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2005.07.31

船橋判決の違和感の所在、第一印象として

 この蔵書廃棄判決の違和感は、著者の被侵害利益に注目して判決を導いていることにあります。

・著者(上告人)の被侵害利益は、図書館員、図書館、政府(自治体)とどのような関係にあるのか?裁量の問題。
・著者の「表現の自由」は、公立図書館に及ぶと簡単に言ってしまっていいのか?public forumとか。
・認められた「法的利益」は、請求権的な「権利」なのか?二つの自由。

 細かい話をする前にまあ、これだけは言っておこうか。
 勝訴は勝訴。でも、ネット上で巷間右よりの人々が単純に「勝って当然だろ、左巻きメ!」なんて言っている輩はそれこそ判決の何を読んでいるのかと…。右巻きと言ってやればいいのかな?リンク(2)に上げたいくつかを読んでもらいたい。

 ともかく、誰に勝ち、何の利益が認められたかをきちんと検討すべき。さもなければ、『石に泳ぐ魚』同様、事件の特殊性に呼応した限定的なものと考えるか。
 判決で言っていることそのものは簡単なんだが、判決があまりに著者の利益に着目しすぎている印象だから、論理を全体として見ると杜撰なことになっている気がする。

 口頭弁論では、表現の自由と民主主義の問題を高らかに謳ったが、それと本件の図書館員・図書館・政府(自治体)の関係が、混乱気味だ。著者の表現 にとっては、問題を起こした図書館員は罰せられて当然だが、図書館や政府との関係においてどうだったのか、という点がわけがわからない。だから、なんで GHQの没収図書目録の話なワケ???という感想になる。著者の抽象的な「表現の自由」に軸を置きすぎだ。
 結局言いたかったのは、弁論自体では述べなかった「法匪論」だろう。下級審同様、法的に実質的な侵害を認めないのでは、裁判所の意義がないだろうが、と(リンク(1)の西尾氏発言参照)。
 判決は、著者の法匪論にひきずられて、安易な論理構成をなし、射程がよくわからない公立図書館の規範的判断を導いたように思われるのだが。

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