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2005.08.24

「GHQ没収指定図書総目録」の後日譚(3)

 今回は本当に只の補足記事です。2件。アクセス解析でリンク元となっていた検索結果から、見つけたネット上の文書を紹介します。

1.根本彰「占領期図書館政策研究の意義と方法」

 松本剛『略奪した文化』がヒットするような検索結果一覧の中で発見。
 元サイトから辿ると、「図書館情報学根本研究室」-「占領期図書館史プロジェクト」-「占領期図書館研究の課題( 占領期図書館研究第1集(1999年3月刊行)の報告書全文)」-第I部 根本彰「占領期図書館政策研究の意義と方法」。
 本論文中、「4.今後の研究課題-4.1.占領期図書館政策研究の課題」の(1)(2)に、『略奪した文化』の位置づけが述べられている。以下のような、「すぐれた先行研究」との評価。
 関心のある向きは、更なる研究対象としてみてはいかがか。だって、せっかくCIE文書の目録化を根本研究室がやってくれたんだし。自分としては、そんな研究、ぜひ見てみたい。占領軍の一次資料にまであたるとなれば相当レベルが高い…と評価されないだろうか。

この方面では、松本剛『略奪した文化』がすぐれた先行研究となっている。より進んだ研究は占領軍関係の一次資料がないとできないが、CIE文書(第II部参照)にはその関係の資料がいくつか見られる。

 なお、次のような一文があり、これを見ても西尾幹二氏の口頭弁論第三点めの主張(『正論』西尾論文)の論理が"あやしい"ことが窺われる。この論理的飛躍については、後日譚(1)の「アル中毒・乱暴」さまもほぼ同様の指摘をしているからだ。
 判決にこの口頭弁論第三点を考慮の域に入れたとすれば、「歴史的に立証されていない事実(GHQ->図書館での焚書)を元に判断した」ということになると言える。

指令そのものについてはすでに明らかにされている。今後は図書館担当官がこの指令とどのような関係にあったのかを解明する必要がある。さらに、日本の行政機関でどのように扱われたのか、また図書館ではどうだったのかといった日本側の資料収集による事例の収集が必要であろう。

2.中井正一「「焚書時代」の出現」

 「焚書 図書館」で青空文庫よりヒット。「初出:「社会新聞」1948(昭和23)年11月10日」。
 国会図書館初代副館長として有名な、中井の声。ここで採り上げたのは、それだけの理由。

 この文章にこのタイトル、なんとも言えないですなあ…先に自分もこんな記事書いていて、状況が変わっているとも思えない反面、中井が前段で書いていること―図書館によって少しは国を変えていきたい、という気勢のようなものは、まあわかってあげたいかな。だけどね、なんかギャップも感じてしまいますねー。

 国立国会図書館は、かかる幾つかの夢としてここに現われ出でた。これは、日本の民主化の一つの表徴であり、現議員の果たした栄誉のバッジですらある。往古、アレクサンダーがその遠征の記念としてアレクサンドリア図書館ができたように、今、ここに戦いが文化建設の機縁となったということもできよう。
 ともあれ、この日本民族の危機にあたり、この図書館がその型態を正しく整えることの急務は、正に切実をきわめている。

 この解説として、以下の文献。
 後藤嘉宏「中井正一の出版論―図書館論との対比において」
 「4.中井の二重性,あるいはメディウムとミッテル」の後半に本文献の文脈が出てくる。戦後の古書価格の低落から良書が紙として溶かされていく情勢を「現代の焚書」と呼んだらしい。図書館じゃ「焚書」ってことばも使いようだなあという気がする。
 この文書、おそらく後藤嘉宏『中井正一のメディア論』学文社,2005.にも収録されているんでしょう。自分も買ったけど、高かった…。あ、もちろん積ん読中。ネットのどこで読んだんだったか、評価はあんまりよろしくなかった。「天下の奇書」になるか?とかなんとか…後藤先生、ごめんなさい。

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Comments

ども、トラックバックももらっていたのに、全然反応できなくてすみません。

GHQについては、GHQが記録を体系的に残しておいてくれて、しかも米国がそれを公開しているから、様々な検証が可能になっている、ということも、意識した方がいいような気もします。
対して、日本の植民地および占領地(満洲国含む)における日本側の一次資料(行政文書類)は、台湾を除けば、体系的に残っているところがほとんどないために、旧植民地・占領地の近代史に、大きな空白を生じさせることになっているようです。
少なくとも、満洲では、日本側が、行政文書を組織的に焼くか埋めてます。埋めた分の一部が、戦後発見されて、中国の档案館(文書館)で修復され、一部公開も始まっているようです。とはいえ、体系的記録とは、とてもいえるものではないでしょう。
旧植民地・占領地側の近代史研究者からすれば、GHQが体系的に残した資料に頼ることのできる日本の近代史研究者は、相当に恵まれているように見えるのではないか、という気もします。

後藤先生の「中井正一の出版論」は、『中井正一のメディア論』に収録、というよりは、吸収、という感じではないかと。
えらく読みにくい本でしたが、結構、面白かったです。特に、戦前の(私には読解不能の)中井の論文について、補助線を引いてくれるのが(それがどれだけ「筋の良い」読みなのかの判別までは私にはつかないですが)、ありがたかったです。
中井が熱いのは、まあ、周りはほぼ全部敵だらけ、という状況で、国会図書館に乗り込んでいくくらいですから、当然といえば当然な気も。
それと、誰にでも分かりやすく語ることの重要性を、戦後の中井は強く意識していた、みたいなことを、後藤先生は書いてました。戦後の中井の文章を読む際には、そのあたりを多少意識して読む必要があるのかもしれません。

Posted by: oba | 2005.08.23 at 22:57

あんま良くない評価をしたのはわちきです(^-^;)だってわかんないんだもの。
「図書館と戦争」ネタにお呼びいただいたけど,なんか政治論争的に(南京図書大虐殺の話とか)なりつつあるんで敬遠ぎみ。あと一次史料が足りなすぎ。
そゆ意味では平凡社新書の満鉄調査部モノに期待。

Posted by: 書物奉行 | 2005.08.25 at 22:02

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