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2005.08.22

「GHQ没収指定図書総目録」の後日譚(1)

 船橋裁判については自分は、まだ口頭弁論分、上告人にひっかかったところと問題司書への対応についてしか書いていない。つまり、判決に関する感想や立場を充分に表明していないので、軽々しく口を挟むべきではないのかもしれない。
 しかし、既に西尾氏は『正論』2005年9月号で論文を公けに問うている。一方自分もこれに対応する記事を縷々書いてきてもいて、最終的に「「GHQ没収指定図書総目録」復刻運動の末路」にオチた。
 けっこうがんばって書いてきた上に先方は既に行動がある。反応を問うてみたかった。
 結果として幸せな反応が聞けた。その真摯な思考との出会いに感謝したい。紹介する。

 サーチエンジンで「正論 西尾 GHQ」で検索、『正論』西尾論文に触れた記事を探した。
 一つはブログ、一つは掲示板がヒットした。いずれも、西尾論文に好感触を得ているものである。
 当ブログの「…末路(2)」と「…関連記事 20050819」をTB、もしくはリンクを残してきた。
 幸いにも真摯な反応をいただけたのは、以下の掲示板の方である。

 新・正気煥発掲示板´: 『正論』を読んで、思うこと。焚書。(スレ主・「アル中流・乱暴」さん)

 自分の総目録関連記事の分量が多かったために詳細にはお読みいただけなかったことは当然としても、8/15付以降の4記事を読んでいただいただけで、それも短時間にあれだけのレスを返していただいたとは、とても驚いた。

 この交流から、当方が得られたことは二つ。

 一点めは、レスのうち大きい二つめの段落。「…考えられる唯一の可能性は、(ことによるとその意図を誤解したのかもしれないが)故意の指令違反である」の一文から始まるところからの思索には、なるほどと思った。
 奈辺、当ブログでは『略奪した文化』に準じた発想しかしていないが(本書では繰り返し、参照文献の提示もあるのだけれども)、この方の言うようなこともありうる話ではある。極論すれば、焚書したのは平和主義者/反軍国主義者、資料を護ったのは忠勇たる皇民、という図式的理解。その上でGHQ以降の近代日本の図書館の発展にまで思索を馳せているのは驚かされた。ぜひ、私のブログの過去の関連記事も読んでいただき、ご意見ご批判を賜りたいと思った。

 第二点め。
 かの掲示板での情報交換が「例の裁判、判決に直接関わるほどのものではない」ことを前提していても、次の段落に以下の記述が表れたことは正直嬉しかった。

いずれにせよ、これは、図書館問題に「発展する」手前で、教育委員会がどのように振る舞ったかを、実証的に明らかにする必要のある問題であろう。それを経ずして図書館が内包する危険に論及するのは、適切な論法とは言い難い。

 細かいツッコミを入れるのは野暮だが、各都道府県設置の「教育委員会」という名の"教育の地方分権"はGHQ以降の戦後政策だったかと思う。
 しかしスレ主さまの論旨は了解できる。図書館の上位の機関の動静を見ずして「焚書」と図書館をそのままつなげる論理には賛成できない、とおっしゃっていると理解している。
 実際、判決への影響について端的に述べることは困難にしても、西尾口頭弁論にこだわり、自分でも言いたかったことは、"この背景を無視した論理的飛躍"である。

 要するに、GHQの焚書は図書館の焚書とどう関係付けられるのか、と。そもそもGHQ占領下の焚書は図書館固有の問題と即断できないでしょ、という。
 自分の論法はつい、「図書館の"焚書"」側からGHQ側に話をもっていって飛躍を明らかにしようとしたために、逆にややこしくなってしまったきらいがあるが(自分の当初の直感はこちら)、「アル中流・乱暴」さまの論理の方が言いたいことがすっきり伝わる。

 この論理的飛躍について、判決との関連付けをどう見るかは別にして、誤りであることは間違いがない。口頭弁論の第三点としては。とりわけ、『正論』2005年9月号西尾論文での論旨は完全に崩壊する
 西尾氏は故意か過失か犯した大きな誤りを、世の中に流布させたままにしているのである。『正論』という雑誌もレベルが知れるね。

 最後に、「アル中流・乱暴」さまへ。
 自分のブログにおける西尾氏に対する感想なり表現の枝葉末節にこだわらずに、本筋でまっとうな反応をいただいたことは本当に感謝いたします。
 「アル中流・乱暴」さまの元発言は実は、西尾論文についてのコメントよりもそのあとの方がおもしろうございました。「キリスト教による焚書」の指摘、「占領下の焚書」に対する達観、政府=図書館の役割についての発想。その上で、私に対するレスの最後、「図書館は重要であるが、その能力に限界があり、個人蔵書と古書市場が情報文化にとって重要な役割を演じていることも忘れることはできない」とのコメント。
 私はこう思っています。
 図書館という制度は、規範的な世界で議論される以前に(「かくあるべし」とか「役割」とか)、歴史的に物理的に残された蔵書であるという、事実としての前提を無視できないこと。そして、「文献世界の構造」は図書館だけではなく、その外に個人蔵書や古書市場といったさまざまな形で広がりをもっている。
 そこまで含めて、おそらくは「アル中流・乱暴」さまと共感できているということが、とても嬉しく思われました。勘違いありましたらお詫びいたします。
 ともあれ、掲示板に書き込んでよかったと思いました。重ねて、感謝いたします。

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