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2005.04.13

「真理がわれらを自由にする」を検討する(2)

2.指宿氏の提言。

 かの命題の人称の問題を考えようとネットでこのことばを検索したら、指宿氏のブログと関係する記事がヒットした。これが、本連載の出発点である。
 Ibusuki blogで見つけたのは、米国における政教分離問題と国会図書館の問題とを絡めた記事である。

blog of Dr. Makoto Ibusuki:十戒と公共施設

米国の最高裁は、旧約聖書にある「十戒」を公共施設に掲げることが信教の自由を侵害するかどうか、審理することを決めた。

Supreme Court Takes Up Ten Commandments, Property Issues
http://www.law.com/jsp/article.jsp?id=1097510716480

Court to Rule on Public Display of Ten Commandments
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-scotus13oct13.story

日本の国会図書館一階には、「真理はわれらを自由にする」という言葉が掲げられていることはよく知られている。
これは、新約聖書 ヨハネによる福音書、8章32節からの「借用」だ。
聖書は、”われら”ではなく”あなた”になっている。もっとも、国会図書館では、日本語は変えているのだが、ギリシャ語も同時に表記しており、これは聖書の原文のままである。(国会図書館からの解説はこちら。)

はい、ローのひと、考えて。これって憲法20条3項違反か?

「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

 自分は「真理がわれらを自由にする」の問題を、「政府の言論」の問題としては捉えていなかった。指宿氏の記事は、恥ずかしながらこのことに気がつかせてくれた。
 つまり、本ブログで採り上げる「真理がわれらを自由にする」問題の重層性は、

・「図書館条理としての当否」 のほかに、
・「政府の言論でありながら、実際に多くの図書館員が信条としていること」
・「政教分離を孕む問題であるということ」

 さらに、1.で示した自分の考え方で言えば、図書館条理として考えたときに「われら」よりも「あなた」の方がいいと言うのだから、こうなると原語の聖書のことばの方がいいと言っていることになり、まったくややこしいことになる。
 自分の見解は、形式的には現在の形よりも宗教的言論の形がよりよく、かつその内容は宗教性というよりも図書館条理の上で理解したいという、その宗教にとっても大事な核を無視しようとするものだからだ。

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