« 「GHQ没収指定図書総目録」の後日譚(3) | Main | 安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(2) »

2005.08.25

安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(1)

※8/15より書きかけ、8/26アップ。

 船橋判決を、選書(図書選択)の問題として、図書館学的に考えるために興味深い論考を紹介したい。

安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』東京大学教育学部総合教育科学科(教育行政学コース)2004年度卒業論文

 目次と要旨はこちら。同ページより「全文のダウンロード(PDFファイル)」も可能。ちなみに、東京大学の「図書館情報学根本研究室」内。
 全文のうち、まず第1章冒頭「1.1 この論題を選んだ理由、目的」がすぐれた視点を含むと思うので全節を引用、紹介させていただく。

 図書選択という問題に関心を持ったきっかけは、3年次のゼミ発表である。そのときの発表テーマは「船橋西図書館蔵書廃棄事件」で、「図書館の自由」、「良書主義」、「蔵書の中立性」といった論点が問題となる事例であった。それらについて考えるうちに、「図書選択」という観点からこういった問題を捉えることができるのではないかと思うようになった。ある図書を蔵書に含め、別の図書を含めないという点では、収集も廃棄も同じ行為であり、両者は「図書選択」として一元的に捉えることが可能である。船橋の事例が問題となったのは、選択が蔵書の大量廃棄という目立った形で現れ、しかもその基準が明らかに偏向しており、その権力的側面が如実に表れたからであると思われる。しかし、ほぼ全ての公共図書館で日常的に行われている図書選択やそれに伴う基準も、原理的には船橋の事例と変わらない。一方が問題となり他方が問題とならないのは、端的に言ってその行為についての正当性の有無であろう。船橋の場合は、個人的な(必ずしも社会全体に共有されているとは言えない)基準を用いたため事件になった。他の多くの図書館では、「市民の要求」や「(一般的とされている)社会的価値」などに基づいた選択をしているため騒がれない。しかし、複数の異なる基準間で、どちらがより妥当なのかを科学的客観的に判断することは、現実的には難しいはずである。なぜなら我々の通念においては、基本的に主観的価値判断/客観的事実判断という二分された思考図式が成立しており、図書を選択する基準は、基本的に価値的側面の評価を伴わざるをえないからである。それにもかかわらず、船橋の事例と、他の図書館での図書選択とに対する評価が全く異なるのは、その基準が「正当」であるかどうかの解釈に関わっている。すなわち選択基準の妥当性は、科学的な実証性ではなく、認識的な正当性により強く規定される。では図書選択における「認識的な正当性」とは一体どのようなものなのか。本稿の目的は、この疑問に対する答えに一歩でも近づくことである。

 本論文第2章の合衆国、日本それぞれの図書選択論の整理も丹念でわかりやすい。図書選択論に詳しい向きは、日本ではこの領域の史的概観はともすると混乱しがちだから、そこから読むとこの論文に入り込みやすいかもしれない。
 その分析を踏まえて、春季学会にて発表された第3章「「選書ツアー」をめぐる新展開」、第4章「「潜在的要求」及び「選択」の再検討」に連なる。

 当ブログでは船橋事件の口頭弁論を、歴史的観点から長く扱ってきた。判決が孕んでいると見られる法学的な問題に切り込んでいないが、一方、別の観点についても述べておきたい。
 即ち、「図書館員として、船橋事件をどのように捉えてよいのか」という図書館員なら誰もが考える平明な疑問もまた、生ずると思うのである。
 単純に言えば、こういうことだ。

  • 船橋事件は「特殊な事例」として封じ込めておしまい、にしてよいのか?
  • 仮に特殊な事例であったとしても、西尾口頭弁論で指摘されるような、一般市民からの図書館員の選書への疑問に対して、図書館員は自信をもって強力な回答をすることが可能か?

 自分は本論文には、これらの疑問への解答の一端が含まれていると思う。
 図書選択論を再整理し、「選書ツアー」に端を発した図書館員の反応を分析、「潜在的要求」の観点から検討したこの論文は、現在の日本の図書選択の実務が陥っている構造と、打開への途を冷静に提示していると感じる。

 特に、第4章のまとめの描写に、穏やかにしかし強く表れている視線、「図書館は社会的価値を押し付けている制度である」という視線は、筆者は強い共感を感じている。本論文の著者や筆者にとっては、冷厳な「認識」である。本論文の著者が示すように、その上で「妥当な選択とは何か」を探ろうとする姿勢こそ、前向きな態度と言えるだろう。
 そしてまた、第5章・結論において、正当性を説明するために提示すべきとしている、従来の要求論が切り捨ててきた「(資料提供の)目的の設定」もまた、筆者にとっては頷けるものである。

 論文紹介の記事としては、以上にておしまい。続く部分は、個人的備忘として。

|

« 「GHQ没収指定図書総目録」の後日譚(3) | Main | 安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(2) »

「図書館」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50734/5648342

Listed below are links to weblogs that reference 安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(1):

« 「GHQ没収指定図書総目録」の後日譚(3) | Main | 安井一徳『公共図書館における図書選択の理論的検討』を読む(2) »