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2005.08.14

GHQ没収指定図書総目録関連文献紹介(10)―プランゲ文庫とそれを護り継いできた人びと : 2

 福島鋳郎「プランゲ文庫とそれを護り継いできた人びと―福島鋳郎氏に聞く―」(上)(下)『教育情報パック』No.763(2005.5.15) p.7, No.764(2005.6.1) p.7.

◇本誌前号に提供頂いた資料を読みますとアメリカ占領軍(GHQ)が行った検閲の姿がとてもよく理解できます。

福島 プランゲ文庫の本をただせば検閲(censorship)の残滓そのものですから、あの資料のように実施された実態がそっくり保存されてきたのです。
 ここでいくつかの問題点を指摘しておきたいのですが、先ずは、検閲を占領軍の"悪"の根だという説をとなえる人がいます。しかし戦争では、世界中どの国を見ても敵対して戦った一方が勝者となり、占領が始まれば、軍政がしかれ、言論・出版にチェックが入るのは当たり前のことです。アメリカの占領政策・検閲は、一方では政策をおしすすめる上で障害になる事項は検閲し、他方では国内のあらゆる旧制度を切り崩していくという二面制[ママ]を持っていました。その結果、日本は曲がりなりにも民主主義を理念とする近代国家に短期間で移行できたのです。まさに革命に匹敵する大変革でした。ここで実施された検閲でアメリカ軍の暴力は皆無であったことも特筆されるものでしょう。
 ところで、「発禁」とか「削除」処分は厳しくて辛かったと発言をした著者や編集者は沢山いましたが、占領が終了した後で元の原稿に戻した人は全くいないのも不可思議なことなのです。

 『略奪した文化』という本もまた、戦争による文化破壊を描くと同時に、資料に実際に触れている歴史学者の検閲に対する評価を示している。即ち、占領下戦勝国によって言論・出版にコントロールが入ることが歴史の常態であることを認識しているのである。
 それに比べると、これまでこだわってきた船橋裁判、上告人のGHQ没収指定図書総目録に対する歴史的評価は、一面的であると言える。平時の「表現の自由」と同列に論じるさまは、非歴史学的、とすら言える。何もGHQだけが特別なことをやっていたわけではないのである。

 自分はどちらかというと憲法学の観点から語りたい側である。しかし、「知る権利」をはじめとする"新しい人権"や、一般的自由の政府による積極的保障を「悪弊」と見るような、「リバタリアニズム」の観点にはきちんと応えねばならないと考えている。それは図書館制度についても同様であり、実のところそんなに簡単なことではない。
 そんな思考に、文化を破壊する戦争、個人の表現の自由を押し潰す国家、という歴史は非常に勉強になった。憲法を前提とする図書館を語る前の段階で、民主主義、という政治制度をひとつ離れた視点から見たとき、「表現の自由」はいかに"ある"ものなのか。「あるべきか」と言う前に、「いかにあるのか」。近代国家を前提しない段階での「文化的装置」がいかにあるのか
 戦時・占領下という大局的な議論と、今回の船橋事件とを同列に論じる発想にはどうにもついていけないところがある。もちろん、通底するところがあることは痛いほどわかっているけれども。自分の基底がどこにあるかを感じながらこそ、である。

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