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2005.03.30

図書館情報学批判(3) : 「電子図書館などの機械化技術」の逆機能

 単純なこと。
 「何のためのシステムか」。
 コストパフォーマンスを考えていない。

 以上。

 過去の記事において、機械検索の問題を採り上げ、システムが「情報技術」に過ぎないこと、図書館にとって必要と思われる認知型の「情報」との接点の問題には考慮が充分ではなさそうなことは既に取り上げました。学問の方法論上、欠陥があるということですね。
 追加して解説するまでもないような気もするのですが、この分野の研究者にはやはり現場からの声を知っておいてもらう必要があると思いますので。個人的には考えることすらしたくないのですけれども、何か伝わるように書いてみます。

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 すみません、以下はのちほど、元気があるときに訂正します。
 やっぱりこのことを一般的に語るのは、自分にとってトラウマを乗り越えること以外ではないですわ。無理はしないことにします。議論する前に現実を見ればわかるだろ!という状況をあまりに経験しすぎました。
 以下は書き流したまましばらく放置します。
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 コスト(資源)面と効果面とありますが、効果の方から説明します。

○効果面。

 「研究目的としての技術」としては了解できます。実験的な開発をやめろとまで言いません。うまく使えばよい技術なのでしょうから。
 しかしその技術の「道具性」や技術の「部分性」は、実務上問われねばなりません。サービス全体の中で、どのような効果を生むのか。どれだけの資源を投入して有効なのか。他のサービスとの整合性は。
 このような視点がないままに「電子図書館化」は現場で進められてしまっています。その慣性がどこから生じてしまっているかというと、対外的に現在の図書館は「わかりやすい実績」を作る必要があるからです。
 結果として、それが何のための技術であるのかという論を待たずに、事業目的化してしまいます。「機械化のための機械化」となってしまうのです。

 事業としての「電子図書館」を、端的な例として国立国会図書館で考えてみると…。

 無数のデータベースが乱立していることは、一見してわかります。
 データベースの問題点は、Google批判の記事で既に主要な主張は述べました。電子情報=認知的な「情報」ではないのですから、それだけでは「使えない」のです。
 そんなデータベースが、さらに無数に乱立しているということは、ユーザーに重心を置いた効率的なサービスモデルを「図書館としてもっていない」ということを露呈しているようなものです。

 また、電子展示というこれまた一見わかりやすい、一般受けしやすい事業があります。
 しかし、これはいったい「図書館の効果」を考えるとき、優先すべき事業でしょうか?もちろん、読み物、展示会として「物語として編集された資料群」を提示されることは、一巻の作品として満足度が高いでしょう。でも、「それだけのこと」ではないですか。
 図書館という制度は、ひとりひとりの利用者が、自由に情報を得るためのしくみであるならば(争うまでもなく自明のことです)、そのようなしくみに資源を投入する、効果を追求することが最優先なはずです。
 電子展示を始めとする社会的インパクトのある事業は、財政部門に対するアドバルーン以外の何でもないでしょう。そんなもののために、図書館本来の仕事があとまわしにされるとすれば、本末転倒です。
 実際の国会図書館の中での優先順位がどうなっているかは知りませんが、外に対するインパクトではそう見えます(話題になるのはデータベースと展示!)。同じ電子展示でも「日本の記憶」は、American Memoryが教育現場での教材として使われることを想定しているのとでは、まったく意味が違うでしょう。

 いったい、何をやっているんです?

 ○コスト面。

 「情報学」についての記事でも繰り返し触れましたが、とりわけ電子図書館の世界では、「情報」といったとき、情報科学、電子情報のそれをそのまま指してしまっています。
 これまた繰り返してしまいますが、認知型の「情報」観を忘れた開発は、「システム(機械化)が出来上がればそれでいい」と自己目的化するので、効果については途中から考えることを放棄します。
 そして、何が起こるか。
 恐ろしいことに投入する資源については…、効果は書類上のものとなって、予算要求が行われる。システムが出来上がること自体が目標となると、開発が進むにつれてシステムの要求仕様もいつの間にかどんどん削られていく。
 そこに費やされる人的な、組織論上の作業・調整の無駄。出来上がっていくものは…はたして役に立つんだろうか?
 以前の記事でも書いたことばを書きます。
 「何のために、何をしているんだろうか」。
 ただただ、虚しくなるばかりです。

 研究者に批判の矛先を向けたくもなります。外注の製品開発者だって、仕様調整に携わる者だって、使える道具が作りたいんです。
 だけど、そんなパッケージになっていない。
 電子図書館の研究者は、いったい何を研究しているのでしょうか?
 現場じゃ、電子図書館化と機械化って、同じですよ?????
 図書館情報学の「情報」って、電子情報、「機械化」のことなんですか?
 どこの会社でもやっているOffice Automationのことだったら、電子「図書館」なんて言う必要ないでしょう。

 別の話。電子展示の話をここでも。いま一度問いを発します。
 「物語」を作ることは、図書館の仕事でしょうか?編集作業には、専門的知識と労力が必要です。本を作るのならば、出版者になればよろしい
 出版者と同等の人的資源の投入は、その目標に視線を向けたときに疑念が起こります。「図書館が優先すべき仕事とは何か」ということを考えない思考が見え隠れしています。

○結論は、冒頭で述べたとおりです。
 図書館に関する(電子)情報技術の研究者のみなさん。海外の事例紹介も含め、図書館とは何かということをきちんと考えて提示してください。
 そして、図書館の経営者のみなさん。(電子)情報技術研究に振り回されないでください。

 コンテンツを作りゃそれでいいってもんじゃないんです。
 データベースは、丹念なデータ作成には人的労力が無視できないし、システム開発や運用に至るまで機械に振り回されるし。まとまったコンテンツはアドバルーン以上のものではないのに編集に投入するエネルギーは半端じゃないし。
 いまの図書館の「情報化」=ただの「機械化」にすぎないレベルのことをしているんだって、わかって、やってるんですか?紙媒体にして出版したら図書館の仕事として認められるかどうかわからないことをやっているってこと、わかって、やってるんですか?

 図書館がまずやんなきゃならない仕事、目の前にあるってこと、わかってます?
 「そこが、大事なんです!!!」
 図書館の本質的な仕事との関係がはっきりしない情報化=機械化なぞ、くそっくらえです。
 情報専門職としての図書館員はめざしたいですけどね。だから、システムだって勉強もする。

 でも、われわれはSEやプログラマじゃない。システム屋としての「情報」専門職が必要なら、また別の議論でしょう。そこで言う「情報」は、どう考えてもComputer Scienceの意味での「情報」であって、図書館学で言う「情報」ではありません。

 どうも、まとまりがないようですみません。まあ、本音が随分顔を出しています。記事としては失敗ですね。
 しっかし、図書館・情報学の情報科学部門の人たちのどうしようもなさは本当に情けなく思うなあ。「実践的な研究としてどうしようもない」「現場で役に立たない」って言っちゃ、間違ってますか?だから、「電子図書館」なんてもんに業界が振り回されるんだと思いますけどね。

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