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July 2005

2005.07.12

ある図書館司書の死

 週末に一家揃って帰省した。
 6月末から残業もしているし、疲れている。のんびり一泊二日、さっと帰ってくるつもりだったのだが、結果的に先週から月曜にかけて、相当に大変だった。
 本来の帰省目的には参加できずに、おまけのはずの実家PC2台のメンテナンスに追われてしまって、何のために帰ったんだかわからなくなってしまった(1台は増設作業中に致命的な損傷を与えてしまい、結局マザーボードの交換に至る―救援に来てくださった親の知人より代替品提供、助かった)。
 滞在は二泊三日に延びてしまったが、まあPCの方はひとまず決着がついたからいいんだけれども。
 その後の出来事を書く。自分の心の整理のために。

 昨夕、疲れきって帰宅。メインのMacを起動、メールを落として驚いた。
 知人の図書館員M氏が自死したという。短報だったのでその初報をくれたMの同僚であり、自分が尊敬する大先輩のオジサマTさんと、もう一人やはりMの同僚でMや自分と同世代のYと連絡をとって確認した。
 本当だった。

 M氏とは、自分が転職を考えていた頃、同じ図書館を受験して面接で一緒になり、自分が敗れたという間柄だ。その図書館にいるのがTさんやYということになる。
 その後Tさんを介して、M氏と一緒に飲みに行った。自分を抑えて受かったんだから、その分、自分で好きなように、しかし図書館をがんばっていってほしいと伝えた。また、この図書館に奇しくも新しい縁ができたと、自分は喜んだ。

 亡くなった状況を聞くと、職場から帰宅後、遺書も残さずに亡くなったのだという。この春の異動まで2年ほど不本意な配置でつらい思いをしたそうだが、原因はもう、わからない。
 最初に聞いたとき、よくない死に方だと思った。これでは、何にも残らない。ぽっかりと理不尽な気持ちが残って、縁遠い者ほど忘れていく。

 Yは数少ない同世代として一緒にがんばっていきたいと思っていただけに、くやしいと言っていた。亡くなる直前まで一緒に仕事をしていて、そんな兆候も見出せず、まさかと思ったそうだ。
 Tさんは、M氏の専門が活かせるよう関係する知人に連絡をとっていたところだった。最近元気がないと思っていたところ、間に合わなかった、残念だと言っていた。
 残された者、とりわけご家族の方はやりきれないだろう。

 知人に連絡を取りながら、やりきれなさからだんだん、腹立たしさを覚えるようになった。
 発作的だったのだろう。
 しかし、しかし、どうしてそんなことに。
 自分も、ここ数年、職場で苦しい思いをしてきて、やっと春からがんばろうと思っているところだ。かつては体調をひどく崩したりもしている。
 また、コイツ仕事できない、しないよなあ…なんて感じる人間も平気で生きている。人生思うようにいかなくて、つらくて、心のバランスを崩しながら、何か生きがいを探して見つからなくても、死を選ばずにただただ毎日を生きている者もいる。

 当人のつらさは、わかるとは言えない。わからないかもしれないが、わかってやりたい、寄り添ってやりたかったとは思う。
 つらさが君自身にしかわからないとしても、まだ君はほかの人に比べたらいくぶん、勝者だったかもしれないじゃないか。
 子どもが生まれて、3年。実家くらいしか往復できず、ほかに不義理をしてきたツケがまわってきたとも思った。
 会って話をして、君は自分をおしのけて入ったんだ、ということを思い出させてやりたかった。君とは違うかもしれないけれども、自分だってつらい、長い時間があったんだということを言ってやりたかった。
 淡々と毎日を過ごすだけでまずはよかったんだ。もうそんな話もできやしない。

 しかしもう、忘れざるをえない。自分は、いまの日常を生きていくだけで、いまは精一杯だから。
 納得してこの世から送ることができないから、自分の中では、悲しい、死んだ思い出にしかならなくなってしまった。試験に落ちたこと、自分を心から笑いながら話すことができなくなってしまった…。
 今日からは、もう、日常を生きて、生きようとしていた自分がいた。そんな自分や君のことが、悲しかったり悔しかったりするけれども、何も遺してくれなかった君にいつまでも思いをはせていても仕方がないから、忘れるしかないんだよ。

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2005.07.14

30,000 hit!

 本日22:30少し前、30,000hitを達成した。
 今日出た最高裁の判決のせいで何だかアクセスカウンターどころじゃないようにも思うのだが、例によって節目は節目なので記録しておく。
 20,000 hit!のときと同じ点もあるだろうが、ここのところのアクセス解析を見ていて感じていること。

・常連さんがすこーしずつ増えているらしいこと。
 検索エンジンの結果からではなくて、「ブックマーク」や特定のサイトのリンクから跳んでこられる方は確実に増えておられるようです。
 固定読者の存在は嬉しいです。

・検索エンジンを使って辿り着かれる方も、検索語が分散している。
 検索語があまり集中しません。上位にくる語は日によって違いますし、過度の集中、偏りはほとんどないです。
 記事(サイト内の収録語彙)が少しずつでも増えたせいもあると思います。

・平均100カウント/日。
 更新していない時期であっても、にもかかわらず、100弱。週全体で見ると平均値はあまり変わりません。
 これまた常連さんと記事が増えたせいですね。

 自分はRSSリーダは「Myニフティ」の機能をそのまま使っているだけなので、詳しくはわかりませんが、トップページの記事の配列順、関係ありますかね。
 自分はRSSリーダ機能では、各ブログの最新2記事のタイトルを表示させておいて、更新があったところしか直接訪れることがありません。
 この半月ほど更新がなかった時期でも常連さんにほぼ毎日クリックしていただいていたのは、自分のブログが最新の記事を下に置いているせいでしょうか?

 29,000前後から、どのくらいの期間で30,000にいくかなと思って見ていました。先週、「日に100のペースだと今度の週末か、更に翌週の初め?」と予想していたんですが。
 今日の11時台はいきなり50超のカウントですよ。
 いやー、ほんと気まぐれですね。300を越えるのは久しぶりか初めてじゃないかな。昔は多いときは約200のアクセス数があったようにも記憶しています。一日当たりのアクセス数は最後は新記録行くかもしれません。日付が変わったら、あとで追記しておきます。

 改めて、御礼とご挨拶を。
 みなさん、ご来訪ありがとうございます。
 よろしかったら、ぜひほかの記事も読んでみてください。私的な備忘が中心ですが、何かしら興味を覚えていただければ幸いです。
 当人としては、酒とMacとホームズと、図書館の話題は何かしらつながっているので、続けて読んでいただけるとまたおもしろみも広がるかと思います。
 ではまた。ほかの記事にて。

追記:7/14だけで、414ヒット…もちろん新記録です…。どうなってんだ…。
2005.7.28追記:7/15の438ヒットが最高記録でした。先週はほぼ200ヒット超/日で推移。週末に入って落ち着いてきています。

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2005.07.15

船橋市西図書館蔵書廃棄事件・最高裁判決傍聴記

 昨日10:30に開廷し5分ほどで閉廷した上記判決の傍聴に、私も行ってまいりましたので報告をば。既にLibrary & Copyrightにて傍聴の記録が出ていますので、補足がてら、だらだらと。
 ほか、以下私の巡回先にてもコメントが出ています。本家西尾幹二氏のところには、まだ昨日13:30より記者会見を行う旨の「緊急のお知らせ」が出ているばかりですね。どんな記者会見だったのかなあ。

 愚智提衡而立治之至也:独断廃棄は著者の利益侵害
 Copy & Copyright Diary:[図書館]蔵書廃棄

 とりわけ後者のコメント、著者に法的利益を認定するというところに違和感を感じておられる点にはまったく同感です。西尾氏の戦術に横尾裁判長らはうまくはめられたというところでしょうか。
 あとは前者のコメントでも論じられているように、この判決が判例として一般化される範囲がどの辺までか、ということになりますね。

 では、だらだらと。
 小雨まじりの中、開廷15分前、10:15少し前に行きましたところ、傍聴バッジは10番。弁論のときより少ない…。やっぱりかと思いました。トクトクと説諭風に判決(とりわけ「理由」の部分)を口頭で読み上げるのは普通ではない例なので(オウム裁判とか)、弁論のときよりも実際に聴きに行くメリットは少なく、どうしたもんかなあと自分でも思っていたのです。
 今回最終的に足を運んだのは、次のような理由からです。

・弁論の続きで裁判手続に興味があった。
・図書館が日本の司法の場で定義される歴史的瞬間に立ち会いたかった。
・裁判記録がもらえないか(電話で問い合わせてもよかったが)。

 結論的には、Library & Copyrightで紹介されているように、二つの文から成る主文が宣明されただけです。

 最高裁裏手の南門に5人ほどが固まっていたのは、司法修習生だったことがロッカー近くで所持品検査をしているときにわかりました。
 彼らをやり過ごして構内へ。たまたま一緒に入構される方に「10番って…関心ないんでしょうかね。右でも左でも、興味もっていいと思うんですけどね」と話しかけました。「それよりも裁判所の前近代的なやり方は昔から変わらないね」と気さくに答えてくださったこの方は、あとで「傍聴人経路」と書かれた札を見て「おーい、私は上告人、当事者なんだけどな」とブツブツ仰ってました。
 第一小法廷に向かう一団がまとまると、職員の方に連れられて移動。途中、ほかの方がお手洗いに寄っている間に裁判記録そのものは入手できないことを確認。関係する内容はのちほどまとめます。

 法廷前の廊下には、報道関係者がけっこういました。
 入廷してみると、入り口のそばに4台ものカメラが正面を向いています。判決前に「撮影を終了してください」との指示があり、法廷から片付けられました。
 判決直前に数えてみると、

 上告人席   6名。
 被上告人席  4名。
 報道関係者席13名。
 傍聴人席  18名。

 傍聴人席には、司法修習生と、かの上告人等関係者も含んでいました。おっ、図書館学界では知った顔が。少し嬉しくなりました。

 廷吏の方が開廷を告げ、裁判官が入廷、全員起立して礼。事件番号と事件名が読み上げられ、判決。閉廷が告げられると起立して礼、以上終わり。

 どやどやと退出する途上、職員の方に再度いろいろ確認。主文よりも「理由」が大事、だからです。
 以下にまとめます。ご参考にどうぞ。

・裁判記録そのものは、これから当事者・報道関係者に配布される。
・裁判記録は裁判所の担当係に問い合わせれば閲覧は可能複写は不可。もちろんこの時点すぐにはまだ無理(当事者がもらう段階でしかないんだから…)。
・夕方にはホームページで見ることができる予定。今回のような、弁論を開いた裁判は「乙」部というが、ホームページで公開されることが多い(弁論を開く=原審破棄が多い=理由の提示、だからか?)。ということで、リンクはこちら

 さっそく昨日のうちに、法律にも詳しい知人をつかまえて、いろいろ検討しました。そのネタ、頭にまだ残っていて記事に仕立てられたら近日中に出しますね。但し、話をした時点では彼もネット上の新聞社ニュースを読んだだけなのでご了承を。
 ただ、残念ながら、自分の見たところ、ネットに出ている「理由」じゃ、かなり論理の飛躍がありますね。これはもしかすると内容は別として、トンデモ論理構成の判決なんじゃないのか???まあ、最高裁の判断で西尾センセたちが勝訴したことは間違いないので、ああだこうだ言っても詮なきところもありますが。でも、これって口頭弁論がどう反映されているのかよくわからん…。

 新聞各社のネットニュースのうち、比較的わかりやすかったのがMainichi-INTERACTIVE
 高裁差戻にしたということは、賠償額の算定を高裁で行うためなのだ、とちゃんと解説あり。金銭換算できる実体的な損害、法的利益を認めたということがはっきり書いてあって、普通の人にもわかる。よいと思いました。
 これまでだって西尾氏は自分の弁護人に「実質勝訴でしょう」と言われて頭にキテ、最高裁にも読んでもらえるように本を書いたくらいなんだから。

 とりあえず、判決当夜の傍聴記を以上で終わります。

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2005.07.19

滞っています。または、書こうと思っていたこと。

 ※実際は7.20に掲載。ただ、文脈上、昨日付で掲載予定だった内容ゆえ。

 6月から仕事や家族に気がかりな問題がたて続けに起こり、ブログの更新自体が滞っています。
 ことに、コメントやトラックバックいただいても何の反応も返してないものが多く、申し訳ないことしきりです。。
 やっぱり自分の中の優先順位は、一に家族との生活、二に仕事、三以下にブログになってしまいます。一と二はまずはまわしていかないと生活が成り立たない…。具体的には書きませんが、二だけでなく気がかりだった一にまで浸食が来て、かなり苦しい状態になってしまいました。8月中になんとかなればいいんですが…。
 でも、趣味や学問等々と同様、生活に直結しなくても、家族や職場とは別の、自分一人の思考をどんどん書き記しておきたいという欲はあるんです。
 このエントリでは、まだ書けるうちに、お詫びと、書くつもりでいた内容を項目立てして備忘しておきます。

 7.12.の記事は、さすがに吐き出してしまいたいと思って書き出したものですが、ムムリクさんやMIZUKIさんには配慮のあるコメントをいただきました。ありがたくてレス、すぐに書いてみてはいるものの、うまくことばにできなくてコメント付けないままになっています。落ち着いてことばにするのはいまは難しいかもしれません。

 また、船橋西図書館裁判では、判決の傍聴からブログに復帰もしたいという気持ちもあったのですが、結局続かず…。
 「西尾幹二のインターネット日録」からトラックバックをいただき、さらに管理人の「年上の長谷川」さまより以前の記事にコメントいただいています。
 筋論で言うと、この話題については、次の記事を書く必要があると思ってはいます。

・GHQ没収図書指定目録の、図書館についての文献紹介(判決後に書きますと言ってましたので)。
・判決についての自分なりの感想。

 余裕があれば長谷川さまのコメントに返しておきますが、投げていただいた話題に対応する興味深いネタが最近手に入りましたので、そちらを優先して書くつもりです。

 さて、ひと月ほど前から記事にするはずだった、ほかのネタ。思いつくままに書いておきます。

・法学教室の連載、長谷部恭男「Interactive憲法」がおもしろい
 「真理がわれらを自由にする」と政教分離を検討した際に、知り合いに紹介してもらった連載。
 ここに興味深い回があって、そこからつなげて、次に。

・石川健治『自由と特権の距離―カール・シュミット「制度体保障」論・再考』を読む
 制度的保障の問題は、著作権を話題にしたときにひきましたが、この本は、日本の通説が移入元のドイツで既に元の考え方が誤解されている。その考え方を提唱したカール・シュミットまでさかのぼって再検討するものです。
 でも、積ん読状態。
 私見では、著作権制度だけでなく、図書館制度自体、様々な利益の制度的保障である側面が実は大きいと思っています。そのため、きちんと読んでおきたいと思っているのですが…。

・「ちびくろ・さんぼ」異本を読んで
 岩波版「ちびくろ・さんぼ」が復刻されてから、関連する話題は、葦岸堂さんのところをはじめ、興味深いものが多かったです。
 自分もかつて小さかった頃親しみ、実家に残していた岩波版を取ってきたのですが、学生の頃に「さんぼ」絶版事件が起こって、図書館での問題として考えました。その後も『さよならサンボ』『サンボよ、すこやかによみがえれ』辺りまでは追っていて、復刻された原書・忠実なる翻訳本も購入してあります。
 今回、興味をそそられたのが、心理学者・森まりも氏の『チビクロさんぽ』の出版の是非を問うた電子討論を本にしたものです。そこから、久しぶりに各種異本を取り寄せて、読んでみました。

・5月辺りからの日本酒の記録。最近の取材本の感想と併せて。

 ああ、まだ何かあったはずですが、出てこないや…。出てきたら、書き加えておきます。
 でも、ちゃんと書けるかなあ(泣)。

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2005.07.20

船橋西図書館判決:最高裁にHP掲載判決を聞いてみた

 船橋西図書館の判決については、法曹界からのコメントも出ていますね。その中には「最近重要な判決が続くので…」と述べているくだりもありますので、本記事はいささか乗り遅れの気味もありますが、法学の基礎としてひとつ確認したということを備忘、共有したくもあり立てることにいたします。
 あ、もちろん、上記判決の有効射程をきちんとおさえるための作業過程です。
 事前の「お勉強」は、指宿信ほか監修『リーガル・リサーチ』日本評論社,2003。最高裁に電話する前にかなり詳しい知識が得られました。

 最高裁の判決といえど、すべてが「判例」としての効力をもつとは限らないわけです。
 また、「判例集」と呼ばれるものも、最高裁の公式判例集(いわゆる民集、刑集)のほか、官公庁が刊行している判例集、民間の法律・社会科学系の出版社が刊行している判例集もあります。
 判例は、法律(制定法)・慣習法と並ぶ法源とされますが、何が判例として有効かは、実際にはその後の同種の事件の判決がどれだけ参考にするかでしょう。
 その中で最高裁の判例集がなぜ重要であるかといえば、裁判所の中でも最上級の裁判所の法解釈には、通例はその後の下級審はその判断に従うべきものである(拘束力がある)からです。
 ちなみに、最高裁が出している判決録は実は2種類あります。『最高裁判所判例集』(民集・刑集が合冊)と『最高裁判所民事裁判集』『最高裁判所刑事裁判集』です。前者は、最高裁判所判例調査会が重要な判例として選んだものが掲載されています。後者は、前者に掲載されなかった裁判でも、後日参考になると思われる判決を掲載しています。しかし、最高裁の部内資料で市販されていないそうです。詳しくは『リーガル・リサーチ』をご覧いただきたいのですが、ポイントは前者が有名な最高裁の「公式判例集」だということです。

 最高裁に電話して、お伺いした点。
 HPの「最近の最高裁判決」と「最高裁判例集」の違いについて。
 「ホームページについて伺いたいのですが」と交換の方にお伝えしましたら、係の方が出ました。

 「最近の最高裁判決」は、最高裁の判決すべてが掲載されているわけではないこと。掲載の基準は、各小法廷が判例として重要であるかどうかを決めていること(これは下級審についても同様で、各裁判所で判断しているそうです)。公式判例集『最高裁判所判例集』に掲載されるとは限らない、ということです。このページからは4ヶ月で消えてしまいます。

 「最高裁判例集」は、電話では『最高裁判所判例集』と内容は同じですかと訊くと、そうだと言われたのですが、『リーガル・リサーチ』によれば、正確には少し違います。上記公式判例集と、「最近の最高裁判決」に掲載された6ヶ月分の判決文を併せて検索できるそうです。再度確認しておきますが、この記述からすると、公式判例集と「最近の最高裁判決」とは違うということです。

 また、「最近の最高裁判決」は、要旨ではありません。全文です
 いくつかのHPでは、船橋西図書館事件の判決を「要旨」としてリンクを貼っているものがありますが、これは誤りです。
 ここは係の方に何度か尋ねたのですが、傍聴に行った折に聞いた、当事者と報道関係者に渡された判決(裁判記録)は、このHP「最近の最高裁判決」と同じだと言っていました(05.7.31追記。当ブログ内関連記事。上告人の井沢氏のサイトで公開されています)。
 ただもちろん、『リーガル・リサーチ』によるとやっぱり違いはあるようです。「最高裁判例集」は、「印刷体の(公式)判例集に掲載されている当事者の名前、上告理由書及び原審の判決文は収録されていません」とあります。「最近の最高裁判決」もこれに準じているのではないでしょうか。

 『リーガル・リサーチ』によると、公式判例集は判決から6ヶ月から1年後に収録ということになり、オーソライズされたものとして確認するにはかなり時間がかかってしまいます。
 しかし、最高裁第三の判例集といえる月2回刊の『裁判所時報』が重要判例を判決の1ヶ月後に掲載、「民集・刑集の速報として利用することができる」ともあります。『裁判所時報』と公式判例集の収録件数とを比較したことがある方、どの程度差異があるものなのかご教示くだされば幸いです。

 図書館屋としては、今回の判決は公式判例集に掲載されるだけのインパクトはあるんだろうなあと思ってしまうのですが、法律屋さんにとっては実際どの程度の重みをもって受け止めていただいているのか興味深いところです。
 ネットを徘徊していて見つけた記事もありますので、近いうちにリンクをまとめたいなーとは思っています。
 図書館界としてはおおむね、最高裁で公立図書館の役割について規範的な概念が提示されたことは大きな意義があると評価していると考えてよさそうです。日本の図書館界にとって歴史的なものとなったということは言えるでしょう。
 判決についての印象批評はまた別途。どうにも歯切れが悪くてすみません。

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2005.07.22

船橋判決関連リンク(0)

※7/31に書いています。

 7/25-7/29付の記事、関連リンク(1)-(3)をどうにかブラウザのブックマークからまとめてから、判決が出た直後に対応があった肝心の図書館関係者のリンクを忘れていることに気がつきました。特にgomameさんのLibrary & Copyrightの迅速で的確な記事群はリンクをまとめておかないと。
 普段RSSで頻繁に確認しているので、自分にとっては当たり前になっていたんですよね…お世話になっているのにすみません。以下、再録も込みで。

 Library & Copyright
最高裁、破棄差戻し(船橋市立図書館蔵書廃棄事件)
判決文が公表(船橋図書館蔵書廃棄事件)
今朝(7/15)の朝刊各紙(船橋市立図書館蔵書廃棄事件)
著作者に「権利」が認められたのでしょうか?
国会図書館「児童ポルノ」閲覧制限(朝日2005/7/17)

愚智提衡而立治之至也:独断廃棄は著者の利益侵害
愚智提衡而立治之至也:独断廃棄は著者の利益侵害:続き
愚智提衡而立治之至也:独断的な評価や個人的な好みにとらわれることなく(^^;)

Copy & Copyright Diary:[図書館]蔵書廃棄

葦岸堂:児童ポルノ検閲官としての図書館員

 各紙へのリンクが含まれています。論者によって関連づける話題にも違いあり。

【2005.8.15追記】
 図書館関係者の記事の追加。
Copy & Copyright Diary:[図書館]日本図書館協会の声明
日々記―へっぽこライブラリアンの日常―:今更、船橋市立図書館蔵書廃棄事件に思う
葦岸堂:船橋事件へのJLA声明

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2005.07.25

船橋判決の話としては、まず…(1)

※7/30に書いております。

 この最高裁判決にこだわり続けるのもこのブログ本来の姿としてはどうかと思う、なにより疲れる。疲れるって何がと言えば、自らが発する問いにすら答責を負える充分な、書く力、思考の深さをもっていないからだ。それに、ほかの記事も書きたい。
 しかし、時間はかかっても自分なりのけじめはつけたいとは思っている。ほかの記事につながっていないこともないからでもある。まあ、船橋判決からつなげたくはなかったりして…。

 さて自分が巡回しているブログ等々から見るに、常識的な図書館人のスタンスは、既にほかの記事で触れたように、次のようなところだろうか。

1.事件を引き起こした司書の行動は問題であった。異例、という判断が多い。
2.したがって、今回の判決は全体、結論としては是認できる(下級審の評価は評者によって分かれる)。
3.理由部分に公立図書館の公的な規範的評価が出たことは画期的。
4.ただし、著者に図書館に対するある種の法的利益を認めたことについては、疑問符がつく。

 以上の感じ方は全般に自分も同感できる。
 自分が問題にするのは、丹念に見ていったときに感じる妙な「差異」となる。

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2005.07.26

船橋判決の話としては、まず…(2)

※7/30に書いております。

 しかし、改めて確認すべき点は確認を。
 上告人側の論理を補強する点をもきちんと指摘しておくべきだろう。

・上告人「実質勝訴」「勝訴の見込み」と言うが、差し戻し審でひっくり返ることはほぼあり得ないので、上告人勝訴である。単に最終的な結論(損害額の算定)が出ていないので、「実質勝訴」という表現が誤っていないだけ。ちなみに、上告棄却をしなかった段階で勝訴の見込みは高かった。おそらく口頭弁論の段階で既に、最高裁(第一小法廷)は、「表現の自由」という重要な権利に関する判決を出しますよ〜という、パフォーマンスの色合いが強かったのだろう。

訴訟の正確な構図は、図書館を管理する自治体(政府)対著作者。実際に廃棄をした司書当人に対する上告は、既に処分がされているという理由で棄却されている(から、ややこしい…)。司書が裁かれたと取るのは勘違い。問題司書に対する判断は既に下級審レベルで下っているのだが、上告した理由は「原告の訴えの利益が法的評価の対象にならない」ために敗訴となったことにある。

上告人は何に勝ったのか?―公立図書館と、自治体である。著作者として。←ここがポイント。最高裁判決がどんな規範的判断を下したのか、丹念に見ておく必要がある(といっても、肝心の部分が短くて…それ以上ではありえないのが困ったところだ)。要するに「著作者として不公正な取り扱いを受けない人格的利益」が認められた、と言えようか。判決の該当部分を本記事末尾に引用しておく。

・繰り返しておくが、公立図書館=政府を相手取った蔵書廃棄訴訟はいくつかの類型がアメリカであることが既に紹介されており、これらは「図書館の自由」に関する裁判事例として認識されている(結論は事件毎の事実によってブレがあるが)。本件がこれに該当することはもちろん間違いなく、筆者も理由部分で公立図書館の規範的な役割について論じられていることが評価されてよいと考えている。問題は、最高裁が結論を導いた論理と背景に違和感があるのだ。

 以下「平成17年7月14日 第一小法廷判決 平成16年(受)第930号 損害賠償請求事件」より引用

公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは,当該著作者が著作物によってその思想,意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない。そして,著作者の思想の自由,表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると,公立図書館において,その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は,法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり,公立図書館の図書館職員である公務員が,図書の廃棄について,基本的な職務上の義務に反し,著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは,当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。

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2005.07.27

船橋判決関連リンク(1)

※7/30に書いております。

 自分で語るよりも早いところもありますので溜め込んでいたリンクを整理してみます。

○上告人のお一人である西尾氏の下級審への評価と、呼応する言論活動。

西尾幹二のインターネット日録:船橋西図書館・焚書事件 最高裁で逆転勝訴の可能性が見えてきた(二)
新春会談

 最高裁判決の文脈を読み解く上で参考になる。

○最高裁判決に際して上告人、西尾氏と井沢氏のコメント記事。

西尾幹二のインターネット日録:最高裁判決
 本文そのもの、勝訴した上告人のコメントがもちろん大事ですが、コメント欄に上がっている内容もこのところ盛り上がってましたねえ。

井沢元彦の書斎:今月のコラム#003「船橋焚書事件」最高裁判決メモ(一部抜粋)
 文中「本最高裁判決の画期的意義」の「上告受理申立理由書4頁では次のように主張した」とある部分が大いにひっかかるところなんだよなあ…。
 なお、コラム#004,005は「「船橋焚書事件」最高裁判決全文(上)(下)」。ほんとに最高裁HPと同内容ですね(当ブログ関連記事)。こうした情報公開や意思表示という点で、今回の上告人の方々はフェアで、敬意を覚えます。
 まあ訴訟当事者のコメントには、我田引水的な主張が見えてきてしまうのはしかたがないことなんですが、それがまかり通ってしまうようではまた困るんですよね。

 井沢さんのサイトの掲示板「とまり木」には判決に関するやりとりがあります。
 7/14-16,7/24を参照。「タイトルのみ表示」にするとアクセスしやすいです。国賠法の求償権についてのコメントあり。

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2005.07.28

船橋判決関連リンク(2)

※7/30に書いております。

○判決の射程の検討、特に権利性に関して
 「WaitingBar“Annex”」「言いたい放題」「猫の法学教室」はよく検討されていると思う。一読を。

IKIMONO net club:船橋市立西図書館の違法廃棄に関すること
 コメントも含めて読むと興味深い。

WaitingBar“Annex”:ビミョウ…(笑)って感じですが
 当ブログにもTBいただいた。

言いたい放題:[表現の自由][裁判]船橋西図書館焚書事件最高裁判決(2)
 この記事にTBしてある記事も参考に。

猫の法学教室:(掲示板)->憲法->公立図書館の図書廃棄事件(最高裁平成17年7月14日判決)
 掲示板ならでは。スレ主の考察・疑問は共感できる。

Mein Ort,Irgends:2005-07-14-2
 最高裁判決のいい加減な点を端的に指摘している。筆者の視点とは違うが。

Another Paper Chase:2005-07-14
 富山美術館コラージュ事件との関連させて整合性の必要を指摘。なかなかないが、きわめて大事な視点である。

書物蔵(しょもつぐら):「図書館現象」なんでも!: [図書館] 船橋西図書館の事件の陰で
 項を二つに分けて、「被告をビミョーに擁護する投書は…専門的には追撃となる」「価値論と要求論の闘争」とし、選書論に持ち込んだ議論をしている。ちゃんとした図書館人的な反応。

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2005.07.29

船橋判決関連リンク(3)

※7/30に書いております。

弁護士 落合洋司(東京弁護士会)の 「日々是好日」:[民事判例]「つくる会」関係者著作の図書館蔵書処分は違法 最高裁
 弁護士さんのコメントとしては中身なし。見たとおりの判決、てことですかね。

大石英司の代替空港:最高裁、画期的な差し戻し
 少々ほかと毛色の変わったコメント記事。

とはずがたりblog: 船橋市立西図書館での蔵書破棄事件
 JLA出版物からとはいえ、国連人権規約Bや「知る権利」に振りまわされすぎという印象が拭えない。

○おまけ
ロリコンファル:船橋市立図書館に電凸してみましたよ〜。

そのほか、ひっかかってきたサイト。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/ghq1.html
http://miso.txt-nifty.com/tsumami/2005/07/post_990e.html
http://plaza.rakuten.co.jp/shibu2003/diary/20050718/
http://blog.livedoor.jp/lib110ka/archives/28194343.html

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2005.07.30

船橋判決についての語りかた、見取図。

※7/31に書いています。

 さて、まわりくどくも順序立ててきたつもり。

 「船橋判決についてはまず…(1)」では、図書館人の常識的な対応に代表させて、本判決の自分でも了解できる一般的な見解を提示、確認した。
 「船橋判決についてはまず…(2)」では、判決に関する言説の中で、混乱しがちな点を再度確認した。特に、対立関係の構図に意を払い、蔵書廃棄事件として一般的であり、反面どこが特殊なのかを見た。

 続く「船橋判決関連リンク」は、自分がオリジナルに語りたいことを絞るため、自ら語らずとも既に語られているものを紹介することにした。
 (0)は、判決直後の図書館人の反応だが、新聞記事などもよくまとまっている記事。
 (1)は、上告人の発信している情報源。資料としての位置。比較的上告人の意図が理解しやすくならないか。
 (2)は、判例評釈みたいなもの。判決自体が雑でも、論点がけっこう提示されていて、思考の素材は既に含まれていると思う。
 (3)は、その他。

 かくして、「船橋判決についての印象批評」に入るべきところ。なんですが、来週はまた余裕がなくなってきました。再来週になっちゃうかなあ…。まあ、ぼちぼちやります。好きでやってることですんで。

 考えている議論のレベルは、こんなところかなあ。議論、と言っても印象、感想をぶちまけるだけですが。

1.判決そのものと図書館学界の動向。
2.判決そのものと憲法学、特に精神的自由の積極的保障の問題。
3.判決とは別に、図書館というものについて。

 三番目は、内容から言ってGHQの没収図書目録の話に関係するので、先行しちゃうかも。

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2005.07.31

船橋判決の違和感の所在、第一印象として

 この蔵書廃棄判決の違和感は、著者の被侵害利益に注目して判決を導いていることにあります。

・著者(上告人)の被侵害利益は、図書館員、図書館、政府(自治体)とどのような関係にあるのか?裁量の問題。
・著者の「表現の自由」は、公立図書館に及ぶと簡単に言ってしまっていいのか?public forumとか。
・認められた「法的利益」は、請求権的な「権利」なのか?二つの自由。

 細かい話をする前にまあ、これだけは言っておこうか。
 勝訴は勝訴。でも、ネット上で巷間右よりの人々が単純に「勝って当然だろ、左巻きメ!」なんて言っている輩はそれこそ判決の何を読んでいるのかと…。右巻きと言ってやればいいのかな?リンク(2)に上げたいくつかを読んでもらいたい。

 ともかく、誰に勝ち、何の利益が認められたかをきちんと検討すべき。さもなければ、『石に泳ぐ魚』同様、事件の特殊性に呼応した限定的なものと考えるか。
 判決で言っていることそのものは簡単なんだが、判決があまりに著者の利益に着目しすぎている印象だから、論理を全体として見ると杜撰なことになっている気がする。

 口頭弁論では、表現の自由と民主主義の問題を高らかに謳ったが、それと本件の図書館員・図書館・政府(自治体)の関係が、混乱気味だ。著者の表現 にとっては、問題を起こした図書館員は罰せられて当然だが、図書館や政府との関係においてどうだったのか、という点がわけがわからない。だから、なんで GHQの没収図書目録の話なワケ???という感想になる。著者の抽象的な「表現の自由」に軸を置きすぎだ。
 結局言いたかったのは、弁論自体では述べなかった「法匪論」だろう。下級審同様、法的に実質的な侵害を認めないのでは、裁判所の意義がないだろうが、と(リンク(1)の西尾氏発言参照)。
 判決は、著者の法匪論にひきずられて、安易な論理構成をなし、射程がよくわからない公立図書館の規範的判断を導いたように思われるのだが。

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