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2009.04.25

資料:冨原眞弓『ムーミン谷のひみつ』

冨原眞弓『ムーミン谷のひみつ』各章毎に付けられた紹介。

ムーミン家族 Muminfamilj (p.16)
 『たのしいムーミン一家』の扉に描かれたムーミン屋敷の間取図。上が一階で、下が二階。一階の間取は、中央にタイルストーヴのある応接間、そこから続くヴェランダ。応接間から右回りで、じゃこうねずみの部屋、トフスラとヴィフスラの部屋、浴室、かまど、台所、ヘムルの部屋、階段。二階の間取は、いちばん上がムーミンママの部屋、右回りで、ムーミンパパの部屋、スニフの部屋、客室、スノークの兄妹の部屋、スナフキンとムーミントロールの部屋、なんでも部屋。九冊のシリーズを通して、屋敷の間取図はこれひとつ、ほかにはない。

ムーミントロール Mumintroll (p.46)
 母親っ子の甘えん坊。初期の作品ではなにかとムーミンママに頼るが、独立独歩のスナフキンに憧れてもいて、自分もいつかはあんなふうに生きてみたいと思っている。九冊のシリーズを通して成長していくプロセスが描かれる。気だてがよくて、めったに怒らないが、感受性がゆたかで、そのぶん傷つきやすい。

ムーミンパパ Muminpappa (p.74)
 子どもっぽい。ちょっと無理をしても責任を引きうけたがるが、すぐ挫折してむくれる。手先の器用さが自慢。<家族の大黒柱>を標榜するわりに放浪癖があり、シリーズを通じて何度も失踪する。ムーミン谷にいるときは、ハンモックに寝そべって「回顧録」の構想を練るのが日課。

ムーミンママ Muminmamma (p.98)
 どんなときにも慌てず騒がず、頼りになる。すばらしく楽天的で、たいていの困難は苦もなく乗りこえる。モノに愛着を感じても執着はしない。だれよりも自由な精神の持ち主かもしれない。すべてを受けいれ、すべてを丸く収めてきたママだが、寂しい孤島で暮らすうちに、生まれてはじめてエゴの葛藤をおぼえる。挿絵画家として家族の生計を支える一方、家族の世話も一手に引きうけていた作者の母シグネがモデル。

ちびのミイ Lilla My (p.114)
 ミムラ族のなかで「いちばん小さく」、名前はギリシア文字のμ(小さいものの象徴)に由来する。作者によると「勇気があり、怒ることができ、ぜったいにへこたれず、前向きで、いつまでも大きくならない」。探求心旺盛、怖いもの知らず、単刀直入、ときとしてハードボイルド。シリーズを通して多少とも変わっていくほかの生きものたちとくらべて、ミイだけはほとんど変わらない。『ムーミンパパ海へ行く』ではなぜかムーミン家族の「養女」になっている。

スニフ Sniff (p.124)
 第一作『小さなトロールと大きな洪水』では「小さな生きもの」として登場。のちの「スニフ」じゃ固有名。シリーズ前半に活躍するが、後半になると影をひそめる。臆病だが好奇心は旺盛。設定としてはムーミントロールよりも幼く、小柄で、子どもっぽく、しかも現実主義者。物欲が強く、とくに高価なモノに執着する。

スノークの女の子とスノーク Snorkfroken och Snork (p.134)
 スノークの女の子は、コケティッシュでロマンティック、ときに直感的に賢明な行動をとる。かよわい女の子の振りをするが、窮地におちいるとがぜん勇敢になり、積極的な行動に出る。前髪と金のアンクレットが自慢。スノーク族は強い感情に動かされると肌の色が変わるが、それ以外はムーミントロール族に似ている。
 スノークの女の子の兄は、『ムーミン谷の彗星』と『たのしいムーミン一家』にしか出てこない。スナフキンが言うには「整頓好きで説明好き」。理屈っぽくて仕切りたがるが、まとめ役の力量に欠ける。

フィリフヨンカ Filifjonka (p.144)
 フィリフヨンカというと、たいていブルジョワの中年女性を連想するが、少数ながら男性(フィリフヨンク)もいる。たくさんの美しく由緒正しい品物に囲まれているが、身近な家族はなく、友達も少ない。極端なまでに掃除や整頓に情熱をそそぐ。好きでもない親戚づきあいをしようとしたり、祖母が住んでいたというだけで意にそわない家に住んだりして、伝統を忠実に守ろうとするあまり、ときどき爆発してアナーキーになる。

ヘムル Hemul (p.156)
 定冠詞つきで「ヘムレン」となるため、日本語名では「ヘムル」または「ヘムレン」と不統一。スウェーデン語<ohemul>(不当な)から否定語<o>をとった造語か。無神経で独善的な面もあるが、人柄はよく憎めない。いくつかのタイプに大別できる。
1 音楽(主として管楽器やアコーディオン)やスポーツ好きの陽気なヘムル(『ムーミン谷の冬』)。自分が元気にしていれば、まわりも元気になると思いこんでいるが、迷惑がられることも少なくない。
2 収集癖のある学者ヘムル。昆虫や植物の採集、切手蒐集などに情熱を燃やす求道者タイプ(『ムーミン谷の彗星』)。
3 秩序と権威を重んじるヘムル。このタイプは天職に生きる。孤児院の経営者(『ムーミンパパの思い出』)、警察官や公園管理人(『ムーミン谷の夏まつり』)。
4 シリーズ後半に登場する内省的なヘムル。子どもたちのために静かな公園をつくる(『ムーミン谷の仲間たち』)、自分らしさを求めてムーミン谷をおとずれる(『ムーミン谷の十一月』)など、魅力的なヘムルも多い。

ニョロニョロ Hattifnatt (p.166)
 スウェーデン語名は「ハッティフナット」または「ハティフナット」。<hatta>(優柔不断で迷う)と<fnatta>(放浪する)の合成語だろうか。姿を消したりひとの心を読んだりできるとの噂だが、真偽のほどはわからない。『ムーミン谷の夏まつり』によると、夏至祭のイヴに蒔かれた「ニョロニョロの種」から生まれ、どこまでも水平線をめざす永遠の放浪者。性別不詳。

モラン Marra (p.188)
 スウェーデン語名は「モッラ」であるが、定冠詞がついて「モラン」となる。<morra>(モッラ=うなる)と音が似ているので命名されたのか。不毛で心を凍らせる孤独の象徴なのか。暖まろうとして近づくと火が消えてしまうのが、モランの不幸である。だれからも愛されず、だれも愛さないという意味で、怖ろしいというよりも哀れな存在。シリーズ後半においては、より複雑で深みのある生きものとして描かれる。

スナフキン Snusmumrik (p.206)
 直訳すれば「嗅ぎ煙草をやる男」で、スウェーデン語名は「スヌスムムリク」。日本で流布している「スナフキン」は英語名の転用。自由と孤独を愛する詩人。ひとにもモノにも執着せず、秋になるとムーミン谷を去って、ひとりで旅に出る。大おばさんからもらったハーモニカと古ぼけた帽子をたいせつにしている。

トゥティッキ Tooticki (p.222)
 種族名ではなく完全な固有名。作者の友人でグラフィック・デザイナーのトゥーリッキ・ピエティラがモデル。冬のムーミン谷でムーミントロールの導き手となる。スナフキンがまばゆい夏の太陽を讃える詩人だとすれば、トゥティッキは蒼白い冬の月と曖昧な闇の世界の秘密をうたう巫女だといえよう。スナフキンと同じように、ムーミントロールにとっては、一歩先をゆく年上の友だち。

スクルットおじさん Onkelskrutt (p.232)
 たいそうな年よりらしいが、「自分の名も年もまんまと忘れてしまった」つわもの。年より扱いされると憤慨するが、そのくせ、ムーミン屋敷の戸棚のなかに住む「ご先祖さま」をライヴァル視する。『ムーミン谷の十一月』で、ムーミン家族のいないムーミン谷にふらりと現れて、ほかの客たちとかみあわない会話をくりひろげ、あげくにさっさと冬眠に入ってしまう。究極の自由人。

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2009.06.15

目次:押井守『凡人として生きるということ』

『凡人として生きるということ』
押井守
幻冬舎新書, 2008.7

目次

はじめに

第一章 オヤジ論―オヤジになることは愉しい
若さに価値などない
無意味に消費する若者たち
若者ぶるオヤジの愚かさ
青春は本当に輝いていたか
世間にはびこるデマゴギー
「ウソをついてはいけない」というウソ
若いうちの失敗は許されない
自由自在なオヤジたちの生き方
崩れたオヤジ認定制度
オヤジを目指して生き抜け

第二章 自由論―不自由は愉しい
他人の人生を抱え込むことは不自由か
一人で生きることは本当に自由か
幅のある生き方こそが本当の自由
社会と関わることの愉しさ
社会を動かす自在感を持とう
夫を通じて社会とつながる主婦たち
オヤジと分身の術
動機を持たない人間は自由ではない
「人間は自由であるべき」という欺瞞
すり寄る子犬を抱きかかえよ
他者を選び取り、受け入れることが人生

第三章 勝敗論―「勝負」は諦めたときに負けが決まる
失敗をなくすことはできない
僕が失敗から学んだこと
勝負を続ければ、負けないシステムが身につく
美学をもって勝負にあたれ
傷つく前にやるべきこと
仕事と恋愛の違い
好きな人に告白しない若者たち失敗も挫折もない人生は面白くない

第四章 セックスと文明論―性欲が強い人は子育てがうまい
文明化は負の側面も持っている
セックスは本能的行為ではない
ロリコンは人類によって「発明」された
文明化は親を虐待へと誘惑する
南国で乳幼児を連れまわす親たち
犬や猫を飼ってから子供を産め
無数に多様化した性欲
欲望と向き合う映画監督の仕事

第五章 コミュニケーション論―引きこもってもいいじゃないか
コミュニケーション不全とは何か
僕は引きこもりだった
テーマがあれば他人とも話せる
引きこもりの定義とは何か
引きこもりを許す豊かな社会
ネットよりも面白い現実世界の仕事
正体を明かしてこそ手に入る社会性
仕事を通して初めて得た、話すべきテーマ
友達なんか、いらない
虚構の世界の美しい友情
何のために仲間を作るのか
すべては映画を作るために

第六章 オタク論―秋葉原が経済を動かす
四十歳の童貞は大魔導師になる
アニメ世界に遊ぶ、という現実的な生き方
アキバというシステム
アキバの経済効果
変遷する「世間並み」の定義
「オタク」という新しい生き方
僕もあなたも天才ではない
映画監督に天才はいない
天才でない人間はどう生きるのか
大魔導師を目指すということ

第七章 格差論―いい加減に生きよう
盛り上がるばかりの格差論争
人間の多様性を否定した集団
民主主義という危険なシステム
社会は95%の凡人に支えられる
格差論の根底にある嫉妬
学生運動を通じて得た真理

あとがき 今こそ言葉が大切な時

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2009.07.04

催事:法情報へのアクセス拠点としてのライブラリ

 知人から、メールがまわってきた。題目を見れば実におもしろそう。

---------(引用開始)----------
公開セミナー 法情報へのアクセス拠点としてのライブラリ

テーマ「法情報へのアクセス拠点としてのライブラリ」
日時:7月18日(土)午後1.30~5.00
場所:富士通総研大会議室(東京・竹芝 ニューピア竹芝サウスタワー5階)
        地図 http://jp.fujitsu.com/group/fri/about/company/facilities/#map
主催:司法制度改革と先端テクノロジィ研究会 ローライブラリアン研究会
        http://www.legaltech.jp/
講演:
基調講演「司法制度改革の心と図書館の心」(早野貴文/弁護士)
招待講演「図書館司書の専門化をめぐる現状と課題」(根本彰/東京大学図書館情報学教授)

報告:
「法テラスにおける法情報サービスの現状と課題」(法テラス東京地方事務所)
「公共図書館における法情報サービスの現在」(鳥取県立図書館)

パネルディスカッション:
岡本真(Academic Resource Guide主宰)
岩隈道洋(杏林大学)
根本彰
早野貴文
司会/指宿信(成城大学)

事前申込み制ですが、参加は無料です。
チラシは、転送転載自由ですので、周囲の方にご案内いただければ、幸いです。
http://www.legaltech.jp/koukaisemi/2009/090718chirasi.pdf
チラシには申し込み書が付いております。ファックスにて事前のお申込みをお願いいたします。

また、セミナー終了後 5.30~より会場ビル内にて懇親会を予定しております。同研究会の研究成果をまとめた図書『法情報サービスと図書館の役割』(指宿信編、勉誠出版
2009)の出版記念を兼ねております(同書はセミナー会場にて販売)。
懇親会費は5000円です。
----------(引用終了)-----------

 出版記念の元本は既に読んだ。ローライブラリアン研究会のここ数年のまとめだという。巻末文献一覧を見れば確かにそうだろう。

 実務家でありながら非常に興味深い論考を書いた早野弁護士。
 「根本先生はまたLIPERじゃない」なんて声には「きっと違う」。元々の「政府情報と図書館」論だろう。
 法テラスは立ち上げ時から「その前のしくみと使い勝手が悪くなった」とか「相談件数が…」なんて話が出ている中、どうなってきたのか。
 鳥取県立は何かと話題ではあるが、ビジネス支援では聞くけれども、法情報だと自分は都立と神奈川県立が身近だ。だから興味津々。
 そこに、岩隈先生もお入りになってのディスカッションだ。楽しみ、楽しみ。

 別の知人は「ARGにレポート出るでしょ」と言うが、こういうのは質疑と懇親会が肝。
 ほかの著者たちも来るだろう。門昇先生や、久しぶりに山本順一先生のお顔も拝見したい。
 しかし、自分の参加はおそらく無理。連休の頭にもってこられたら子持ちは難しい。

 ビジネス支援と違って、「法情報」は当たり前・切り口は決まっていたり、さもなければいきなりレベルがグンと上がる。そんなこともあってか、「図書館」では焦点が合いにくいようだ。「法と図書館」を話題にしたオープンな集まり自体がまだ珍しい。
 ともかく実際に参加してみて、いろんな見方感じ方をしていただけたらと思う。
 そして、ARG以外にレポートが出てきてくださることを望む。
 そのためには、まずご参加いただかないとね。みなさま、よろしくお願いいたします。

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2009.07.08

目次:リード『ドラゴンを追え!』

『ドラゴンを追え!』(ベイカー少年探偵団4)
アンソニー・リード 池央耿訳
評論社, 2008.8

目次

 プロローグ
1 リリーをさがして
2 曲技団
3 消息を絶った花売り娘
4 竜を追って
5 あの馬車に続け!
6 平底船でチャイナタウンへ
7 竜の鬚をなでる
8 三合会
9 満ち潮
10 ざんぶり河へ

コヴェント・ガーデンとライムハウス

あとがき

BAKER STREET BOYS 4
THE CASE OF THE LIMEHOUSE LAUNDRY
by Anthony Read
Text (c) 2007 Anthony Read
Illustrations (c) 2007 David Frankland

地図「ロンドン市街地」あり。

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2009.07.09

ベイカー少年探偵団資料:4巻より

コヴェント・ガーデンとライムハウス

 コヴェント・ガーデンは何百年もの間、野菜、果物、花をあつかうロンドンの中央卸売市場だったが、一九七四年にテムズ川をへだてたナイン・エルムズに移転した。現在、市場の跡地にはレストラン、商店、博物館などが建ちならび、ピアザは投げものの曲芸やアクロバットも含めて大道芸人が技を競う常打ちの舞台となっている。作中、ロージーが花を仕入れる壮麗なフローラル・ホールは、ボウ通り警察の向かいにあって今はロイヤル・オペラハウスの一部である。コヴェント・ガーデンは今やロンドン随一の観光名所で、世界中から訪れる旅行者は引きもきらない。
 ライムハウスは陸に上がった中国人の船員が住みついて興したロンドンではじめての中華街である。その後、中国系住民の大半はウェストエンドのソーホーに移り住んだが、…

アンソニー・リード『竜を追え!』p.178.

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 「あとがき」もまた読み応えあり(8p.)。
 コヴェント・ガーデンで登場したのは『マイ・フェア・レディ』のイライザ。
 「筋立てもさることながら、十九世紀の末という、日本では明治の中葉に当たる時代の雰囲気を色濃く醸して、ロンドンの街の情景が目に浮かぶような文章は味わい深く、それがこのシリーズの一つの読みどころです。」
 「今回の『竜を追え!』は、にぎやかな朝のコヴェント・ガーデンから話が始まります。コヴェント・ガーデンは今もロイヤル・オペラハウスで知られるイギリス文化の発信地ですが、この作品に描かれている一八〇〇年代の終わりごろはロンドンの台所とも言われる青物市場でした。…」
 「やがて、物語の舞台はテムズ河を下ったイースト・エンドに移ります。ロンドン塔の東に当たるこの一帯は、文中に描かれているとおりの港湾地区で、…」
 といったような具合で、ライムハウスや当時の華僑、運河の話まで書き下している。

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