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January 2005

2005.01.04

年末年始

 2005年、1月になりました。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 年末年始の休みの間もすべきことが進んでいないので、昨12月以降同様ブログは最低限の「適当備忘モード」のままで行きます。たぶん、春までは確実にこのモードのままです。

 12月以降にあったことで備忘しようかと思っている項目、挙げときます。タイミングを逃がして記事にならないものもあるでしょうけど、思いついた順に以下追記していくつもりです。
 何か、もやもやしたまま忘れてしまうと気持ちが悪いんで。備忘モードなんで、書きたくなったら書いちゃう。頭悪いから書いていると整理もついてきて、助かるんです。そりゃそうだわな、なんとか人にわかるように書けば自分にもわかるもんな。

 下の一覧に項目を挙げながら、つらつら思うに…。

 年末年始に苦しめられたTopperの件は経過を書くのはやめときます。いかにひどかったか(特に生活が)、書くのも恥ずかしいので。振り返って考えてみるに、fdiskが悪かったのか…ぶつぶつ。
 結果的には、奇跡的にAirH''でインターネット接続できるようになりました。

 酒は、飲まなかった(泣)。久保田の碧寿、とっておいてあるのに。
 以前開栓した残りを、酔いすぎないようチビっとやっただけ。正月料理は酒のつまみの宝庫だというのに、もおおお!
 忘年会もろくになかったので、酒の記事が書けない。
 今の職場の忘年会は、昼に豪華弁当をとって皆で会食して終わり、という健全な会でした。自分も過去何度も幹事で苦労しましたから、職場でああいうシンプルな発想、いいよ!と実に肯定的に受け止めています。なんですがしかぁし、あの弁当でも本当は、酒がほしくなりましたことよ。

 職場から行けるところに、「仙台では普通」の牛タン定食が食べられる店があります。年末に昼に一回、係の若手と食べに行きました。同僚とはそういうのが最近は、疲れなくていい…。
 そういや同じ牛タン屋に夜、気のおけない社外の友人とも食べに行ったっけ。焼酎を一杯だけ。でも二次会はコージーコーナーでお茶のみ、おかわりして粘っていたというテイタラク。

 しかし、項目書き出してみると意外にあるなあ。全部書いていたらまたやるべきことがあとまわしになってしまう。
 ブログの優先順位はあとにするよう、肝に銘じねば。

【備忘希望項目】 ※追記予定あり、050104現在。
・ココログプラスで始めてみたこと
 →1/10掲載記事
・@niftyお手軽1コース(ダイヤルアッププラン)
 →1/11掲載記事1/12掲載記事
・iREGi、アットニフティポイント、「お友達紹介」
 →1/13掲載記事
・アクセスログから思うこと
 →1/18,19,20,21,22掲載記事
・新たに見つけたホームズブログ
・図書館雑誌11月号、12月号と「ガダルカナルではなく、沖縄戦」発言

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2005.01.05

『グリーン・レクイエム』講談社文庫

 年末年始にわが家を訪れた家族が、実家から自分の本をもってきた。
 それがなぜか、講談社文庫版『グリーン・レクイエム』だった。
 自分の蔵書は西日が当たる位置に書架が面していたことが多かったためにほとんど書店カバーを付けているので、「これ、返すってさ」と言われたときは何かといぶかしんだ。

 この薄い文庫本、コートのポケットに気軽に突っ込んで出勤。途上車中でひさしぶりに小説を読んだ。
 最近は座れても眠れもしないくせに、いらいらして何もできないで下車駅を待つことが多い。モバイルPCや堅い本なんか用意しているのも悪い。
 本当にひさしぶりに、日本語が普通に頭に入ってきた。背伸びしすぎなんだよ。疲れてるくせに。

 「グリーン・レクイエム」本編は新井素子の世界に入っていく最初の作品としては気恥ずかしい覚えがあるので、同文庫所収の短編「週に一度のお食事を」と中編「宇宙魚顛末記」から開く。短編はユーモアに満ちたアイデア小説なので、微苦笑。なるほど星新一風か。
 「宇宙魚顛末記」は、軽い鬱、気が狂いそうになる非常識でいっぱいいっぱいの連中ががんばっている情景が心に沁みたなあ。「生きるのやっぱり好きだ」とかさ。「死ぬ前にやりたいこといっぱいある」とか。所収三篇で一番好きかもしれない。

 新井素子の「えっと、あと書きです。」と解説「新井素子タイプ」(秋山協一郎)に進む。新井素子の文体は、いまじゃやはり違和感があるけれど、感情移入のしかたが昔よりも意識的にできるようになったかもしれないと思う。
 『星へ行く船』だとかのシリーズは、読んでみようかと思ってそのままになっている。今のところちゃんと読んだことがあるのは、あとは『…絶句。』だけ、だ。

 で、さっき「グリーン・レクイエム」の最後を読み終えた。
 内容は略(定番は定番のSFなので、読んでくださいませ)。
 そして、これはこれで完結しているけれど、続編たる『緑幻想 グリーン・レクイエムII』も読みたくなる。

 というのも、秋に帰省したときに、高校までの蔵書の整理を強いられて、出てきたのがソフトカバー版『緑幻想』、これに装丁を合わせてあとから出た『グリーン・レクイエム』ソフトカバー版。それと今回の同文庫版だったのだ。
 ソフトカバー版の2冊セットを見て気づいたのだが、装丁(表紙絵)が高野文子だってこと。彼女の『るきさん』を知ったのは就職してからで、ほんといまさらなんだけど。
 で、そういえばと思って今回、文庫版『グリーン・レクイエム』の表紙も見てみたら…高野文子だった。この文庫版の絵の方が好きだなあ。

 ブログに書くか、と思ってwebを検索してみたら、まず、新井素子研究会がヒット。やっぱりたくさんファンがいるもんね、網羅的な内容のサイトのようだ。
 次に、bk1とAmazonで検索してみたら、なんと。

 『緑幻想』も文庫化されてるのか!?
 これは見落としていた。

 最近、講談社文庫をずっと探しているんですが、意外に手に入らない(佐藤さとるのコロボックル物語とか、松谷みよ子のモモちゃんとアカネちゃんのお話とか)。
 『緑幻想』の新品はなかったので、Amazonの中古書店で配送料含め500円もかけて注文してしまいました。ただただ文庫版のカバーイラストが見てみたいだけなんですが…。読みたかったのと揃えたかったのもあるかもしれない。

【2005.1.28追記】
 アクセス解析から新井素子のページを繰っていたら、Wikipediaの項目に至りそこから、久美沙織の書いたライトノベル創世記のページに辿り着いた。このなかに、氷室冴子と並び新井素子が採り上げられている(ちなみに氷室冴子は読んだことないっす)。
 この創世記がまた、本になっていたのも知らず、書評は読書日記:コバルト風雲録に出ていた…。
 新井素子のいまのライトノベルに至るまでの影響、位置付けは上記、ご覧になるとよろしいかと。

 しかし探索途上に出てきた久美沙織著作一覧を見ると、ドラクエのロト三部作の前の時代、『ドラゴンクエスト 精霊ルビス伝説』を手がけているんだが、久美沙織ファンとしては「なかったこと」になっているんだろうか?すんません、久美沙織は自分はそれで初めて知りました。エニックス公式小説にしてはロト三部作はひどい出来だと思ったけれど、ルビス伝説の方は悪くなかったっすよ。以後エニックス公式ドラクエ小説はほかにも手がけているんだが…(Wikipediaの項目にはありましたね)。ゲームのノベライズはともかく、「ルビス伝説」は久美沙織のオリジナル色が強いんじゃないかなあ。それまで出ていたドラクエエピソード集に出てきていたルビス関連の話題がパアになっていたし。

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2005.01.09

『緑幻想』講談社文庫と高野文子

 Amazonの古本屋さんに頼んだのだが、届くのは早かった。

 表紙を見て、『グリーン・レクイエム』文庫版とは揃わないナアと思った。高野文子の軽やかさは潜めている。絵に見覚えはないのだが、描かれた像はソフトカバー版と同じ姿勢。
 中身も読み始めてみたが、「文庫版あとがき」で著者本人が苦労したと書いているとおり、サラッと読める感じではない。けっこう入り組んだ物語だったような気がする。
 「グリーン・レクイエム」の重さも、文庫版表紙の軽やかさがあるから中編として救われているのではないかな。ネット上のどこかで読んだ感想の通りだと自分でも思った。

requiemgensou われながらバカねえと思うけれど、Googleのイメージ検索で「グリーン・レクイエム」と入れれば、すぐに表紙を見ることができたのだった。
 ココログで画像貼り込みが新仕様になって物議を醸しましたが、当ブログでも初めて貼り込んでみました(ヘルプの手書きへなちょこ具合もgood!)。うっかり標準でサムネイル化してしまったのでかえってボケボケ…と書いてアップしてから表示をチェックしようと何度も読み込みかけるがものすごく重い。何が悪いんだよ〜。少しいじってみたので見られるようになったかな。

 高野文子さんと『緑幻想』ソフトカバー版(愛蔵版らしい)装丁のことはちょっと検索したくらいではよくわからなかった。
 本人のホームページではなく、ファンサイトがひっかかってきた。「ことりのうた」。もとけん(新井素子研究会)同様、網羅的な著作一覧がある。
 そういえば、高野さんは先の記事のコメントで触れた、佐藤さとるのコロボックル物語の世界でひとつ話を書いておられる。『棒がいっぽん』所収の「東京コロボックル」である(紹介はこちら)。高野文子の本数冊をまとめ貸しされたおりに、初めて見つけたときは嬉しかった。ご存知なきコロボックルファンにはぜひお読みいただきたい。
 佐藤さとるのページとしては佐藤さとるWEBが著者公認サイトとしてすぐひっかかるけれど、今回「東京コロボックル」で探したら、小さな国への道しるべというページを見つけた。

 あとまあ、今回わかったこと。
・新井素子の本は絶版品切も多いという声。普通だろうけど。
・遅ればせながら復刊ドットコムに登録。『アシモフ自伝』にさっそく追加投票。
・ネット上の本屋さんもいろいろありますな。こんなの初めて見た。

【2005.1.28追記】
 Googleで「緑幻想」や「グリーン・レクイエム」と検索すると、電子書籍版へのリンクが上位にありますね。
 MacユーザでかつPDA使ってないので、縁はありませんが、なるほどなあと思いました。

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2005.01.10

ココログプラスでe-learning!?

 「図書館員の愛弟子」でココログが少しわかってきた気がしたので、もうひとつココログを作ってみることにした。そのため、12月上旬にココログプラスにコース変更(プラン比較表)。
 目的は、構成的な長文の文章書きの道具として使えないか。パスワードを付けて、まずは本当に個人的な備忘扱いだが、つまりはグループウェアの一種、いわゆるe-learningの道具として使えないかというのが目標だ。

 ブログが長文の文章書きの道具に使えるかも、と思ったのは、

・Webが使えるところならどこでも書き込める利点。
・習慣化して気軽に書きやすくもあり、逆にまたカレンダーですぐにいつサボったかわかる。
・あとは諸々、カテゴリ分けができるとか、コメントが付けられるとか、リンクが貼れるとか…。
・大きいのは、パスワード機能が簡単に付いていたので、ほかに見てもらいたい人にコメントを書いてもらいやすそうだったこと。

 これまでYahoo!のパーソナルサービスでも、「メモ帳」や「ブリーフケース」、eGroupを自分だけ/限定メンバーにしてみたり試しているが、うまくいく感じがしなかった。

 その後ついでに、ココログプラスの固有の機能も使ってみたりしたのだが…、あまり魅力を感じない。
 ココログプラスのアクセス解析は独自に取れる情報もあるけれど、カウンター同様逆にほかのサービスの方でしか得られないものもあるし、ブログ自体のデザインに凝ろうというつもりもないからだ。
 それで、ココログプラスの月額料金450円に疑問が出てきてしまった。パスワード処理さえできれば、ココログベーシックで充分らしいのだ、自分は。

 で、次の記事に続く。

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2005.01.11

お手軽1コースでココログベーシックを追加

 前の記事から続く。

 ダイヤルアッププランに、「お手軽1コース」がある。
 月250円で、従量制。
 2000円の「無制限コース」に比べてできないのは、ホームページの設置くらいだ。ココログも開設できる。
 この従量制も、実際にインターネット接続のキャリアとしてダイヤルアップで@niftyを使った場合の話。メールの送受信やココログのメンテに、常時接続のネット環境から入るなら、従量制の接続にかかる追加料金はかからない。
 先の記事の「もうひとつのココログを…」という目的のためには、結局こちらのコースを追加するのがよいのではないか、というのが年末頃の結論。もちろんその第一の理由はココログプラスの料金である。
 しかし、ほかの理由もある。

 現在自分はADSLの「ニュースタンダードコース」に入っていて、この従来のIDの会員種別は「旧ニフティサーブ会員」というもの。これは、NiftyManagerベースのサービスを使う必要があるからなのだ。この旧会員の会員種別にけっこう制限が残されていて、不便を感じていた。
 ニフティは今年度いっぱいでパソコン通信の「フォーラム」サービスを廃止するアナウンスをしたが、同じしくみを使ってユーザが好きなように開設できる「パティオ」というサービスがあって、こちらはまだ廃止の声を聞いていない。早晩廃止になるだろうが、まだ参加している大事なパティオがあるのだ。このパティオの主宰者も、最近ようやく今夏までと閉鎖をアナウンスしたが。
 しかし、旧ニフティサーブ会員のままだと、インターネットメールサービスに制約が残り、またさまざまなオプションサービスが利用できない。フォーラム、パティオをやめて会員種別を移行するか、メールボックスを追加するかでずっと迷っていたのである(セカンドメールを使っていたが、結局メインにしきれなかった)。
 ココログプラスよりも安い料金で、ココログが追加できるだけでなく、フル機能のメールボックスまで得られるとなれば、一考に値するではないか。

 さらに個人的な話をすれば、諸事情で本来のIDはファミリープランの対象とすることになった。これを機に、料金の引き落とし口座を、これまでは自分の個人的なクレジットカードから、家計の銀行口座にすることにした。自分の個人的な通信費ではなく、家族全体の通信費に格上げになったのである。万歳。
 大昔就職した頃に入会したときには、銀行口座からの引き落としはできなくて、作成してしまえば便利と初めてクレジットカードを作ったものだが、今となっては銀行口座からの引き落としもできるようになっていた。
 となると、bk1等で使っている@niftyの電子決済制度であるiREGiはクレジットカードが前提だし、家計とは別に、個人的な本等の購入は別口座にしたい。
 「お手軽1コース」では、ファミリープランと独立だから別の口座=自分のクレジットカード指定が可能だし、つまりもちろんiREGiも利用できる。ますます新ID取得に話が傾いていく。

 ちなみに懸案のもうひとつのココログ、従来のIDのココログプラスで試行的に作成しているブログからログを出力させて新しいIDのココログベーシックへ移行させる処理は、まだできていない。移行次第、従来のIDのココログプラスはベーシックにコース変更の予定。

 次回、コース選択の補足メモ書きます。

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2005.01.12

新規追加コース選択の補足

 前回の補足記事。

 ところで、「iREGiもなんとかならんかなあ」と悩んだときに比較検討の材料としたのが、以下のページである。

 ダイヤルアッププラン
 ファミリープラン
 @niftyID登録ユーザー

 ファミリープランの子IDは、500円で親IDと同じサービスを受けられるIDを3つまで増やせるというもの。ダイヤルアッププランの無制限コース(2000円)とまったく同様のサービスのIDを500円で3つ用意できるのだから(ほかにも7つとかある)、安い。IDのひとつを自分に割り当てることもできる。
 しかしファミリープランの肝は親IDと子IDが口座をひとつにできるというところ。逆に言えば、分けられない。当家で言えば、自分のiREGiのためのIDがほしいのだが、これが解決できない。

 特に最後の「@niftyID登録ユーザ」は登録自体、基本料金は無料でiREGiも使え便利だと思ったが、「ファミリープラン」の子IDや「お手軽1コース」との違いがわかりにくいので、サポートに電話をして、ていねいにご教示たまわった。
 リンク先に一覧表もあるのでご覧いただきたいが、本来の@niftyユーザというよりも、ほかのブロードバンド接続のユーザのためのIDという感じである。@nifty提供の有料コンテンツや、セカンドメールといった補充的な機能が主なサービスとなっている。もちろんiREGiも。しかし、メインユーザのための@niftyメールやココログは作れない。

 以上のような情報をもとに、諸々確認の上、ダイヤルアッププランお手軽1コースを追加するという判断とあいなった。

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2005.01.13

アット・ニフティポイントとお友達紹介

 蛇足気味ですが、さらに追加でオトク情報。
 @niftyの行く末の心配まで。

 アット・ニフティポイントという@niftyの会員特典制度がある。
 これを稼ぐ方法というのがまた、涙ぐましい。
 利用料金の支払いと、iREGiでの支払い、最近ではアフィリエイト、そして「お友達紹介」くらいしかないのである。

 ちなみにアット・ニフティポイントを支払いに使えないのは、唯一bk1だけらしい。
 以前の記事でも書いたけれども、bk1ポイントとの混乱、ややこしい。自分の頭が悪いんだろうなあ。

 「お友達紹介コーナー」はこちら
 なお、光/ADSL接続でもキャンペーンをやっているので、これまたややこしい、留意されたし。

 さっそく、先般から記事にしている「お手軽1コース」の新しいID、知人の@niftyユーザを紹介者に仕立てて、紹介されたことにしてしまった。紹介した側も紹介された側もオトクになるので使わない手はない。
 もちろん、同一人から同一人に紹介はできません。ファミリープランの親子ID間でもできないようです。いろいろ規定が書いてあります。

 そこで、ハタと思って、電話サポートのお姉さんに話したこと。

 最近、@nifty離れってあるじゃないですか。フォーラムという歴史的な資産を簡単に廃止してしまうとか、@homepageの移転処理のまずさとか。
 自分の場合はパソコン通信時代の遺産があるからどうしても@niftyから離れられないところがある。ほかにも、例えばこの電話サポートでもずいぶん助けてもらったりしているので、@niftyのサービスをありがたがってる方だとは思うんですけれども。
 でも、この「お手軽1コース」ではココログも作れてしまうし、ホームページ作成なんてどこでも無料のところがありますしね。接続は他キャリアで、@niftyさんとこはみんながみんな、この月250円のコースに移行してしまったら…、困ったりしないんでしょうか。

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2005.01.14

学校図書館における災害ボランティア

新潟中越地震:sl-shockの学校図書館ボランティア: 活動案内

sl-shockの案内チラシ

私たちの活動を紹介したり、募金についてお願いするときに使える“案内チラシ”を作成しました。必要に応じてダウンロード、印刷してお使い下さい。
sl-shockの活動案内

 ここのブログでもリンクさせていただいている、かんちゃんの「きょうもつんどく中ココログ版」経由で、学校図書館でのボランティア活動を知った。
 きちんと知ってから紹介したいと思っていたけれども、どんどん状況は進んでいるようだし、ここを訪れる人に少しでも話題が提供できればと中途半端でも採り上げさせていただこうかと思う。自分でsl-shockに入ってないせいか、活動がわかりにくいため勝手に整理させてもらいたいこともあって(ありゃ、先方はトラックバック受け付けてないや)。個人的な思い入れはこの記事後半を参照ください。
 自分の知るところはweb上での情報しかなく、「リンク先をご覧ください」「ぜひご寄付を」と書くくらいしかしないタイマンヤローだ。実際にボランティアで頑張っておられるみなさん、ごめんなさい。

活動自体の母体学校図書館メーリングリスト:sl-shock

 リンク先はYahoo!Groupsのメーリングリストのホームページです。ブログのプロフィールからも跳べます。MLの月別投稿件数を見ていると、割と活発な印象。

ボランティア活動の概要は…

 ブログのプロフィールのほか、上記引用記事のチラシ。Wordファイルです。
 ブログ本体は「活動記録」となっている。
 が、活動概要がどこにあるのかわかりにくい…。
 ブログの最下層、11/19,11/20(その1その2)の記事でいいのかな?
 左サイドバーのカテゴリーにある、「ボランティア募集」「募金収支報告」に目を通しても状況がわかるか。このカテゴリーを時系列順に読み直すとわかりやすいですね。

「きょうもつんどく中ココログ版」での紹介記事
※Googleでサイト内を「sl-shock」で検索かけただけですが、かんちゃんの説明はわかりやすいと思いましたので。

 ・新潟中越地震23日目1
 ・新潟中越地震29日目1
 ・新潟中越地震34日目
 ・新潟中越地震58日目




 あと、以下は私の勝手な気持ち。

 このたびの新潟県中越地震で「図書館に何ができるか」という問いかけがある。
 でも自分の中で、図書館の力で何ができるのか、できないのではないか。無理しないでまずは自分の生活から…などという気持ちにとらわれる。現場にいないだけに、勝手な思いこみかもしれない。

 雪国の、寒さというより、実際に始まった降雪の厳しさ。自身の経験を思い返すに、被災された状況での冬を考えてしまうのである。湿った空気の中での、しもやけ、とかね…。
 消雪パイプ発祥の地、雪混じりの冷水が流れる道路が当たり前の長岡では、自分はダサかろうがなんだろうが、長靴の合理性を愛していた。珍しい中学生・高校生だと思うけど(スノトレ、流行ったなあ)。
 東北地方太平洋側での乾いた雪では、長靴なんか使わなくてもいいし(女性の膝まである格好いい「ブーツ」でしょう)、道路は凍結するもので、道路横には凍結防止用の塩が常備されている。そういうものだ。全然、感覚が違う。雪かき、雪おろしなんてことば自体が通じないことすらある。スノーダンプとか(右サイドバーのNG!ナガオカグレイトにその名を採り上げたコーナーあり、説明はそちらに譲ります)。

 少々脱線した。
 それでも、sl-shockのブログでこれだけの報告を読んでいると、「図書館の力」をある方向では感じさせられはする。

 しかし図書館関連団体でも、災害地域への活動はほかに見当たらないし、このボランティア活動にしたってあまり注目・宣伝されているとは思えない。以前Liblog JAPANのトップページサイドバーに採り上げられていたくらいかなあ。いまはないようですが。Googleで「sl-shock ボランティア」で検索してもあまり件数が出ない。
 それで、ここで少しでも助勢できればと思い、採り上げることにした次第。なにかの役に立てばいいですが、まあ自己満足でも。

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2005.01.15

文化財としての慈眼寺の復興は

戊辰戦争ゆかりの寺被災、修復へ“官軍”に支援要請

 新潟県中越地震で、北越戊辰(ぼしん)戦争回避のための講和会談が開かれた小千谷市の慈眼寺(じげんじ)が損壊し、修復に向けて市民有志が戦争ゆかりの自治体に支援の呼びかけを始めた。
 地元・長岡藩とかつて戦った官軍側の鹿児島や山口県などの首長に協力を求め、募金も募ることにしている。
 活動を始めたのは、「小千谷北越戊辰史跡復興支援の会」(野沢金一郎会長)。檀家(だんか)の多くが被災して寺の再建に手が回らないことから、地元の会社員や医師らが先月、結成した。戦争とゆかりある地域の首長らにさっそく支援を求める文書を送った。
 寺は、長岡藩家老の河井継之助と新政府軍の軍監岩村精一郎が会談した「会見の間」の土壁が崩れ落ちたまま。築250年の本堂も大きく傾き、柱と梁(はり)を太いワイヤで固定して倒壊を防いでいる。
 4、5000万円以上の修復費用が見込まれる。檀家の理容業男性(57)は「お寺を修復したいのはやまやまだが、家と店がつぶれ、それどころではない」と嘆く。
 発起人の1人で会の事務局長を務める広井一さん(65)は「市全体が被災し、文化財の修復まではなかなか手が回らないが、市の名所だけに早く復興させたい」と話している。
 寺副住職の船岡芳英さん(50)は「寺や檀家だけでは再建は難しい。支援の申し出はありがたい」と喜んでいる。

 ◆北越戊辰戦争=明治初期の戊辰戦争で、長岡藩周辺地域で行われた一連の戦闘。
 新政府軍と長岡藩の講和会談は決裂して戦争に突入し、長岡城は落城した。
 以後、戦いの舞台は東北の会津戦争に移った。

 小千谷市の慈眼寺の被害の様子については、Web上でも写真を見たりしている。
 「正面から見ても傾きがわかる」という本堂玄関の写真を見ると、「ああ、ここは幼い頃の記憶に鮮明に焼きついている光景だ…」という思いとともに、温かみのある木と石の構えが歪んでいるさまに泣きたくなる。
 慈眼寺はじめ越後での戊辰戦争の歴史は「蒼龍窟がゆく!」をときどき参照している。自分が以前目にした写真はその掲示板の12/6の発言。慈眼寺のページ内にも被災の写真のページがあり、目を覆わんばかりの状態だ。
 慈眼寺のホームページ小千谷幼稚園のホームページ

 機会あって、中越地震の現地へ派遣された公的調査の報告会に参加聴講してきた。現場に密着した冷静な調査報告であったので、地域のためになるだろうと嬉しかった。知られない、伝わらない、ということが一番困ることだから。
 しかし、質疑。「地域で重要な文化財の修復・保存についての動きは」という問いに、やはり「今回の調査では手が回らなかった」「現場でもそういう話は出なかった」という。戦争を含む災害時の文化財の保存修復活動は徐々に認知されて始めているだけに、残念だった。
 慈眼寺や、長岡の史跡は、どうなってしまうのだろう。

 上記慈眼寺についての記事は、YOMIURI ON-LINEからクリップした(慈眼寺のページ内にも新聞報道の一覧がある)。
 あれだけの史跡であっても、国の助成には動きがないのだろうか…と暗澹とした気持ちになった。
 チャリティを新潟市でやったという話がときどき報道されるが、新潟市民に寄付を求めても効果ないよな、もっと東京とかで集めた方が効果的なのに…と思う。
 もちろん、自分たちから「これ、大事だからなんとかしてはもらえまいか」と動くことが大切だろうが、こんな未曾有の災害時であっても、その資金や手配を自分たち(=新潟県民)で全部まかなわなくてはならないのか。かつての官軍側に支援を請うたことに嫌な思いをしているわけでは、もちろんない。支援いただけるのであれば、給水車等と同様にありがたく思う。しかし政府が動くのではなく、自治体相互の支援という文脈によくわからない思いを抱えて書いている。
 政府(ここでは国)の再配分の機能は、こんなときでも文化財には及ばないのかなあ。慈眼寺がどのレベルの文化財に指定されているかにもよるのだろうが…。「市指定文化財」じゃ、まったくダメなのか。

 こんなんじゃ、図書館なんて、「当然ダメ」じゃん。

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2005.01.16

コクヨのCampusノート、復刻版発売

 マスコミニュースへのひとことコメント記事でスミマセン。
 でも、つい何か口にしておきたい気がしてしまったんですよね。

ITmedia:「キャンパスノート」30周年で復刻版発売

 コクヨS&Tは、無線とじノート「キャンパスノート」が今年で30周年を迎えるのを記念して「復刻版キャンパスノート 4冊パック」を2月1日に発売する。1975年発売の初代デザインから1991年発売の3代目までの復刻版と、現行版をメタリックカラーにアレンジした特別デザイン版の4冊セット。それぞれB5サイズで、普通横罫(7ミリ)と中横罫(6ミリ)の2種類をラインアップした。28万パック(112万冊)限定で、価格は546円(税込み)。campusnote
 キャンパスノートは1975年の発売以来、3回のモデルチェンジを経て累計17億冊を出荷。当初ターゲットだった「Campus」(学園)の学生に加え、社会人の支持も得て定番商品になった。復刻版は「この30年間、キャンパスノートを大切に使っていただいたユーザーに、それぞれの思い出を確かめて頂くために企画した」(同社)。


 実家にまだ中学からのノートはけっこう保存してあって、初代から二代目がたくさんあります。自分で使い込んだノートだと、当時のことが蘇ってきますね。先日帰省して整理していたときに手にして、なんとも言えない懐かしさをおぼえました。
 コクヨ、あの二代目と三代目のデザインから好きになったのかもしれない。
 復刻版、ほしいな。まっさらなノートも好きです。見かけたら買ってしまうかもしれません。

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2005.01.17

Mac mini!コンパクトなセパレートMacの復権を期待する

macmini Mac専門ニュースサイトに任せておけばいいかもしれないが、書かずにはいられない。思いに任せた長文なのでご注意を。
 読み直してみると、いつもの3日分くらいある…。小出しにしておきゃよかったか。

・Appleホームページ「Mac miniのご紹介です。
・ITmedia「アップル、1月29日からMac miniを国内販売」「最強のiPod周辺機器――その名は「Mac mini」」スペック、価格など概要とMac miniの日本における新製品発表会の報告。
・ITmedia「「Mac miniはお買い得」は本当か

 「我々は、3年待ったのだ!」とは某映像作品で有名な台詞だが、3年どころではない。Macでは本当にひさかたぶりのセパレートタイプの省スペースデスクトップだ。期待していたG4Cubeが不具合ですぐに販売を中止してしまって以来、待つのも忘れていたほどだったから、Mac miniはとても魅力的に映る。とても。

 自分の初めてのパソコンたるMacは、Performa630だった。当時から、デスクトップは省スペースデスクトップ、セパレートタイプと決めている。
pm6300_160 生活スタイルから考えるとそれが一番いいと思ったのだ。Windowsノートとの平行運用、メインは場所のとらないデスクトップMac。
 結果的に630と同筐体の後継機種しか保有してこなかったのだから、「決めている」も何もあったもんじゃないんだけど。

 Performa630を振り返ってみる。
 Performaシリーズはエントリー(入門者向き)モデルで、上位にいわゆるMacintoshが位置していた。入門者向けということで様々なソフトも同梱され(これが初心者を惹くためでしかない、使えないソフトばかり)、Performa5755410等の一体型が主流を占めた。Macintosh自体がPCよりも高価なのだけれども、ハイエンドのMacintoshは本当に手が届かなくて、拡張性のあるタワー型などは別世界のように思われたものだ。
 Performa630は、LC630という比較的コンパクトなセパレートタイプの廉価モデルと、15'ディスプレイ、その他拡張カードやソフトウェアのセットだった。LC630は売れに売れた。一時代を画したと言われたのも忘れられて久しい。ColorClassicIIのように愛らしい形状等でMacの「時代」を代表したのではなくて、安くて売れて普及に貢献した「ただの」Macだったからだ。

 同等のカテゴリがなくなってしまった、その経緯。
 購入後、CPUにPowerPCを導入したPowerMacintoshへの移行、対応した次世代OSの開発が続いた。しかし、販売戦略も開発戦略もまずかったのだろう、Appleの経営も大いに揺れ、傾いた。
 そうこうしているうちに現CEOのスティーブ・ジョブスがAppleに戻ってきて(創業者なのに"追放"されたんだそうで)、iMacが登場。乱雑になったラインナップが大幅に整理された。
 かくて、以後基本的に4つしか選択肢がなくなった。お客さんにはわかりやすいし、供給する側もやりやすいんだそうだ。
         エントリー ハイエンド
  デスクトップ  iMac   PowerMac
    ノート    iBook  PowerBook
 iMacは初心者向けデスクトップで、ディスプレイ一体型だ。ノートはもちろん、言ってみれば一体型ということになる。
(考えてみると一体型デスクトップってWindowsではもうほとんどないね。A4ノートがこのカテゴリを占めているんだろう。)
 こんな流れで、セパレートタイプのデスクトップはMacintoshのラインからはなくなってしまった。残るPowerMacは、おそろしいことにタワー型である。自分にとっては、ものすごく場所をとるし、高価で、そんなすごい性能いらないよ、っていう感じ。
 「コンパクトなセパレート・デスクトップ」というカテゴリがほしかったのだ。
 なかったから、自分は新しい機能・性能を付加するには改造に走るしか、なかった。仕事場でもどこでももち運べるWindowsノートを別にもっているのだから、PowerBookは買いたくても「使わない」のだし。
 要するに、「iMacのバカ…」と言いたい。
 iMac自体は、好きな製品、ほしいと思わせるデザインだったんだけれど(初代二代目現行eMacとどこが違うんじゃ〜)、自分には必要がないんだよなあ。縁がないっていうか。

 ところで、「コンパクトなセパレートデスクトップ」のメリットは、周辺機器だと思う。
 自分が当初からWindowsノートと「二足の草鞋」態勢を取ったこともある。プリンタもバックアップ用のメディアも共用可能なものばかり、比較的場所をとらない小さな薄いものが多い。「拡張性が高い」と言われるタワー型だが、内蔵してしまうと次の機種に移行したときに流用できない。最初にやってきた15'ディスプレイは「Windowsノートつなげられますよね」と確認してから購入を決めたし、ブラウン管が不調になって廃棄するまで使い続けた。
 そして、いつかは来るだろうと思っていた、「デスクトップ用ディスプレイの液晶・薄型化」と「キーボード、マウスの無線化」の時代。これもこれまでは一体型では実現できなかった。いまでこそ二代目iMacから薄型液晶を採用しているが、改造した旧Macで先に実現できてしまった。静音化の前に、実現できたときはまさかと思った。タワー型にいろいろなものを内蔵したり、無線化したくなるのもわかる。ケーブル類でごちゃごちゃするのが目に見えているから。

 その、ディスプレイの話。
 Performaの15'ディスプレイがいかれてしまって、まだ液晶ディスプレイは安くないだろうなと思ったら、ちょうど安くなり始めたところだった。本当に助かったと思った。購入できる予算範囲内になんとかあった、SONYの15'を入れた。
 そのときに知った・思ったことを項目にしてみよう。

充分きれいで、「液晶ならでは」の目が疲れない利点があること。
ブラウン管は明らかに耐用年数が限られていること。ブラウン管の方が目に優しいところもあるらしく、評価の高いブラウン管ディスプレイにはひかれるが、中古は難しい。
Windowsノートも気軽につなげること(Appleマークもないので…笑)。ケーブルを出してしまえばおしまいだろ、との意見もあるだろうが、液晶ディスプレイが薄くて軽くて場所をとらないせいもある。今ではCPU切替器という便利グッズがあるが、ケーブルの差し替えは面倒だった。
ディスプレイに附属していた内蔵スピーカーがすばらしいこと!Macの起動音を初めてステレオで、クリアな音で聴いた。そんなに感動するような音かよ→自分。でも、テレビチューナーは当初より常用しているし、CDは言わずもがな、最近ではiTunes。スピーカーなしには、いまのパソコンの親しみやすさ、楽しさは考えられないでしょう。

 まとめ。
 今回のMac miniのポイントは、進化したディスプレイ、キーボード、マウスを前提にして考えれば、実にいいところを突いている。いまのMacはMacOS Xになって周辺機器は格段にWindowsと互換性が上がっているはず(キーボードはちょっと苦しいか)。Windows機の周辺機器をそのまま使って、Mac miniに移行できるのだ。
 値段も一見すると、安い。Macとは思えないほど、安いよ。具体的に導入を検討して試算した友人によると、ちゃんと増設すると高くなるらしい。原因は二つ、スロット数がないため一枚で大容量のメモリを入れる必要がある(これが高い!)のと、無線LANカード。でもそれでも10万円超ならタワー型のPowerMacG5よりもずっと魅力だと思うけどな。自分が買うなら、製品としてこなれてきてからだし。
 その上、MacOS Xになって、かえってMacは家電化が進んだ印象をもっている。この「家電化」という意味で、いざというときの本体そのものの拡張性は重要視しなくてよくなった。安定運用を妨げるような機能拡張や改造は、しない方がいい。
 自分はOS Xをいまだに触っていないが、要はUNIXにMacの皮をかぶせた代物だということだ。だからOS Xに移行したとき運用面で意識を変えようと考えているのは、システムに下手なカスタマイズはできないこと。旧OSは起動ドライブをどこに指定してもよかったから、複数のシステム構成を準備することができた。しかしOS XはUNIXとしていじるのでなければ、旧OSのような安易な機能拡張は考えない。データだけバックアップしておいて、いざとなったらシステムは「初期化→リカバリ」が一番安定した運用が望めるのではないか、と考えている。

 Mac miniは、標準的なものはすべて内蔵しているし、必要な機器は外部につなげばいい。これまで延々述べてきたごとく。
 余計なものをそぎ、必要にして充分。実に軽快な印象のMacだ。

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2005.01.18

10,000 hit!(1):アクセス解析

 「忍者ツールズ」のアクセス解析を見ていてずいぶん勉強になった。
 このペースで行くと今週末くらいには10,000ヒットをカウントしそうなので、1,000ヒットのときと状況はあまり変わっていないが、関連して思いついた話題を、フィードバックしておく。
 たいした話じゃないっすよ、備忘ですから。今回は前回のMac miniの記事を教訓に小出しで行きます(笑)。

 全5回。
 (1) アクセス解析 (本記事)
 (2) リピーター調査からの推測
 (3) カウンターをまわすには
 (4) 検索エンジンの境界と"情報"
 (5) 検索エンジンの使い方

【アクセス解析そのものについて】
 まずは、アクセス解析をやっている方には当たり前、ということをメモさせていただく。

 見ているのは第一に、たいていは検索エンジンである「リンク元」と、その「検索語」である。
 自分のブログに飛んできたという記録は、どんな検索結果に自分のブログが出ていたかを示す。このリンク元を参照することで、「自分が書いたことば」がどんな形(検索語・結果ランク順位・検索エンジン)で検索にひっかかったかがわかるわけだ。
 検索結果と検索語を見ていると、自分の記事が示そうとした関心・主題について、自分では探し当てることができなかった「よりよい検索」ができている結果や、関連する「おもしろいページ」が見つかることがある。これは収穫だった。
 第二に、検索元が検索エンジンでない場合が多い、常連さんの動きである。リピーターがいる、ということは励みになるものですね。

 以下、後者から話題にする。

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2005.01.19

10,000 hit!(2):リピーター調査からの推測

【リピーター調査】
 わかるのは訪問回数と(複数訪問者の)前回訪問からの時間だけだが、それだけでも推測できることはある。
 一日100〜200件のうち9割が訪問一回だけの方々だが、残りの訪問回数訪問者の方々はどうか。
 11月下旬に記録を取り始めてからこの2ヶ月で、50回以上の訪問をしてくださっている方は60件。同じ方が複数の箇所からアクセスされていることを割り引くと(自宅と職場とか)、実人数30人くらいは、日をおいてでも見にきていただいているのではないかと考えている。

【リピーター調査からの推測】
 問題は、ウチの記事は主題が統一されているわけじゃなく、個人的備忘から書いていること。そのためあちこちに話題が飛びすぎるので、誰もが皆じっくり読めるネタばかりじゃないだろうなと思う。備忘のためもあり文章が長くなりがち、読みにくい。
 だからリピーターの方も、日をおいて見にきては(「前回訪問からの時間」は割にばらけている)、「今回はパス」とかされてるんじゃないかしらん。いや、日をおいて見に来ている理由としては、関心のある話題がしばらくおいている間に一件くらいはあるかもなぁ、ということかもしれない。
 また、ご存知のとおり、コメントやトラックバックは多くはない。少なくともコメントで交流する(コメントが付いているか確認するために複数回訪問する)ブログになってはいない。
 備忘ネタだから、外部ソースのまとめ・感想が多く、新しい知見が少ないので、引用されない。ということでトラックバックが少ないことはわかる。ただその分、その中のリンクが使われているのかもと期待したりして。パッと見て「あ、この参照先の方が役に立ちそう」と右クリック…てこと。忍者ツールズではウチから外のどこへ行ったか、までは追いかけられないが。

 やっぱりリピーターは知り合いか、図書館員、せいさか新潟県に関心のある方なのかなあ。30人ってそんなもんでしょ。
 自分の中ではいずれの話題もそれなりにクロスオーバーしているので、たくさん記事を書いて関連を示していければ、ほかの人にもわかって入ってきやすくなるのではないかと…。でも、あまり大事なことは即、ドン!と書けないですけどね。

【2005.1.22追記】
 下記コメント関連記事へのリンクはこちら

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2005.01.20

10,000 hit!(3):カウンターをまわすには

【読まれている記事】
 ・2004.11.4の記事。
 ・2004.9.1の記事。
 ・2004.11.29ほか地震関連記事。
 ・2004.12.7の記事。
 ほか出てくる検索語:エマ、maruman、夏子の酒、コンプリート・ロボット、WaMCom(順不同)。

【リンク先を調べるときの工夫】
 残念ながら、11/4の記事への訪問がいまだに半数を占める。10,000ヒットも喜べない。
 この記事へのリンク元を丹念に参照しに行って検索語を見るのもげっそりするので、途中からすぐに対応策を考えた。
 リンク元も一覧の中から、一度クリックするとリンクの色が変わる。色が変わったところはもう改めて見る必要はない。
 忍者ツールズではファイル(記事)ごとにアクセス解析ができるので、肝心の記事を指定しておくことにした。この記事のリンク元だけ別にクリックしてしまっておくと、サイト全体のアクセス解析のリンク元一覧を見る際には既にクリックしてしまったリンクは参照済となって色が変わっており、残る未見のリンク元だけを見ていけば、かの記事以外への検索結果だけが調べられることになる。

【カウンターをまわすには】
 ・多くの人が関心をもっている話題を取り上げる。
 ・検索にひっかかりやすいことばを入れる。

 単純にこれですね。「ゴッゴル」とか「ステラかわいいよステラ」とか、ほかのところでもみなさんやってらっしゃる。
 そして、読んでもらいたいと思っているとおりには、記事は検索されない(次項目参照)。
 Webの検索エンジンはフリーワード検索だから、記事に書くことばを選ぶ必要があるということもわかってきた。上の【読まれている記事】で記事の日付しか挙げなかったのはそのためです。わかりにくくてすみません。

【おかしな検索、その一例】
 2004.11.29付「新潟を写真で見る」には、「地震の写真サイトとして紹介したわけではないんです」というコメントがある。
 この記事はほかに地震の写真サイトも紹介している(正確には、検索対象となることばがある)ので、「新潟中越地震 写真」でひっかかっていいのだが、検索結果の要約の中に上に掲げたコメントが見えていたりすると、エエッ何でこれでクリックして飛んできちゃうのよ〜と思ってしまう…。
 この項にも「地震 写真」と書いてしまったから、この記事も検索対象になっちゃうのか!?

【不思議というか…やっぱり変!検索エンジン】
 『エマ』や『夏子の酒』等々、検索語によっては著者公式サイトよりも上位にきたり。自分がリンクを張らせていただいている、ためになる内容のしっかりしたサイトの上に来るのは、納得いかない。
 ほかにもなんでこんなに上の方に来ちゃうわけ?って思うことは多い。ほんの数語の検索語しか記事中では使っておらず、記事の主題が違うのに、上位に来る場合もある。最悪なのは記事そのものでなくて、ブログのサイドバーの語でヒットしている場合。
 ブログ用の検索エンジンやブログランキングはこの点いくらか便利なようだが、GoogleとかYahoo!はどうなのかな。これだけ普通の人がつぶやきをブログにアップする時代、検索エンジンはうまく考えないと信頼性がた落ちではないだろうか。

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2005.01.21

10,000 hit!(4):検索エンジンの境界と"情報"

【検索エンジンの境界とレファレンス】
 別件で気づいたことだが、検索エンジンにクロールをしないでくれっていうrobots.txtが入っているサイトはけっこうある。
 だから、自分がリンクを辿って知ったサイトでも検索エンジンにひっかかってこない、だけど内容が充実しているサイトというのは多い。結果として、それら実のあるサイトよりも自分のブログが上位にきてしまうという、なんだかわからないことになる一因になってはいるだろう。
 robots.txtは検索エンジンのせいではない。せいではないんだけれど、検索エンジンが検索対象としている/検索対象としない集合のはっきりした境界のひとつではある。利用する側が勝手に信奉しないように、道具は道具として性質を了解して使わないと。
 逆に、自分が意識しているように、ある主題について書いたとき、参照先をまとめておく(リンクを張る)ということは大事だと思った。ほかの人がそのリンクをその主題を調べるために使えるからね。

 リンクによって初めて、機械で引っかからないサイトへの道が残されることもある。
 そういう、「ある観点から人間が有用であると判断した」主題毎の「リンク集」=「リンクの集まり」こそが、まさに「referすること=レファレンス」情報源だと思う。そこに人間の関与の余地、創造性やオリジナリティが見出せないか。

【機械検索と"情報"】
 図書館のOPACの意味は、本来はその資料は所蔵しているぞという「蔵書目録」の意味しかない。
 しかし、どのような蔵書構成方針の許に集められた集合であるかという「人間の判断」がわかれば、「目録」以上の「書誌」としての意味がある。機械が機械的に「判断」もなく検索してくるという動作は、本当の「"情報"検索」」ではない。
 また、OPACのレコード単位で見ると、目録規則で記述している個々の書誌事項は、目録規則あっての情報でしかないので、その限りでは標準的だが、書誌の採録項目として必ずしも普遍性はない。書誌は作成する観点によって必要となる採録項目は変わってくるので、情報としての有用性は一般的に保証されないということだ。
 なぜなら―この項、最初の一文に戻る―、Web-OPACが言っているのは、「その図書館で標準的な記述がされた書誌事項で、ある検索の結果として所蔵が確認されるよ」という「情報」しか与えないのだから。

 これらのことを忘れた図書館員がいるのだとすれば、おそろしい。情報化だ、電子図書館だと言っている昨今、実際に増えている気がする。
 "情報"って何なのさ。なんでもかんでも集めてくればいいってもんじゃないんだぜ。そこで有用性の判断が必要なんだから。それが図書館に人的資源を投入する理由だろう。その正当化論拠が、意識されていない。

 このことは、11.14の記事とその後続の11.15の記事で言いたかったことに関係しています。

【05.1.25訂正】下記いただいたコメントにより、訂正を入れました。

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2005.01.22

10,000 hit!(5):検索エンジンの活用法

【論文の書き方と階層構造】
 2004.9.1の記事は、論文の階層構造を知りたいと思って、「あるワードを入れて検索したらダメでした…」という記事だ(その上、本題は別のところにある)。
 みなさん、おいでになる。卒論、修論のシーズンで焦っているのだろう。たぶん、こんな役立たない記事書きやがって!と思っているに違いない。すみません、ココログ始めた最初の頃にいろいろ書いてみようと思った記事なんです。
 この項はそのフォローです。ずっと気になっていました。

 この検索結果↓はいい。ためになると思うサイトが満載。まだ間に合うのならば、ご参考にどうぞ。
 Googleに「論文 書き方 章 項」と入れて検索

 でもこれもみなさんが検索した無数のリンク元を、逆に経験的にたどってみた結果わかったことなんですよね…。
 こうすればよかった、という理屈みたいなものが出てきません。

【検索エンジンの活用法】
 どんなキーワードを入れると自分の求める情報を含んだページがひっかかってくるか。でも、検索エンジンは意外に当てにならない、というのがいまのところの印象だ。
 かつての図書館のOPACは、フリーワード検索ではなかった。書名や著者名などの各フィールドごとに、さらにきちんと統制され切り出された読みで検索された。だから、集合を作るときも、検索者の側が「何という語に対応する集合か」ということがよくわかっていた。
 検索エンジンの場合は、もう場当たり。さらにこのブログの時代、先に述べたようにつぶやきさえも拾ってきてしまう。
 いまの自分が検索エンジンに道具としての有用性を見出すとすれば、自分が必要な主題に関連する語をWeb上に書いて、アクセス解析で自分のところに辿り着いた方の検索実績から、ほかによい検索語の組み合わせを探す。上掲の例のごとく。
 でもこれも、膨大な情報(ただの記号としてのことば)があふれつつある現在、砂山から探すためにひとつひとつ摘まみ上げるための便法にしかすぎない。自分の書いたことばが求める主題の検索結果にひっかからないかもしれないし、その上アクセス解析にひっかかるように誰かがクリックしてくれるとは限らないのだから。

 どなたか、ご意見お待ちしております。お前わかってないよ、というような。

【2005.1.30追記】
 おかげさまで、りんどうさんから有益なコメントをいただきました。
 1.30の私のコメントは、長文の上、検索エンジンから図書館に話題がズレましたので、ほとんどそのまま記事として再掲することにしました。こちらです。
 さらにコメントいただけるようでしたら、図書館については新しい記事の方、検索エンジンについては引き続きこちらにそのまま付けるということで切り分けお願いします。

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2005.01.23

ペーパーステッチロック タワー

paperstitchlocktower この商品、意外に使えて気に入っているのでご紹介します。
 針がいらない、紙でとめるところが利点であることはもちろんですが、留め方に工夫があるのでしっかり留まります。

 ネットショップでも「オススメ!」と付いていますから、お使いの方は多いかもしれません。でも、自分はけっこう検索語で迷いました。
 正確な商品名は「paperSTITCHLOCK ペーパーステッチロック タワー」。sun-starflavorというシリーズのひとつです。「針の要らないステープラー」とのうたい文句もありますが、「紙でとめるホチキス」と言ってもわかりがいいでしょう。聞きなれないですが、「ペーパーステープラー」ということばが付いているサイトもありました。

 大きな文房具屋に探しに行き、いくつか現物を実際に比較検討。これはしっかり留まります。昔からの固定方法の製品が多い中、この留め方は驚きでした。ほかの人にやってみせると、やっぱり驚きます。
 上位機種もありましたけれど、これで充分な場合が多いでしょう。値段も1,000円と高くありません。
 5枚超となると苦しくなるのが難点。これは他製品でも似たようなものですし、普通の針のステープラーでも限界はありますから、多くの枚数を留めたい商品をお探しの方はまたよく調べてみてください。

 作業用の電子データ、結局プリントアウトして筆を入れるんですよね。
 その結果を今後の作業の参考資料とするために、ファイルする。
 そのときに、これを使っています。単位が必ず2〜3枚なので、それまではクリップで留めていました。
 捨てるときに、針がないから気にならない。そのまま紙ゴミです。
 クリップもはずさなくていい。シュレッダーにも入ります。

 2003年にグッドデザイン賞を受賞しています。

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2005.01.24

ふろふき大根、タイ古式マッサージ

 この十日ほどの間にあったこと。順不同。

 自宅で、以前開栓して保存しておいた、残る「久保田・碧寿」を、ふろふき大根で飲む。
 素直に、うまかった。きれいな酒だと思った。普段晩酌なんてしないんだけれど、なんだか、幸せだった。
 日本酒は、ちゃんとした日本のおかずならなんでもつまみになるから嬉しい。
 この日帰宅前に、かなり力を入れているさるデパ地下の日本酒売場に行ってみたところ、新潟の酒がぐんと少なくなっていたのが寂しかったこともあって、当たり前の幸せが嬉しかったのかもしれない。

 家族で(というより、子どもを置いていけないので)、ホテルの「タイ古式マッサージ」付き宿泊パックに行く。
 足から始めてもらい後半になってから、ものすごい肩凝りだということをマッサージ師さんにも指摘された。再認識。以前、エアロビをやっている知人にもんでもらったときも、肩が堅すぎて「手のひらに体重をかけても入らない」と言われたことを思い出す。まったく同じだった。機会があれば今度は重点的にやってもらおう。惜しいことをした。
 マッサージなんて初めて。キャンペーン期間中だったから安く済んだが、香が焚かれていたり、調度も雰囲気があって、別世界に迷い込んだような感じでリラックスできた。

 同日、家族と合流前に夕食を外でひとりで摂る。
 寿司屋に一人で飛び込んでみた。最近、「寿司と酒〜!」と騒いでいたので。静岡に本店があって出店しているという。
 一番安い寿司のセットと、「開運」を冷やで一合。うまかった。酒量としては多めだったけれど、たまには一人で寿司を肴に酒ってのもオツなもんです。

 ブログの移行、成功。
 作業よりも、IDとURLを決めるのに手間取ってました。
 ココログプラスでいじれるところをもう少しいじったら、ベーシックに戻します。

 あと二項目は少し量書いたので、またぶった切って日を改めます。
 しかし、日記じゃなくて備忘のつもりで書いてはいるんだけれど、こういうアップのしかたってどうなんだろう。われながら疑問。読み手はイヤかもしれないな。
 毎日一定量書くのもむずかしいし、まとめて一気に書くタイプでもあるようだから、しかたがないのかもしれないのだけれども。
 でも、記事の内容についても一考の余地はあるとは思っている。毎日アリバイのように書いたことにしておけばいいってもんでもない。もう少しテーマとか、絞った内容が書けないものか。

 また休止宣言するか?

【2005.1.24追記】
 カウンターの履歴を見ますと、予想どおり、10,000件ヒットは1.23の早朝にカウントされたようです。
 みなさままた、どうぞおいでくださいませ。
 数字はただの数字とはいえ、またここのコンテンツの内容が私個人の備忘中心とはいえ、読者がいてくださるのはありがたいことですので。

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2005.01.25

ブログを保存するには

 かんちゃんの地震日記「きょうもつんどく中ココログ版」が更新停止になったため、Web巡回・保存ソフトを急遽試す。

 更新停止について雑感。
 生活感溢れる文章を楽しみにしていたので残念。雪が本格的に降ってきて、雪国の生活はこれからというところだったから、現地発の報告には地震の影響もまた見え隠れして貴重だと思っていたのだけれど…。体調を圧して無理に更新している様子も心配だったり、かんちゃんさん自身が行き詰まりを感じていたようなので、納得づくの上ならばいい区切りだったのかなとも(個人的には無理矢理)考えています。
 なお、読書日記日々記さんところに関連記事あり。

 突然の展開だったので、閉鎖も想定、記録としての保存を危惧して上記。
 このブログを始めたのも、「自分にとっては大事なサイトがどんどん閉鎖されていくから備忘のため」。Web巡回・保存ソフトはいつか思い出さなければならないことだったので、いい機会でした。ひさしぶりに複数試してみたところ、決定的なものはなし。
 暫定的に「波乗野郎(PerManSurfer3)」というフリーソフトを少し工夫して使っています。Win版、Mac版とあって嬉しい。ローカルでリンクを全部張り直してくれるので、ことブログではほんとに便利です。
 というか、無知なのも恥ずかしいですけれども、ブログも普通にホームページ巡回ソフトできれいに保存できたのは驚き。最初はココログ巡回ソフトで探し始めて、定番のCMNというソフトに当たったんですが、これだと各記事のテキストしか読めないみたいだったんで。ブログはWeb巡回・保存ソフトには負担なようですが、波乗野郎はまるごとローカルに落としてくれるので、自分はよかったです。

 世紀が変わってからでしょうか、ホームページの充実度ってすごいですよね。国の施策でWeb情報資源の保存プロジェクトが動き出すわけだ。資料性が高いページ多いですもん。
 だから、「仮面ライダーアギト」テレビ朝日版ホームページがなくなっていたことはショックだった…。

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2005.01.26

TV「夏子の酒」サントラCD

 CD「夏子の酒」オリジナルサウンドトラックを中古で入手。これまではレンタルCDをカセットテープにダビングしてあったのだが、聴かなくなっていた。
 フジテレビ系ドラマのサントラとしてというよりも、熊谷幸子のアルバムとして聴いてイイらしい。なんだかほっとする音だ。主題歌の「風と雲と私」のバリエーションが多いが、元の曲がいいのと、アレンジもいいんだろう。さっそくiTunes 1.1 for Mac OS 8に落として聴いているが、エンドレスで聴いていても全然違和感なし。

 テレビ「夏子の酒」は放映当初は見ないで、全部録画だけしてました。あの泥臭い原作マンガをはしょられ、いじられて、イメージ、雰囲気で語られてしまうのがイヤだったんですね。
 それでも、いつか見てみようとは思っていて。見たのは、5年くらい経ってからだろうか。途中一話だけ最初15分録画し損なったのが痛い。
 キャストも夏子役の和久井映見、冴子役の松下由樹、和子役の若村麻由美はよかったんですが、それ以外は納得いかなかった。荻原聖人が草壁役ってのはもう絶対ダメ。石黒賢はいいんだけれど、キャラクターをまぜちゃうし。

 だからこのCD、ドラマというより、熊谷幸子の「風と雲と私」の印象が強いんでしょうね。本放映時、オープニングだけはたまに見ていた気がする。ドラマ自体はつい見てもすぐに恥ずかしくなってきてチャンネル替えたりして…。
 アルバムとしてはいいんだけれど、ドラマを盛り上げるBGMとしてはきれいすぎるのかもなあ。

関連リンク
・本サントラCDのAmazonのデータ、レビュー
・本ブログ内「夏子の酒」関連記事

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2005.01.27

長岡みやげ、あれこれ

 先週末、急遽所用で長岡に帰った。その備忘。
 主に帰りの土産の話。

 朝日酒造の純米大吟醸「呼友」を一本買う。
 長岡駅構内の酒屋は、以前伺ったところでは、有名どころの酒をあえて置いていないという。駅正面にあたる西口近辺に3、4軒ある酒屋は、それぞれ個性がありどの店も力の入れ方が違っている。一軒が朝日酒造の酒を扱っているので、地震からしばらく経っているいま、入荷の様子を見てみようと思い寄ってみた。
 「久保田」は、店頭には生酒の「翆寿」だけしかなかった(千寿はもちろんあったけど)。碧寿や万寿は出荷シーズンが違うのだろうか?新幹線出発時刻まで時間がなく急いでいたので、訊きそびれてしまった。新潟の酒のうち、久保田のことばかり気にしているように思われるのが嫌だったのもある(自分の個人的思い入れについて書いた過去記事はこちらこちら)。
 それから最近余裕のある帰省がないせいか、今回初めて気がついたこと。朝日山の「越州」もなんだかいまはいろんな冠が付いているのですね。最初は「越州朝日山」の名前で、種類があっただけ、だったはずだけど…。ちゃんと観察してなかったなあ。ちなみに呼友も乎友だと思っていたが、「呼ぶ」だった。最初に出たときに、「ヘエこれで「友乎(よ)びて飲む酒」と読むんだ」と話した記憶は間違いだったか。
 また自宅に眠らせておくのもと思案したが、呼友は、最近自宅で飲んでない、入手の機会もあまりないかろうと、やはり(つい)買うことにし(まっ)た。
 いつもの価格のようだったので、レジで「やっぱり値段上がってますかねぇ」とボソと聞いてみたら、「箱付だと箱代100円かかりますからね」と普通の顔をして返ってきた。瓶そのままのものと並んでいたので、贈答品に使う可能性も考慮して箱入をつい選んでもっていったのだが、そりゃ箱代分は高いよな。「久保田会」は地震だからと言って高くはしないらしい。大変な時勢、高く売ってもいいのになあ、とも思ったが、ここは地元である。企業努力なのだろう。それとも、本当に大丈夫、なのか。店員さんもなんだか当たり前の顔していたし。
 しかし気になるのはこの冬仕込んだ酒の味だ。帰省中にご近所の奥さんが「朝日酒造の酒粕、出てたから買ってあるよ。やっぱり味落ちてる。…吉乃川よりンまいけどね(笑)」。今回入手した呼友は、いつ仕込んだものだろうか。あとでラベルを見てみよう。

 出発時刻まで間がないのに、ほかに気になっていた土産を。改札前のNEWDAYSは土産ばかりで、コンビニじゃないみたい。
 「五十六カレー」。
 「横須賀海軍カレー」のヒットでご当地カレーブームにあやかったレトルトカレーだ。長岡は山本五十六の出身地。新潟名産マイタケ入り、だそうだ。
 帰宅して気がついたが、ビニール袋まで黄色い、五十六カレー専用のものだった。

【五十六カレー関連リンク】
AllAboutJapan:越後長岡の『五十六カレー』
長岡新聞:地域おこしの「五十六カレー」
常陽新聞ニュース:土浦市が「食のまちづくり」-山本五十六ゆかりの激辛カレー開発-
ご当地カレーあれこれ
NIKKEI NET:「五十六カレー」の名物シェフがフランス料理店を開店

 土曜は、関東地方は快晴。トンネルを抜けて新潟に入ると、白いモノトーンの世界。別世界だった。頭ではわかっているから防寒装備は万端にしてきたのだが、それでも、感覚が忘れている。
 新幹線が長岡駅に入る直前、仮設住宅を高架上から見た。寒さと舞い散る雪に、小さくなっているように見えてならなかった。
 実家近辺を歩いてみて、まさに長岡の冬。道路は消雪パイプの散水、除雪車が雪をのけたあとで端は山になっている。長靴で音を立てて雪を踏みしめる喜びは、内から湧き出てくるようだったけれども(われながら子どもみたいだと思う)、いま地震のあとに生活する立場ではどうなのだろう。建物や風景が当たり前の長岡でも、いつもの冬、なのだろうか。
 日曜に帰ってみると、関東も雪でしたけどね。
 新幹線ではぐっすり眠ってしまったので、いつの間にか大宮。行きはガラガラだったのに、越後湯沢からスノーボーダーやスキーヤーでいっぱいになったのも夢うつつ。慌てて発車間際に買った駅弁をかっこんだ。「がんばろう新潟」とシールの貼られた、「山古志牛焼肉弁当」。つい「山古志」につられてしまったのだが、しまった、これなら牛丼屋で食べた方が安上がりだったなあと思ったのも、あとの祭りだった。

【公開前に追記】
 乗車まで時間がないのに、職場用にボン・オーハシの土産菓子「銘菓・山本五十六元帥」(笑)も買って帰ったのだった。
 職場であけてみたら、おや懐かしいことば。菓子の「能書き」を記す。

ヤマトの勇姿を形にした
フィナンシェに、山本元帥が好んだ
パパイヤとマンゴーの2つの味が今、
お土産としてよみがえります。
 "シテミセテ、
 言ッテ聴カセテ
 サセテミテ、
 誉メテヤラネバ
 人ハ育タジ"   は、
山本元帥が残した
人材育成のための名言として
現在も受け継がれています。

 五十六ばんざーいという人間ではないのだが、なんか今回はカレーも買っちゃったり。
 でも、このことばは、上に立つ者は自覚してほしいなあと思うこと、よくありますよ。

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2005.01.28

「義経記」ならぬ「義経日記」

義経日記 [Yoshitsune Blog]: はじめまして。義朝パパ都落ち。

平治元年十二月二十七日 - 1160年02月06日

 俺ってさ、とにかく負け組なんだよね。
 あ、義経です。源義経(みなもとのよしつね)と申します。はじめまして。
 俺のパパは源義朝(よしとも)って言うんだけど、衛門督・藤原信頼卿に味方して、京都で戦ったら負けたわけよ。平治元年12月27日に信頼卿が首を斬られて終結。これ、平治の乱ね。で、一族郎党みんな討たれてしまって、残り20騎ちょっとになって、東国の方へ落ち延びたんだ。そのとき、成人してる子供は引き連れて、幼い子供は都に捨てて落ちていったわけ。そのあたりから思い出して書いてみるね。

 アクセス解析で辿っていった先で見つけたのでメモ。
 成人後の義経が自分のことを日記風に語るという、ブログの新しい使い方に注目が集まっているようだ。
 リンク先はあえて、ブログの最初の記事に(ご自身による紹介記事は、義経日記:義経日記(Yoshitsune Blog)始めました)。コメントで読者とのやりとりがあるので。あるコメントの「歴史の歴史を作るかも」という表現はおおげさかもしれないが、なるほどと思う。自分でも興味深いが、歴史に詳しい方は、ぜひ。

 心配なのは、お仕事おもちの方がやってらっしゃることらしいので、この調子でちゃんと最後まで終わるのかなあ、ってこと。中の人、がんばって〜。
 橋本治の『桃尻語訳枕草子』も下巻が出るまで時間のかかることかかること。中巻くらいまでは読んでたんですが、一応全部揃えました(文庫化されてたとは、知らなかった)。江川達也の源氏物語も、掲載誌移ったりして大変そうだし。
 江川源氏は完結したら、もう国語の教科書不要ってくらいだけど。だって原文、対訳、全部付いているし、風俗描写もしっかり絵にして描いているからなあ。どうなんでしょう、国文学にお強い方々?

【追記】記事は2005.2.1のこちら

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2005.01.29

バックアップさえしておけば

 このところ、MacOS8.6が不安定だ。
 で、一昨日とうとうブラウザがおかしくなった。
 ディスクメンテナンスとバックアップはしましょうね。後悔するよ〜という話。

 なんだかんだ言っても、ロートル機をだましだまし使っているわけで。
 メモリはフルで128MB積んでいても、当初OS開発当初想定していた以上のアプリケーションを使っているのだから、複数のアプリを平然と立ち上げるほど余裕をもって使ってはいない。同時に使うとしてもブラウザとメーラ、これらにプラスアルファくらいで気を付けている。普段はこれで間に合っちゃうんだけど、Mozillaベースのブラウザが一番重いのは事実。メーラもメールの数がきつくなってきているのかもしれない。
 起動時にブラウザWaMCom1.3.1、メーラEudora5.0、AppleTVチューナが自動的に立ち上がるようにしてある。テレビは重いので、見る番組がないとすぐに落とす。
 ブラウザとメールをひと通りチェックしながら、テレビと入れ代わりに立ち上げるのが、メールやブログ等の下書きにエディタ、BGMならiTunes1.1forMacOS8。最近では匿名掲示板のログ巡回取得に2chブラウザだ。地震以来は特に「まちBBS」をチェックしている。
 エディタはYooEditという古くからのシンプルな定番エディタ。エディタ自体は軽くて問題はないのだが、ほとんどの下書きを2000年から唯一つのファイルに書きなぐり続けているので、このテキストファイルがMBクラスになってしまった。それでも割り当てメモリを上げてやっていて、エディタのためにOS全体が落ちることはない。
 それでも、つい5つくらいソフトを立ち上げたまま、ブラウザのタブをぱこぱこ開いたりしていると、「メモリが足りなくなってきたよ」とOSが言ってくるのはいつものこと。しまいにこんな状態のまま使っていると、メーラが定時でメールボックスを読みに行く、その瞬間に固まることがよくある。
 Macとは出会った当初からトラブル続きなので、Ctrl+Sのキーボードショートカットは無意識の動作になっているし、強制再起動後にはディスクチェックをするので悪くはなかろうとさえ、思っている。道具は道具なんだから、よしあしあるし、人間も無理のない範囲で道具に適応すればいいのだ。難点以上の使い勝手のよさがあるから、移行をしていない(もう少し運用の工夫のしようはあると思ってますけどね)。
 何でも便利な道具を作ろうとする発想自体に無理がある。道具は、限界のあるもので、人間が使う、そういうものだろう。

 しかし今回、フリーズしてから、WaMComの表示とブックマークがおかしくなり、慌てた。
 前兆だったのだろうか?Eudoraが定時で読みに行こうとするときに「設定が読めないよ〜」と言うようになってきていたのは。変だなと思っていたが。もしかすると、最近使い始めた波乗野郎が原因かもしれない。巡回保存してくるファイルはそれなりに容量は喰う。HDD上のスワップ領域が足りないのかも。
 WaMComのプロファイルレベルでおかしくなっているかと心配したが、結局、テーマを指定し直すだけで表示は直った。表示関係の設定がうまくなくなっていたらしい。
 しかし、ブックマークだけは完全に消失してしまった。ひさしぶりにNortonUtilitiesに出てきてもらい、よくがんばってもらったが、残念ながら回復はできなかった。
 幸い、WaMComを昨年8月に導入したときにいろいろ試したコピーがあったので、半年前迄は確保、回復できた。
 秋以降、ブログ導入以来・中越地震後のブックマークは消えてしまったが、まあしかたがない。それまで数年分のブックマークの蓄積・整理の甲斐あって、日常的には大きな不都合を感じていない…というのは強がりだろうか。
 実際、リンクはブログ上に反映されていて助かっているところも大きい。「ブログは備忘のために始めた」とはよく言ったものだ。

 バックアップはずっと気にはしていて、この1月上旬に、手は着けたのだ。しかし、肝心のシステムと常用ネットアプリの入っているパーティションだけバックアップが取れていなかったことが痛い。
 システムを含めてメインで運用しているドライブは、3つのパーティションに分かれている。うち2つ、自作ファイルを入れている「書類」フォルダのあるパーティション、アプリケーションだけが入っているパーティションはバックアップを取った。しかし…メインのシステムと常用のインターネットアプリが入っているパーティションだけは、常用しているだけに、着手が滞ってしまっていた。
 上述のとおり、Macとは出会い以来トラブルの連続だったから、バックアップさえ取ってあったためにほとんど被害がなかった経験も多くある。残念ながら、ここ数年、内蔵HDDの大容量化に対応した外付メディアの定番を決めていなかったことが響いて、定期的にバックアップを取ることは絶えてしまっていた。今月ひさびさに手を着けたのだが、手間のかかることをあとまわしにしたのがいけなかった。

 しかたがないので、これを機会にとディスクメンテナンスとバックアップをまとめてやっている。
 メールが全部消えたとか、住所録はじめ自作のファイルが全部消失したということにならなかっただけマシだ。そう思おう。
 大昔はHDDごと逝ってしまって、目の前が真っ暗になったことが二度あった。それに比べれば。まあそのときもバックアップが外にあったので助かったところがあるんだけど、システムの再構築も大変ですからねえ。

 あー、でもいま思い出した。ユーモア系のしょーもないサイト群、ブックマークにしか入れてなかったんだっけ…(泣)。

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2005.01.30

検索エンジンと図書館が提供する"コンテンツ"

 2005.1.22の記事「10,000 hit!(5):検索エンジンの活用法」での最後の私のコメントが長くなってしまったので、そのまま記事として起こしました。
 文脈は元の記事、その前の2004.11.14,11.15の記事も併せてお読みください。またどなたかコメントいただけるようでしたら、こちらの記事にお願いします。

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 りんどうさん、このコメントでのやりとりは非常に有益でした。11.14-15の記事で自分が言いたかったことをあなたがまとめてくださっていて…感謝。
 あとは、いくつかまた雑談(投稿者注・途中から本題になります)。

>そういう意味で、Googleの『イメージ検索』には私は否定的です。

 画期的なサービスだとは思うんですよ。自分でも、「緑幻想」の記事に書いているように、使っちゃってます…。
 それだけに、もったいない。でもまあ、お客さんの目からしたら「使えるオマケ」なのかな。
 自分は目くじら立てちゃいますけどね。サービスの提供側だから、フィルタリングするんならちゃんとわかるようにしておくのがスジだろうと。

>検索サービス提供者は、コンテンツ内容に関わるべきではない
>と思いますし、関わり始めてしまうと留まるところがなく
>なっちゃうんじゃないでしょうか。

 これは、検索エンジンはそうかもしれませんね。
 でもまあ、プロバイダ責任法みたいなもんができてしまって、プロバイダは人力でフィルタリングやってるそうで。
 そして実際、際限なく始めてますよね。Googleはカテゴリ検索ありますし。アメリカの大学図書館の電子化に絡めて、電子図書館に踏み込んできています
 昔の記事を漁ると、Googleの創業者は「Googleはインターネットの図書館員をめざしたい」とはっきり、繰り返し言っている。

 以下は、(1.22の元記事の)「検索エンジンの活用法」という本題からずれまくってますんで、りんどうさん、レスは不要です。おもしろければいいですけど。
 で、長くなったこともあるので、記事としてそのまま再掲しますね(投稿者注・本記事です。以下今回の本題)。


 逆に図書館の世界でもこういう発想でしっかりと攻めていった方がいいと思うんですよね>図書館関係者の方々。
 文字記号の検索とコンテンツ検索が、実は同じものでないという発想。

 蔵書目録の書誌レコードはコンテンツではないにせよ、果たしていったい「情報」なのかも実は判然としない。検索しているモノは記述されたフィールドに収められた文字記号以外のなにものでもないけれど、その検索対象ってフルテキストじゃない。一定の「人間の判断」が入った抽出。目録規則によるとこんな記述のできる本があるよ、と言っているだけにすぎない。
 まして、コンテンツとしてのデータベース全体、収められたレコードを群としてみると、なんらかの判断があって成り立っている集合なんですが、その判断がわからないとコンテンツにならない。図書館の蔵書目録でいうと「この図書館でもっている本がわかります」と言っているだけに過ぎず、「どんな本があるか」は調べてみなければわからない上、検索のしかたによってはヒットしないかもしれないってな具合。
 さらに、「知識」に連なる普通の意味での「情報」の検索=「コンテンツ」提供=レファレンス、となると…、少なくとも「機械的な文字記号の検索ではない」はずなわけですよ。
 じゃ、何なのか。
 そこだと思うんですね。機械で自動化できる検索があって、逆に「情報」の検索・提供って何だろうってのは。

 「図書館・情報学」もかじってみましたが、なんだかいい加減な学問だなあというのが実感です。
 正直言うと、法学以下。人間にとって「意味」をもった概念操作が大事なのに、意識的に技術として成熟させないまま、電子技術に圧されまくっている。
 さもなきゃ、Googleに負けるの当たり前ですよ。機械じゃないところが図書館の意味なのに、機械で張り合ってどうするんだっての。国会図書館がWebページのクロールを始めると言っていますが、バカだなあと思っています。「保存」も図書館のキーワードのひとつだけれど、それは別に「図書館だけ」に属しているテーマじゃない。機械的なクロールなら民間にも既にありますし。クロールした電子的な情報資源に対して、図書にやっているような記述や主題分析なんか始めたら大変なことになる。労力を投入して役に立つのかどうかさえわからない。
 機械でできないこと、これを追求しないと。図書館は機械を道具として使ってきたけれど、機械にできないことで何をしてきたか。何ができるのか。何をすべきなのか。それこそが図書館のコンテンツだと思うんです。
 個々の書誌レコードの記述における判断、蔵書構成における判断。文字記号が示すコンテンツの単位としての物理的な資料(本、雑誌記事)とそれを集積させて蔵書とする「意味」、社会的な「目的」。「これらを意識してコンテンツとすること」が図書館の活きる途だと自分は思っています。

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2005.01.31

古酒、「東力士 大吟醸秘蔵 五年」

 栃木県那須郡の島崎酒造の酒。300mlと小振りの瓶。
 金曜の晩、飲んだ。
 よく寝て土日の昼間の頭をすっきりさせようと思ったからだ。
 つまみになりそうな惣菜を用意、瓶ごとぬる燗にして飲んだ。

 さるデパ地下に新潟の酒を見に行ったとき、東力士の試飲をしていて、買ってき(てしまっ)たもの。
 こちらの酒販コーナーはものすごく力が入っている。変わった酒ばかりだ。男性と女性が担当されていて、彼らが選んでいるのだという。
 11月には、長岡のお福正宗が「当店限定」と書いてあったので聞いてみると、「これはひとつのタンクをまるまるウチだけで扱わせていただくことにさせていただきました」と来たからおそれ入る(そのときの「お福」はやっぱり買っ(てしまっ)て、こういう顛末になった。振り返ればよい縁だ)。そういうことってよくあるもんなんですか?酒販店の方々。
 毎週、週代わりで各酒造を採り上げて試飲・販売をしている。
 で、東力士にひっかかってしまった。

 東力士、「すっきりして飲みやすいでしょう」と店員さんはおっしゃるが。
 「自分は最初、実家のある新潟の酒ばっかり飲んでいて。そのうち"水みたいだな"と思うようになったんで、ほかの地域の地酒にも手を出し始めたんですけど…これはうーん」。すっきり、というにはなんだか切れ味が悪かった。
 ほかの東力士を試しているうち、にごりに当たる。絶品だった。なんだかすっきりしきれない味が、どっしりとした味わいになっている。しかし、にごりはさすがにしばらくの間とっておけない。すぐに飲む機会がなかった。
 立ち去る前に最後に、と思って試飲をお願いしたこの五年古酒。
 量が手頃だったこともあったが、即購入を決めた。
 熟成が味わいを深めているように感じた。

 自分が住む街には、古酒専門の飲み屋がある。
 近年の日本酒の古酒ブームがいつからかは知らないが、外に置いてある看板がいつも気になっている店に入って、初めて古酒を飲んだときは、驚いた。
 日本酒なのに、このまろやかさ、深み。それでいてこれは、まぎれもなく日本酒だ。「夏子の酒」にも二回ほど古酒のことばが出てくるが、確かに日本酒の可能性を感じさせる。
 この飲み屋、メニューの半分が古酒。日本にこんなに日本酒の古酒を造っているところがあることにも驚く。
 外で飲むことなど本当に年に数えるほどしかなくなったが、家人と機会があればこの店に行く。ほかに満足のいく日本酒、うまい料理を出してくれるところがないからでもあるが、こんな小さな街に古酒専門店なんて、だいそれている。
 口べただけど酒のことを訥々と語ってくれる親父さんと、なにかと話し相手になってくれる奥さま。数年前に新規開店するときに好きな方向で行こうと決めたそうだが、日本酒専門の居酒屋なのに明るい雰囲気、カウンター式というのもいい(寿司屋じゃないだろう)。ざっくばらんに話ができる店にしたかったそうだ。
 あまり宣伝されると困るといわれているが、頼むから潰れないでくれ、と思いながら、少ない機会ができたときは覗くようにしている。

 そんなわけで、古酒に親しみを覚えるようになってきたところに。
 酒販店で古酒を売っているのを意識して見たのは、この東力士が初めてである。

 いや、旨かったです。
 燗酒もむずかしいなあと思うけれども、冬は暖まるし、まろやかさがまた際だつようで。
 ちょうどいい量で、さっと寝ました。

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