« 「公立図書館における公共概念の両義性とその射影」コメント | Main | 新潟を写真で見る »

2004.11.28

脱線気味の疑問〜政府の読書支援のありかた

 具体的に一例を。

 ずいぶん前に、著作権に詳しい知人に対して、図書館の市場補完機能(読み手の利益を保障する機能・零細な書き手の流通を保障する機能)について採り上げて議論したことがあります。ちなみに私は、著作権による図書館における複写の制約や、貸本屋批判に対しては昔から懐疑的でした(詳細略)。
 知人いわく、「だったら政府は、零細な書き手の本を買い上げて、読みたい人のところに無償供与したっていいでしょう。著作権法を無視するような風潮を正当化する議論はおかしいですよ」。知人は、図書館に勤めながら、図書館は個人の権利としての著作者の利益を侵害するほどの正当性はないと考えていました。

 図書館=公共財モデルは、出版流通市場と公立図書館の貸出サービスについて、双方の一致点を見いだせないかという検討をします。
 このようなマクロ経済学(財政学)の立場からは、知人が言う「市場に直接介入して、ある本を購入して供与」という選択肢は、どのように評価されるのでしょう。むしろ、共有及び無償利用によって著作者から苦情が来るのですから、一部毎に対価を支払うことで図書館よりも有効な活動ではないか。こう判断することもありえますよね。
 クラブ財であると単に定義するだけではなく、図書館のようなストック、共有の意義を模索する必要があると思われるのです。言ってみれば、市場補完機能として、政府はなぜ図書館という共同所有の形態を選択するのか。そこが、どう考えるべきかわからない(頭、悪いんでしょうね…)。

 実際、ブックスタートは個々の子どもに特定の本を与えるというしくみなわけです。
 図書館や子どもの読書をアピールする道具的な手段…というだけでなく、特定の本の著者に利益を与える行為、読み手に対して特定の本を推奨する行為という側面も同時にもっている。これを、ことさらに言うべきではないのか…。

|

« 「公立図書館における公共概念の両義性とその射影」コメント | Main | 新潟を写真で見る »

「図書館」カテゴリの記事

「学問・資格」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50734/2089962

Listed below are links to weblogs that reference 脱線気味の疑問〜政府の読書支援のありかた:

« 「公立図書館における公共概念の両義性とその射影」コメント | Main | 新潟を写真で見る »