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2005.02.23

図書館学と情報学、法情報学(8) : 図書館・情報学、ようやく

 やっと図書館情報学に話が帰ってきた。
 法学と法情報学、図書館学と情報学が不幸なのは、間にいくつも障害があるから。

・「電子情報」は、ただのデータである。
・「人間の知識」と関係する概念として「情報」を定義するためには、解釈や認識が必要。
・そこを埋める基礎情報学はまだ理論的に未成熟。
・情報を社会的に共有するための社会制度を根拠づける社会認識論が必要であるのに、これは「ない」。

 法学も図書館も、社会制度。
 扱われる情報も、最終的には認知型のモデルに帰着する必要がある。
 ところがこの間を埋めるものが不十分にすぎる。

 だから、結果的な状況として、社会制度としての情報認識モデルというより、安易な二極化が進むのではないか。図書館情報学の現在の潮流は、次のようなところだろう。二つが「情報」ということばを媒介に融合しているようにはとても見えない。

・電子情報・機械検索といった技術に偏った情報科学。
・それでも、図書館という社会制度を語る方法として。「科学的」理解のための経営学の導入(数値化という一種の便法)。もしくは歴史分析。せいぜいちまちまとした制度論である著作権法論。

 そして現場では、個々のレファレンス・インタビューなど受け身のテクニックが経験として蓄積されていくばかり。その実践が、社会的にどのような潜在的意義をもつかということがことばにされないまま…。

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Comments

まだ連載が終わってないので簡単に(茶々紛いに)。
・ 「情報」と「知識」を分けて考えたほうがいいんじゃないのかな? なんか「情報」という言葉が(少なくとも筆者自身による)定義もなく乱用されている印象を受ける。
・ 参考文献になるかどうか…まぁちょっと面白かったので。歴史モノなんで,受け取り方によっちゃ参考にならないかも:
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/419f9f237e8940106d2f?aid=&bibid=02252459&volno=0000

Posted by: ruck | 2005.02.23 03:33

しまった。斜め読みしてたのがバレる。あ,忘れてたけども初めまして。
> ・「人間の知識」と関係する概念として「情報」を定義するためには、解釈や認識が必要。
roeさんは「情報」を特に定義しないで話を進めるという方法を採っていたのですね。道理で理解しにくいと思いました。
ちなみに,私は「知識」と「情報」は別物だと思ってるし,情報技術の世界で言う「情報」と情報学で言う「情報」は全く違うと思ってます。

そもそも「情報科学」という言葉が変でして,英語でいうとInformation Scienceなのかもしれませんが,これってInfomaticsと同じなんですよ。前者はアメリカ発,後者はヨーロッパ発の同義語。「電子情報」とかに関することって,Computer Science(計算機科学・コンピュータ科学)の世界であって,Information Scienceではない。日本語だとどっちの世界でも「情報」って言われちゃうし,それゆえ混同されるし,惑わされるのに嫌気がさした人が「所詮データじゃないか」と開き直ったりするんですよね。Computer Scienceの世界じゃ,「単なるデータ以上の何か凄いものである」なんて話は全然出てないのに。どうも,Computer Scienceに不明な人間(図書館員含む)が,コンピュータの発展に伴って「情報」という言葉に踊らされている気がしてなりません。

Posted by: ruck | 2005.02.23 03:48

 ruckさんこんにちは。
 相手の専門が奈辺にあるかわからないというところで匿名で話をするというのは、ちょっとコワイもんですね。怯懦な気持ちを奮い起こして書いてみます。本シリーズのきっかけは目次と(1)で述べているので、ご了解いただいたものとして。
 明日の〆の回の前にいくつか。

1) シリーズいくつかの回にはダイレクトでruckさんのご指摘に同意できる記述が既に出てきていると思います。
 流れ全体として読みにくいだろうと思い、時系列順に並べてあります。左サイドバーのバックナンバーから、「2005.2.14以降」を選択してお読みいただければ幸いです。
 それにしても読みにくくて、ごめんなさい。

2)
>roeさんは「情報」を特に定義しないで話を進めるという方法を採っていたのですね。道理で理解しにくいと思いました。

 「情報」の定義から出発していないのは、定義から問題を見ているのではなく、それ以上にその語に隠れる学界、業界の実際の動向です。実際に「図書館・情報学」「法情報学」と使ってしまっているのだから。自分はそこから出発しています。
 「情報」の語は、できるだけ注意はしたつもりです。上記からすれば、(7)で言っているとおり、元々あやふやなことばだと考えていますので。出てくるところは、自分であまり意味を込めることなく、その世界で使われている文脈で。自分なりに意を含めたところは、(6)末尾くらいからです。
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 すみません、補足です。(5)の中盤、第4パラグラフ辺りではっきり自分の「情報」の定義は述べていました。それも「知識」との関わりで。このコメントに追加訂正し、本文には下線をひいておきます。
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 Computer Science、Information Science、きちんとした用語に則っていないことは申しわけありませんが、全体の論旨はそこにはありませんので、ご容赦ください。
 ruckさんのご指摘に、「そもそも「情報科学」という言葉が変でして,…どうも,Computer Scienceに不明な人間(図書館員含む)が,コンピュータの発展に伴って「情報」という言葉に踊らされている気がしてなりません。」という記述があります。
 これ自体は自分自身も、同じことを感じています(片鱗が(1)(2)辺りで読めませんかね)。

 本シリーズの論旨は、そのご指摘を含みつつ、「図書館・情報学や法・情報学だとか、「情報」に振り回されているけれどもさ…、実際に大事なのはどういう意味の「情報」なのよ?」という先のところにあります。
 繰り返しますが、だって使ってきてしまっているのだから。学問的要請があるようなのだから。そしてなにより、自分が、この「先のところ」を論ずる必要性を痛感しているからです。
 基礎法学、法律学方法論を引っ張り出してきたのは、用語の本来の定義そのものよりも、「情報」概念の理論的基盤の、社会的必要性を訴えるためです。図書館や、法学には必要なことなのです。私はComputer Scienceに関わりうる話は(2),(3)せいさか(4)で置いてきているつもりです。
 自分にとっての「情報」の定義は本文中ではズバリとは書いていませんが、「認知型の情報観」については(7)に挙げた参考文献をご覧ください。緑川先生の定義は私にとっては非常に得るところ大でありました。
 認知心理学にも方向性を探ったところからも想像はできると思いますが、基礎情報学もまた、既にひとつの動向を生み出しています(情報メディア学会で大きく採り上げられました)。

3)
>ちなみに,私は「知識」と「情報」は別物だと思ってるし,情報技術の世界で言う「情報」と情報学で言う「情報」は全く違うと思ってます。

 よく整理されたコメント、ありがとうございます。

 「知識」と「情報」については、このシリーズの元の話、第1回に前振りがあります。本ブログ2005.1.30.「検索エンジンと図書館が提供する"コンテンツ"」(及びできればその前のGoogle批判)をご参照ください。ruckさんの上記のご指摘は、私にとってはまったく同意できるものだと考えます。
 「情報技術そのものだけではいかに社会的に役に立たないか」という意見にはruckさんの側が同意できないかもしれませんが。

 また、「情報」と「情報」の違いについては、シリーズを通して分けたつもりで書いてきていますが、厳密ではなかったかもしれません((5)が少し混乱を招きやすかったかも)。
 私にとっては、情報技術世界の「情報(データ)」と、社会認識論上の「情報(パターン)」は、峻別しておりますし、後者の問題こそが図書館の「コンテンツ」に連なる課題だと考えています。
 再度確認しておきますが、本シリーズの論旨でいう社会認識論上の「情報」については、Computer Scienceの問題としては扱っておりません。

 むしろ、ruckさんが特に述べておられない"Information Science"における「情報」の一般的定義について、ご教示いただければ幸いです。
 不勉強ですみませんが、「情報学」一般、そこがいい加減だから、応用が利かない、ダメダメなんじゃないですか?

4) 最後になりましたが、参考文献ご教示ありがとうございました。すぐに読めそうにはないですが、ブログに記録が残っていますので、忘れられないでしょう。勉強させていただきます。

5) 追加で感想。ruckさんは図書館関係者かと勝手に思っていますが、あえて突っ込んでくださったのか、それとも情報技術の問題をストイックに問いかけてくださったのか?情報技術の研究者なら、図書館の感覚はむしろわからないのかもしれませんね…。

 このたびはコメント、ありがとうございます。できれば3)の最後の質問、回答を希望します。知りうる範囲でかまいませんので。

Posted by: roe | 2005.02.23 12:39

 私の専門…というかバックグラウンドは,計算機科学と情報学です。専門に学んだわけではないが,長らく興味があるのは科学哲学・科学史。図書館員をやっております。
 情報学という分野は,まだ確立されたものではないように思います。英語圏では,情報学=図書館学/図書館情報学という認識に至っている感がありますが,これは,図書館という存在の地位や知名度の差でしょう。日本では,むしろ抽象論や認識論,哲学的なものとしての情報学が先んじてあるように感じます。計算機科学の分野でいう,情報理論やエントロピーといったある意味抽象的な議論に触発されたようにも見えるような分野です。

3)ですが,私が学んできた中での私なりの理解では,
「情報:何事かに関する知らせ。もしくは不明瞭な何事かの確からしさを増減させるもの」
「知識:情報が蓄積され,体系化・システム化または共有されたもの」
となります。知識のうち,体系化されたものは「学問知」や「科学知」と呼ばれ,共有されたものは「共有知」,または時に「常識」と呼ばれます。語義から明らかなように,これらは常に明確な差があるわけでなく,連続的な二者として存在しうるもので,連続したとき「情報が知識化した」と言うこともあります。ちょっと毛色は違いますが,都市伝説などは情報が知識化し,共有知となった典型例でしょう(ただ,その存立があやふやであるために,いくらでも信用ならないものになりうる。「情報」は,確からしさを増減させるだけで,物事の善悪や真偽を問わない)。
 といった区別を元にするならば,図書館が扱うもの(扱ってきたもの)は,より一般性を以って言えば「知識メディア」であり「情報メディア」ではありません。殆どの場合,「本」という,学問的に確立された結実としてのメディアか,あるいは不特定多数の目に触れた(目に触れることを担保された)情報の集積としてのメディアを扱ってきたからです。ですから,図書館のいう「情報サービス」「情報提供」という言葉の中の「情報」とは,「知識メディア(もしくは単に知識)に関する情報」である,と定義できます。
 ゆえに,図書館は「知識提供機関」ないし「知識に関する情報提供機関」であるといえます。この点で,例えばコンシェルジュのように知識というよりは情報(の色の濃いもの)を扱う業との差異を見ることができますし,よって,そのような業と同じ視点に立つのは筋違いと言えるでしょう。扱うものが異なれば,扱い方も,伝わり方も,受け取るほうの理解も異なるのです。
 以上のように,情報と知識を整理し,その取り扱いを執行する種々の業が,その二者にどう関わってきたかを考えれば,混同する危険性は薄らぐと思います。それゆえ,roeさんが法情報学なるものを考える時,私の挙げたような定義に拠るも良し,自分なりの定義を定めてから語るも良し,逆に言えば,定義なしに論を進めても混乱するだけです。定義の是非は,ある定義に基づいて論を進め,その結論の有効性を吟味するに至って初めて考え直せばよいのです。数学的に表現するならば,「x=kと仮定する。その時,a=f(x)は成り立たないので,x=kという仮定は偽である。ではx=mと仮定すると・・・」という進め方ですね。このように論を進めないと,実証性に欠けるものとなります。それこそ「印象」という「真偽のあやふやな情報」に惑わされ,「いらぬ共有知」を蔓延させることになる。図書館“情報”であれ法“情報”であれ,誤解が広まるのは本意ではないはず(誤解も広まりきれば真実になる,ということはこの際考えないとして(笑))。
 どうでしょう。多分に哲学的な話になってしまいましたが,私は図書館を考えるとき,このような区別・整理をしないと筋の通った議論ができないと思っているので・・・。

Posted by: ruck | 2005.02.23 22:00

・・・てなことを考えると,ネット上のページという知識化されていない情報,あるいは都市伝説の域を出ない知識を前に,「これを如何にすべきか?」と議論する姿は滑稽に見えるんですよね。今まで知識メディアばかりを扱ってきたくせに,情報メディアを扱おうとしたってそう簡単には行かないよ,ってなもんですし,情報メディアを手際よく扱う手段を見事成し遂げているのは,洗練された経験と頭脳を持った(特定の)人間ぐらいなんじゃないの?と思えるわけで,図書館員がネット上の情報の集まりを前にしてウンウン唸っている姿は,あらゆる人間の脳を体系化してやろうなんていう誇大妄想に唸っている姿に見えるわけです。
そんな洗練された人間を作らんとして,「情報リテラシー」と言ってはてんてこ舞いするという。
あやふやな情報に惑わされず,真実を見極め,善悪の二元論に偏らず,この社会に敢然と屹立するには?・・・これって,大昔から人間が悩んできたことですよね。
にもかかわらず今なぜ「情報」が話題に上るかといえば,目にできる情報の量が増え,迷うようになったから。選択肢が増えれば,迷いますわな。しかし選択肢はもう増えてしまっている。ではどうすれば?
選択しやすいよう,選択肢に知識を付加してやることでしょう。それも,より確立され共有され真偽の判定も確からしい,偏りのない知識を。
これを図書館に置き換えると,例えば選書になるのでしょうね。
ということで,「情報」を扱うならまず図書館員が偏りなくかつ広範で確立された知識--論理的・合理的・実証的な科学それ自身--に(広く浅くでも)知悉し,発生する種々の迷いに助け舟を出せるようになればよい。
よって,私は科学哲学や科学史を追い続けています。

Posted by: ruck | 2005.02.23 22:30

なんか本題と関係なくなった感じでごめんなさい。邪魔だったら遠慮なく削除して下さいね。ノってくると止まらないのです。

Posted by: ruck | 2005.02.23 22:34

 うーん…正直に書きます。
 ruckさんのコメント、コメント自体はありがたいのです。でも、自分にはついていけないです。
 難しくって頭がついていかない。一読している分にはわかるにはわかるんですが、自分の本筋、文脈と並べて読んでみたときに、どう絡んでいるのか、どう絡めてコメントしたらいいか自分の手にはあまるというのが現状です。
 留保状態、現状できるところだけコメントします。
 どなたか腑分けしていただける方、歓迎します。

 自分の問題意識とズレがあるような気がします。
 自分の話の出発点は、図書館学と情報学が共通する基礎となる「情報」概念をもっていないのではないかとする疑問でした。それを、法情報学という新しい分野の学問の問題と似ているところがあると見たので、そこから語ってみようとするものです。いずれも、情報技術的側面の問題は途中から置いておき、重要なのは図書館学や法学の「情報学的」なアプローチに絞っていきます。
 そして、法情報学で扱われている「法情報」の語は、呼称がどうあれ、方法論的には法学に既にあるものを別の視角から論じているものであるように見える。
 つまり私の文章は、「情報」の語に定義-論理的な論証を求めた論考ではないのです。「情報」の語に託した、託そうとしている機能が不全状態だから、使える学問として成り立っていないんじゃないの?という議論です。

 コメントに対して、二つ、提示してみます。ちょっときつめの表現が出てきますが、ストレートに感想を投げてみるつもりです。

 一つめ。概念の定義と論証について。

 ruckさんの「知識」「情報」についての定義については、同意できます。
 が、ruckさんのそれは概念(いれもの)分析的であって、実際の法情報、例えば年金や介護や育児の問題を政治過程等で論ずるときに、どう説明される機能的な概念なのか、自分には見えてきません。その辺が、もう少しわかるような語り方だとついていけます。

 ちなみに、法学の世界では、19世紀末ドイツの本流の学派を「概念法学」として揶揄した風潮がありました。方法論的には「論理実証主義」が悪い形で出たものです。日本にも通ずる法典編纂型の法制度の中で、実際のケース解決よりも、司法界での法文内部の概念操作・概念分析に終始していたと批判されたからです。

 自分は「ことば」に関係してきた者として、概念に淫する哲学に走る気も、単なる経験に走る気もありません。「知識」「情報」も、実際に役立つ機能的な概念に、理論的に昇華できるという実感があります。
 そして図書館学も法学も、「情報」ということばと付き合うためには、機能的な方法論が理論的に意識されるべきだ、というのが本論の論旨です。図書館・情報学が情報技術に偏りすぎている故の、図書館学側からの必要性も感じます。

 おそらく、ruckさんのロジックとは逆に行っているのは、もしかすると学問の方法論上の違いかもしれません。
 法学の概念定義は様々な利益の束です。なんだかんだ言って、経験的な観察や判断から見えてくる個々の利益を、扱いにくいから名前を付けてとりあえずひとくくりの「概念」にしておく。だから、経験的には論理的な判断として振る舞うものを「論理的に扱っているだけ」であって、思考論理的なものではないのです。個別ケースに接するときには、たちどころに過去の個々の利益判断を参照することになります。
 ですから、「情報」を定義から考えるという態度自体、自分の方法にはなじみがないのだと思います。
 論理的な方がスマートだとは思いますよ。だけど、それでは問題は片づかないと思うんです。学部時代に法学のサークルに入ってきた歯学部と物理学科の方がいて、法学に現れたあるケース、スマートではない論理に「美しくない」と言っていました。
 でも、人間の生活実態に関係した課題解決型の判断なんだから、スマートではあり得ないと思います。

 二つめ。図書館と「情報」の付き合い方について。
 今回の「情報」にまつわる議論には直接関係ないかもしれませんが。

> にもかかわらず今なぜ「情報」が話題に上るかといえ
>ば,目にできる情報の量が増え,迷うようになったから。
>選択肢が増えれば,迷いますわな。しかし選択肢はもう
>増えてしまっている。ではどうすれば?
>選択しやすいよう,選択肢に知識を付加してやることで
>しょう。それも,より確立され共有され真偽の判定も確
>からしい,偏りのない知識を。
>これを図書館に置き換えると,例えば選書になるのでし
>ょうね。

 ここまでは非常によく納得できます。
 そのうち、別に記事を立てるつもりもあります。

>ということで,「情報」を扱うならまず図書館員が偏り
>なくかつ広範で確立された知識--論理的・合理的・実証
>的な科学それ自身--に(広く浅くでも)知悉し,発生す
>る種々の迷いに助け舟を出せるようになればよい。

 この辺から立場の違いが出てきます。
 援助者としての立場は同意できます。そして広く浅く、という点でもまだ同意できます。
 しかし、「偏りなく」というのは無理です。
 図書館一般が自縄自縛に陥っているのはここだとすら思えます。

 念のために申し添えておきますが、上記のアプローチが間違っているとか、やめろというのではありません。下で私が述べるのは、それはそれとして(普遍的な主題に対する援助者)、もう一つ別に力を入れるメニューを用意しようや、という話です。

 主題分類の元になっている「世界を普遍的に把握しようとする態度」、これは元々困難なものです。アリストテレスやデューイに頼りすぎるのは間違っている。それらは便宜的なものにすぎません。
 個々の図書館は限られた蔵書、限られた資源の元に仕事をしています。蔵書に溢れた国立国会図書館のような大規模な図書館でさえ、今度は返って山のような蔵書(データ)から、必要な「情報」を探し出すのが困難なありさまです。
 本を「知識メディア」のように読める箇所がありますが、実感としては非常に違和感があります。書誌情報のみならず、物理的資料でさえ、視点によってはただのデータの山です。

 視線を転じて、私見を述べましょう。
 限られた目的に応じた「知識/情報提供」を積極的に展開するのがより現実的であり、「悩み」を解消することになると自分は考えています。
 これが自分の対案、追加提案です。
 今回、法情報学を図書館学とつなげた話は特に採り上げなかったように見えるかもしれませんが、「社会的に重要な情報」として「法情報」を採り上げています。普遍的な主題を追うよりも、そのような優先的な「情報」、社会的な要請や設置母体が目的とする「情報」があると考えるからです。

 だから、国策としての電子テキストの手当たり次第なクロール自体「だけ」を見ると、自分は「バカなこと」と思うんですね。
 「申し添えておきますが」、それ「だけ」じゃないだろうから否定もしないのですけれども。それでも有限な経営資源をどう投入するつもりなのかねえ。それこそ情報技術がなんとかしてくれると思ってんのかしら。

>よって,私は科学哲学や科学史を追い続けています。

 したがって、私のような普遍性に肩入れできない立場、積極的に特定の主題を追うべきだとする立場からすると、ruckさんの論理的な態度表明は理解できないのです。すみません。
 「科学哲学」と「科学史」によって、年金と介護と育児に関する「知識/情報」提供はどのような形で解決できますか。

 こちらこそ、本題やいただいたコメントと関係なくなっているかもしれません。努力はしてみましたが、どうもすみません。お互いさま、ということでお許しください。

Posted by: roe | 2005.02.24 04:56

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