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2005.06.28

ある図書館の使い方(7)―複写にまつわる二つのDouble Standard : 1

 (6)でシリーズの主旨はひと区切り着いているのだが、「複写」についても語るべきことが残っている。
 また、(5)で左近さんからいただいたコメントで論理の飛躍に気づいたと述べた。これは「貸出」だけでなく「複写」に関係している。
 これらを「複写」にまつわる「二つのダブルスタンダード」と称して、書いてみよう。ダブルスタンダードは上品に訳すと「二重の基準」だが、「二枚舌」とも言う。

 ひとつめのダブルスタンダードは、(6)の続きで、「繰り返しての貸出」を正当化する論拠。
 難ずるのは、著作権者を守っている"ふりをしている"図書館。もしくは、品切れ・絶版を起こしている出版者。

 これまでのシリーズで、「全冊複写」か「繰り返しの貸出」かの選択を迫られてしまうのは、いくつかの理由で「返却期限」が短い場合である、と述べた。それから前回、「繰り返しの貸出」って変なことかなあ?普通のことだと思うんだけど、ゴチャゴチャ言ってる人たちさ、ちゃんと説明してよ?と言いたかったんだとも述べた。
 この矛先を、図書館に向ける。
 だってさ、仮に「繰り返しの貸出」が変だ、おかしい、ということになるとするとだよ。利用者はどうすればいい?どうする?

 実際、何度も借りるのは面倒なんである。返却期限を気にしなければならないし。図書館という建物まで足を運ばねばならないし。
 「複写」してしまった方が楽だ。
 もしかすると、何度も借りる方が普通じゃないのかもしれない。殊に、研究費が出る大学図書館では複写した方がお得(もちろん、学費を払っているわけだからタダではない)。
 だとすると、図書館(殊に大学図書館)は、構外での私的複製を暗に認めているという疑念がわく。ダブルスタンダードというのは、この点だ。もちろん、部分的な複写がありうることは当然に考えられる。それくらいは著作権法の許容範囲だろう。
 しかし、特に入手が困難な資料の場合、コンビニコピーのお金をかけてまでも(東大本郷キャンパスの前にはコピー代の安さを競う看板が並んでいる)、「一回借りて全冊複写」する方が実は当たり前なんじゃないのか。それこそが、普通の「図書館の使い方」じゃないのか。

 図書館が、図書館自身が複製行為の主体として関わらない、構外での私的複製を暗黙の内に前提し、「貸出は全冊複写のため」と考えているとしたら。
 しかし、図書館員は考えないようにしているだけだ。図書館の構外の話だ、関係がない。

 自分は「繰り返しの貸出」を選択する理由として、著作権ではなく、むしろ資料保存の観点、それも共同所有の観点を挙げた。
 しかし、図書館自身が「繰り返しの貸出」よりも「一回借りて全冊複写」を前提しているとしたら、著作権どころか資料保存、共同所有の考え方を覆す可能性すらある。
 であればなおのこと、「繰り返しの貸出」の正当化を検討する意義はあろう。

 (5)のコメントで左近氏が特に指摘してくれたのが、資料の毀損についてであった。図書館という共同所有の資料(正確には図書館の設置母体の所有で「共同利用」)を、自らの所有物と同様に毀損することは、「私的な行為」だと言える。左近氏の指摘のとおり、「一回借りて全冊複写」と「繰り返しの貸出」とが、どちらが本当に資料を毀滅する行為なのかは判断が難しいのだけれども。
 著作権などよりも図書館本来の、共同利用を前提にした資料の使い方、という思考は、大事だ。よく「図書館と子ども」を話題にして「図書館は社会のルールに接する、教育するにもよいところです」という話がある。ウチの子にも、カウンターに「これ、"貸して"ください」「はい、カードどうぞ」なんてやらせてみているが、「ここに並んでいる本は何でも取っていっていいものじゃないんだよ」と説明が必要だ。「自分の物かみんなの物か」なんてことは子どもでも理解しなければならない、図書館利用のイロハである。

 ちなみに、上記のような困った選択状況を作っているのは誰かというと…必ずしも図書館ではあるまい。入手が困難な資料についてまで著作権を主張するのは、普通の利用者は理不尽だと感じる。著作権という考え方はあれこれ理由をつけて制定法の形になってしまっているが、それが正当な"法"であるかどうかはまた別の問題である。
 現行の著作権法で正確なところを言えば、図書館における全冊複写も従う「複製のための一般原則」では、著作権者の許諾が無条件に必要だ。そしてさらに、著作権は著作者の没後50年間有効である。財産権として、遺贈される。許諾のために著作権者、著作権の継承者を探す労力は、利用したい者が一律負担することとなる。
 そもそも入手できればいいのだし、許諾が容易に取れたらいいのだ。それを図書館だけに帰責するような問題として論ずるのはおかしい。
 現行では利用者は、選択肢に直面し、違法とは言えない枠内で工夫して利用するしかない。
 著作者・出版者には、著作を公けに問うたことによる、「製造物責任」は生じないのだろうか?(笑)もちろん、道義的にであれ。

 ああやっぱり長くなってしまった…もうひとつは次回。

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