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2005.08.16

「GHQ指定没収図書総目録」と図書館、まとめ

 さて、船橋裁判の上告人による口頭弁論に対する疑問、違和感の背景を示す文献を紹介してきた。
 ここでまとめておく。既に8/3付記事に意図と論点二つを掲げてある。

 本書を紹介する目的は、最高裁での上告人西尾幹二氏の口頭弁論において、自らの利益主張をする際に『GHQ指定没収図書総目録』を提示したことがいかにズレた歴史感覚から来ているか、を明らかにするためである。読み込んでいくと、二重にミスがあることがわかる。
 一つは、「図書館」における焚書問題として採り上げる素材として不適切であったこと。自分は個人的にはこれを特に重視している。一つは、「表現の自由」という規範問題として採り上げる素材としても、当時の一般的背景からして不適切であるということ(占領下であるということの評価)。

 なお、本記事の前提として、関連する記事を列挙しておく。必要があれば参照されたい。
 記事だけでなく、コメント欄で興味深い指摘をいただいたことは筆者にとってありがたいものであった。感謝の意を表したい。

西尾幹二のインターネット日録:最高裁口頭弁論(二)
図書館員の愛弟子:船橋市西図書館蔵書廃棄事件の口頭弁論における疑問(2)

1. まず、GHQの没収指令には図書館が含まれていない。にもかかわらず図書館で焚書がなぜ行われたか。命令系統の混乱が直接の原因。しかしそもそも戦前から図書館においては公権力による検閲・没収・切り取りは日常茶飯であり、それらに対する恐怖感は戦後だけが特別ではなかった。戦中より既に個人の蔵書の焚書が行われる風潮が蔓延していた。また、GHQ占領直前から公的機関は先んじて文書を焼却している。GHQによる焚書は図書館だけが特別ではないのであり、図書館だけに論及される謂われはない。

2. 図書館員は占領下の大陸において、文化の略奪者としても一翼を担った。一方、図書館の自由といった近代的な観念はなく、戦後直後は権力に抗する考え方は一般的ではなかった。図書館においても表現の自由が当たり前になった現代と同じ視点で議論することはできない。図書館における権力的な契機は当時と同じわけがない。

3. 歴史研究者からすると、占領下で戦勝国による言論・出版の統制が行われるのが通常である。そのことの善し悪しを単純に決めることはできない。日本による「中国の文化破壊」とGHQによる「日本の文化統制」を同列に論ずることですら非実証的であるし(あえて異なる表現を用いる)、GHQによる文化統制だけを採り上げ、かつ現代の視点でのみ評価するのは非歴史学的である。

 以上が、『GHQ指定没収図書総目録』にこだわった成果である。
 結果的に他で焚書されたと同様に図書館でも焚書されたというだけで、焚書は図書館にのみ連なっているわけではない。また、民主主義、表現の自由という日本国憲法下の規範の問題とするには、GHQ占領下という時代は特殊で情勢は明らかに異なっている。
 ちなみに、ドイツにおいても近年、ナチス政権下「白バラ」という青年運動によって処刑された人々の名誉回復が唱えられたことがあったが、法は遡及効をもたないのが常識である。ドイツ語の教師に対して、法学部の一年生でもわかることであった。

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