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2005.02.19

図書館学と情報学、法情報学(5) : 法学と「情報」

 法令等の電子情報を素材に、法学を「情報学」的に見る意義を自分なりに考えてみる。

 国会会議録や法令・判例テキストの電子情報・ネットワーク化の意義は、政治や法律の世界を一般の市民のものに近づけ"うる"ものにしたことにある。テキストの媒体の変化がそれをなしたのであるが、テキストそのものは紙媒体のそれと同じ。媒体は器、道具にすぎない。
 道具の変化によってテキストの流通に変革が起こった。この意義が大きいことは認めよう。しかしテキストだけでは、その意味内容を理解することはできない。

 法学の世界では当たり前のことだが、法文は解釈があって初めて使えるものとして理解できるし、議会の決議や判決にはその過程に則った形式がある。機械のレベルだけではなく、人間のレベルでも「コード」「プロトコル」があるわけだ。膨大なテキストから、自分にとって必要な「情報」を取り出すためには、図書館・情報学ではやりのことばを使えば、「リテラシー」が必要となる。
 国会で何が審議され、議決された法律が何を意味し、下級審判決の意味はどのように取るべきであり…このような「情報」は、テキストあってのことではあるが、テキストそれ自体は、人間社会にとって必要な情報を取り出すための「データ」に過ぎない。
 重要なのは、テキスト=文字記号の群から人間にとって必要な「意味」である。文字記号としての電子情報ではなく、意味をもったコンテンツとしての「情報」をいかに取り出せるか、である。

 前回からテキスト=文字記号に踏み台にしてみたが、実は社会で話題になり流通が求められる「情報」は、テキストそのものではない。まして「電子テキストは、必ずしも情報ではない」のである。
 テレビやラジオ、新聞での「情報流通」を考えてみればわかる。社会で共通に話題となっている人間の頭の中にある知識のパターンに増減を与えるものが、情報である。でなければ音声や異なる媒体によって伝達されたものが「同じ情報」として認識されるはずがない。

 このときの「人間」とは、基本的に個人を指すが、社会一般、多くの人々の頭の中に流通が求められる「情報」もある。
 その代表格が、法情報だろう。テキストは、そのような法情報を流通させるための道具、データであり媒体でしかない。テキストや媒体の構造そのものよりも、コンテンツたる法情報がどのようにその上に乗って流通するかという問題が、法情報学の登場によって明らかになるのかもしれない。
 しかしそれは本当は、法学が基礎にもっているべき方法論ではないのだろうか。前回、「陳腐なオチ」と書いたのはこのことである。

 最近、急速にアーカイヴ化、文書館が法学の世界でも話題になっているようだ。法情報の前提となるテキストを社会的に共有するためのしくみに意識が向けられるようになってきたのは、法学を学問として成り立たせる社会的基盤に意識が向いてきたことでもある。
 だいたい、どんな学問であっても図書館に収蔵された過去の文献を参照しない学問はない。殊に、法学は文献学的な手法を多く用いるにもかかわらず、図書館や文書館そのものに関心がなかったことの方が、異常である。法学者の頭の中にあるだけが、法学だったとでも言うのだろうか。

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