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2005.03.31

図書館員と修士号

 数年間にわたるドイツ留学から学生時代の後輩が帰ってきてからしばらくになるが、ようやく電話で連絡がとれた。
 明日から始まる来年度は、共通の指導教官が停年退職される年だから、最終講義があるだろうし、退官記念の会もあるだろう。情報交換もしておきたかった。

 ドイツの大学図書館の話になった。
 「ひどかったですよ〜」。非正規職員ばかりで、サービスは悪かったそうだ。
 「アメリカは修士号もった司書がばかりだという話だけどね」と言うと、「カウンターに出ている職員全員がですか?それにアメリカだったら、修士なんてお金払えば取れるでしょう」。

 「ドイツに行った僕だってそうです。時間さえかければ取れますって。法哲学だと日本では博士号取れませんから…」。
 そう言う彼はアレクシーというドイツでは非常に高名な法哲学者の下に師事していたのである。彼の研究テーマはラートブルフを扱っていて、自分の目にはドイツ法哲学街道の本道まっしぐらに見える。
 まあ、いずれにせよ就職できたのは喜ばしい。基礎法学の世界では就職の口自体が厳しい。大学院進学時に先生も「就職は望めませんよ」と言うくらいだ。
 今春から講義を始めるというので、冷やかし半分に電話したのだが、順調な様子で安心した。それでも「就職なんてタイミングですよ〜。口があいているかどうかは偶然ですから、ラッキーでした」と言うのである。
 自分にとしては、彼のことは誇らしく思わせてもらう。彼は2年下の後輩だが、法哲学のゼミは自分が引きずり込んだのが縁だったからだ。勝手ながらそう思っている。

 しかし、アメリカの図書館員が修士号をもっているのは当たり前という話、日本から見るとただただすごいなあとよく思ってきたのだが、それも視点を変えて考えてみるべきなのかもしれない。話者自身は実体験から確実な体験談を語っているのだろうが、受け取る側は、きちんとしたデータに基づいた議論になっているとは限らないために、誇張が入ったり伝聞が重なって実は誤った理解がひとり歩きしてしまっているのではないか。
 自分の知り合いも、アメリカの大学院に図書館情報学で入学して、日本にいながらにしてe-learningのみで修士が取れてしまった。論文は書いていないそうだ。日本での図書館事典編纂の実績を単位互換にしてもらうなど、案外なんとかなってしまうというか、失礼ながら正直なところ、いい加減なもんだ。もちろん、リアルタイム・チャットでゼミをやるのに英語で対応するのは大変だろうとは思うけれども。
 日本でだって、昨今は図書館情報学会や情報メディア学会での発表はほんとに若手が増えてきて、小粒な発表をどんどんやっている。旧図書館情報大学や慶應義塾大学の大学院の図書館学修士号取得者が増えてきているからだ。日本の状況は、悪くはない。間口や視点が広がっている気がするし、社会人も受け入れていて、これからが楽しみな気がする。
 ただ、学会レベルはいいけれども、その裾野はというと、どうなんだろうなあ、と思うのである。

 本ブログではついこの前の記事で、研究者に対して「じゃ、研究ってなにやってんのさ」と批判をさせていただいたのだが、実務の世界でも、修士取得者であろうがなかろうが、図書館員は図書館員、変わるまい。
 修士号?だからって、何さ。修士ならなおのこと、いま何やってんのよ、だよな。

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