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2005.03.25

小千谷に行って来ました。

 週末、長岡の実家に帰省。再び、子どもと親一人での旅程でした(前回の記事はこちら)。家人が土日出勤のため、孫にベタ惚れの母に子どもの世話を頼む悪い親です。
 子どもは「Maxとき号でおばあちゃんちに行ける」ことと「(絵本に出てくる)駅弁が食べられる」ことが楽しみだったようですが、車内でひとりで付き合う親の方は昼寝もしてくれないので、少々げっそり。
 しかし二人で新幹線窓外を見ていて、越後湯沢で軽い視覚的衝撃。またもや「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」。白主体のモノトーンの視野に、斜めに降る雪。長岡に着いてみると、晴れていたのですけれどね。
 着いてすぐに、雪遊び。先の記事にも書いたご近所のお兄ちゃん作成のかまくらが大きくなっていました。あとで人が集まるというので、床を深く広くする作業を手伝って、自分でも「ひとンちの雪掘り」楽しんでいました。
 たぶん、今週の気温と雨で溶けてしまったでしょうから、雪遊びをするにはちょうど最後の、いい機会だったと思います。

 翌日曜の午後には諸々理由があって一泊で帰宅する予定だったので、その午前中に父に頼んで小千谷に車を出してもらいました。父はついでに震源地の川口方面も行こうと言って出ました。
 地震以来、初めての小千谷行きです。
 実は小千谷は、自分が幼年時代を過ごした街です。はっきり書けば、両親が共働きだったために生後ご近所のおばあちゃんに預かってもらい、慈眼寺の隣の小千谷幼稚園に通い、市の総合体育館の隣の小千谷小学校に入ってから引越、転校しました。長岡に母の実家があったものですから、自分の「おばあちゃんち」に行くときは、あの崩落があった妙見堰のトンネルを通過する内側からの映像は当たり前のことのように視覚に焼き付いています。
 今回は、報道やネットでしか知らないあの小千谷を自分の目で見てみたかった。地震以来どころか、小千谷には中学に上がってからは訪れたことがありませんでしたから、もちろん変わったところがたくさんあるのは当然です。でも、変わらないところもたくさんあるようでした。それが、どうなっているのか…。

 幼稚園にまず行きました。幼稚園はなんと卒園式当日。なんだかラッキー。玄関から覗いた幼稚園のホールは覚えていたとおりで、正面の舞台では大昔なにかやった覚えもあります。園歌は覚えていなかったけれど、各クラスへ向かう廊下への入口に掲げられた園歌の額はそのままでした。
 隣の慈眼寺は雪で埋まっていましたが、ちょうど復興チャリティーイベントをやっていたので少しだけ寄付。時間とかちゃんと知っていればプロジェクトのシールも買ってきたんですが、正式な時間よりも早かったみたいです。
 そこから歩いていける市の総合体育館、隣の小学校に。小学校前には、引越直前の休みの日に、いじめっ子だったけれど仲は悪くなかった幼稚園の同級生と最後のお別れをした懐かしい記憶もあります。
 近くにあった小千谷市立図書館は休館日でした。

 魚沼神社を経由して、昔の住宅のあったところに。
 幼なじみの家に「30年前に○○ちゃんと遊んでいた者ですけど…」と顔を出したら、おばちゃんが覚えていてくれて、ひとしきりおしゃべり。
 隣の敷地が空き地になっていて1メートルほどの高さの積雪。その一画を指して、「地震のあと秋に新潟へ引っ越してしまいましたて」。この辺からだんだん、これまで知らなかった、雪の下に隠された地震の爪跡を目の当たりにしていくことになります。

 それから商店街、小千谷駅前を通り過ぎて震源地・川口へ。駅前くらいまではブルーシートの見えるよく知るような被災地でしたが、さらに上の集落へ。
 好天に恵まれて、魚沼三山がすばらしい光景でした。越後三山の名の方が知られていますね、(越後)駒ヶ岳、中ノ岳、そして八海山です。高校時代は登山部でしたから嬉しかったですよ。ああ、この風景を愛しているぞって心から思いました。
 子ども心に「小学校の校歌でいうほど小千谷から八海山って見えるのかなあ」と思っていたものでしたが、これならと納得しました(長岡からも見えるということも今回知った…恥)。
 しかし、美しい山々の遠景の手前、近景には、5メートルの積雪の下に崩壊した家屋があることは明白。白い雪は何もかにも隠してしまいます。本当に、心が痛みました。行く前から心が騒いだので、小千谷駅前で父に「なんで川口に行くのさ」と言っていたくらいでした。いまは雪の下にあってどうにも手が着けられませんが、雪解けとともに顕わになり、地滑りなどの二次災害が起こることは目に見えています。暗い気持ちになりました。

 センバ漬けを酒の肴にほしいと思ったので、小千谷駅前に戻り、土産物屋さんに寄ってずいぶん味噌漬けだの買い込んできました。センバ漬けは入手できず。工場のいくつかは壊滅しているとも聞きました。
 ちなみにここで購入した酒饅は最高にうまかったです。「しおり」から書き出しておきます。

 「酒饅頭ほくほく」菓子処さかたや(三島郡寺泊町)製造。
 北越北線開通記念に、「上善如水」と餡は県内産サツマイモ「ベニアズマ」を使用。

 酒を使った土産菓子でここまでうまいのは初めて。上善如水も酒そのものは酷評しか与えられないんだけど、これならいいです。
 自宅に帰宅してみると、土日出勤だった家人が高熱。というわけで、せっかく肴を買ってきたのに酒はお預け、今週はしばらく子どもの面倒を見ることになったという次第です。

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Comments

おつかれさまでした。
地震から5ヶ月すぎましたが、雪の下なので復興もなかなか進んでいないと思います。

「立ち上がれ!中越プロジェクト」のシールを見てこられたと思いますが、1枚のシールで1円の義援金になります。
今回は慈眼寺に100万円が贈られたとのことです。つまり100万人の善意の積み重ねによるもので、大変貴重な義援金です。
全国のみなさんの励ましは、本当にありがたいことです。

4月からは山古志村も長岡市になります。同じように越路町も合併しますから、久保田はこれからは長岡の酒になります。
時期は少し遅れますが、寺泊も長岡市になりますから、「寺泊海岸と良寛の里、長岡市へどうぞ」ということになりますね。

Posted by: かねこ | 2005.03.25 22:13

 かねこさまこんばんは。
 リピーター感想募集にも何か書いてくださいよ。図書館ばっかりがこのブログじゃないんですよね〜。

>「立ち上がれ!中越プロジェクト」のシールを
>見てこられたと思いますが、

 記事に書いたとおり、ちゃんと見てないんですよ。募金箱は慈眼寺復興のためとあったので、嬉しく思いつつ、わずかながら協力させていただきました。

>越路町も合併しますから、
>久保田はこれからは長岡の酒になります。
>寺泊も長岡市になりますから、「寺泊海岸と良寛の里、
>長岡市へどうぞ」ということになりますね。

 新潟市と接するという話はどこかで見ましたが、そういうことになるんですねえ。
 長岡で育った人間にとっては、寺泊や良寛さんには共感はありますよ。海や、絵本で…。
 しかし久保田が長岡の酒ってのはピンときませんね(苦笑)。地酒って感じがしないなあ。

Posted by: roe | 2005.03.26 00:46

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