のアップロードがまったくない、というブランクが一ヶ月以上。現実生活多忙にて。
 それでも、安定したカウントを刻んでいたので(一日約100ヒット)、一度コンテンツをネットに上げてしまうとそういうもんなのねえ、と妙な気分で見ていました。
 その前はだいたい、3ヶ月で10,000ヒットで安定していましたから、今回4ヶ月というのはアレ?という感じです。2月も半月はブランクでしたからね。

 1月中旬にいろいろいじりました。全部自分でやっていることです、勉強になります。
 それでもおいでくださる読者のみなさん、何かと気がついていると思いますが、そっとしておいてくれてありがとうございます。今後もそっとしておいてくださいませ。よろしく、よろしくお願いいたします。
 この辺の些細な技術については雑談してみたくもありますが、まあノーコメントってことで。

 もちろん、コメントもTBも開いてますので、いただけると実はとっても嬉しいのですが、こちらは単に多忙にてレスポンスできてません。もうしわけない。
 まあ、記事のカラーが、2005年末の休止直前と年明けて復帰してからを比べると、変わってきているかもしれません。定期的には書けてませんものねえ。

 いま、一日約30〜50ヒット。タグふれユーザの方々が少し、残りはリピーターの比率が高くなりました。年明けてからも投稿のペースは順調とは言えないので、数日おいてチェックいただいている方が多いようです。記事を書くとすぐ増える、という現象はなくなりました。
 これくらいのんびりしていると、キリ番記事もスパンがあいて、その間を振り返るいい区切りと言えるかもしれないです。次のキリ番は1年後か、もっと先かな。
 改めて、マイペースで行こうと思ってます。

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